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ねぇ、女の敵は女なの

その夜、啓治君がお店に来てくれた。僕は早速、かなえとの会話の内容を伝えた。

「ふーん、このみがわざわざ探偵つかってかなえを探したのか」

「よっぽど気になったんでしょうねー」

「その調査でどこまでわかったんだろう。その後にこのみはどうしたんだろう?」と啓治君。

「そうだよね。そこまでしたこのみは、かなえさんのこと何かつかんだのかしらね」と僕もそこが気になる。

「うん、わかった。僕がその探偵社あたってみよう」って啓治君言ったけど、探偵社って星の数ほどあるよ。

「そうだね。その弁護士さんのところに名刺が残ってればね」

「じゃぁ、弁護士さんに会いに行くの?」

「善は急げだ。っていうより、実はもともと会う必要性を感じてたんで、すでにアポはとってあるんだ」って啓治君。さすが!ちゃんと動いてるのね。見直しちゃうよ。

翌日その弁護士と会った啓治君が、早速花咲このみが依頼したという探偵社に接触した。

弁護士さん自身ははもう現役を引退したっぽい雰囲気で、かなえのことも懐かしがっていたんだって。

でも、かなえがあっせんした就職先で真面目にお勤めしていることを、すっごく喜んでいたみたい。なんかとっても親心って感じ。だから年輩の人っていいのよね。

この頃から啓治君はもう毎日9時過ぎに来るの。番外の常連さんって雰囲気。僕のコーヒーおいしいって飲んでくれるの。それってやっぱうれしいなぁ。なんか啓治君どんどん社交的になってる。随分成長してるぞ!

それで早速、啓治君が探偵社から聞いてきた内容を話してくれる。

このみは罪に問われた元劇団員のその後を心配し、できることなら更生の支援をしてあげたいという主旨で探偵社に依頼をしていたようなの。

探偵社は元八十八夜の劇団員のほぼ全員に聞き取り調査をしたが、かなえの居場所は(よう)としてつかめなかったという。

そのため請求も、調査実費と少しばかりの手数料のみで利益の出ない仕事になってしまったとのこと。

その調査記録の中で、啓治君の目を引いたものが一つあった。孝子の愛人吉本幸雄の項目だった。

吉本は中小の演劇グループの活動をサポートする日本演劇協会の団体役員になっている。あの弁護士さんが頼りにした協会だ。

啓治君なにかピンとくるものがあったんだって。まだ本物の刑事じゃないけど、刑事の感だって。ほんとかしらね。

「つまりだ吉本も探偵の聞き取りを受けたことによって、花咲このみがかなえのことを相当気にしてるってことに気が付いた」

「そうね、あの弁護士さんもそのことによってなぜ花咲このみが探偵まで雇って探すのかって、不思議がってたんだもんね」

「そして、それは孝子も同じ思いをした」

「当然、吉本と孝子はそのことを話題にするってことよね」

「もしかしたら、吉本はかなえがどこに就職したかつかんでいたかも。協会の役員なのだから、つかんでいたとしても不思議はない」

「それで花咲このみからお金を受け取っていた」

「どうしてそのことでお金を払ったのかしら?謝礼それとも・・・」

僕と啓治君は顔を見合わせた。

「そう、僕もそう思う。孝子はこのみを脅迫した」

二人してうなずき合った。

「やっぱ、そう思うよね。でもどうやって脅かしたのかしら?」

「たとえば、かなえがやっぱり恨みに思ってて、マスコミにネタをばらすようだと伝えてそれを止められるのは孝子だけだとか言って金を要求した」

「なるほど、そんなところかしら」

「そうそう、このみから返事があったよ。例のアリバイについて」

「あー、あれ。どんなだった?」

「あの日は一日、舞台稽古してたって。()(くろ)の国際劇場の中にいたってさ」

()(くろ)か。孝子は西武線沿線に住んでたのよね」

「そう、石神井公園。完全犯罪をもくろむんだったら距離的には可能だね」

「どういうこと?」

「つまりさ、舞台稽古たって休憩もあるだろうから、それをうまく使えばアリバイ作りに利用できる」

「よく刑事ドラマにあるような?」

「そう、後は密室をうまく演出できればやれるかもね」

「ふーん、でも孝子を殺してもかなえを生かしてれば意味がないことになる」

「だからホントはかなえの居場所も聞き出そうとしてた。でも、実際はかなえが全然かんでないことを知った」

「そうか、かなえはむしろもうあの事件にかかわりあいたくないって、思ってることがわかった」

「であれば、孝子さえ始末すればと考えた」

「なんか、いよいよ推理ドラマっぽくなっちゃった」

「この線で追っかけてみよう。僕は、当日の稽古の詳細を時間単位で調べてみるよ。実際にけいこ場で空白の時間を作れるかどうか?」

「僕は?」

「吉本幸雄にあたってほしい。やつは現在(いま)所沢(こっち)に住んでるよ」

「へー、そうなんだぁ。でも、なんて言って会いに行こうか?」

「孝子にお世話になった者って言えばいいよ。亡くなる前日に携帯で話したって。自殺するようには思えなかった。それで最後に孝子に会った時の様子を聞かせて欲しいって感じ」

「ふーん、なるほどー」

「マリコのお店に初めて行った夜。あの時、実は吉本に会ってたんだ」

「ああ、あの閉店まぎわに来た日」

吉本は、自殺ってことにぜんぜん疑いをもっていない口ぶりだった。

彼の証言によれば医者に行くほどではなかったが、彼女はうつ病っぽかったというのだ。

発作的に首を吊ったという捜査結果を導きだすのに重要な証言とされた。

しかし、こうなってくると、その証言はかなり嘘っぽい。そこを探って、ということらしい。

「ふーん、なるほど。よし、やってみよ」

不謹慎だけど、僕はもうわくわくドキドキって感じでハイテンションになっていた。



ユキちゃんとケンがもめたみたい。毎晩ケンが僕を見送ってくれてることに、ユキちゃんが気付いたようなの。

確かに僕とケンはもう普通の恋人みたいになってしまってる。ユキちゃん相当ショックを受けたらしい。しばらくお店には来ないって言ってきた。

アッコが、今週は休みを取っている。ミドリとエイコちゃんと僕とで、お店のローテションを組みなおす。

たかし君が三日間も連絡なしで帰ってこない。今までこんなことはなかった。メールを打っても返事がない。

陽児君だけはいつも明るく元気。ときどきどうしようもなく甘えん坊になって、お鼻たらしてぐずぐず泣いたりするけど、それもかわいくてたまんない。

ケンが、僕んちにお泊りした。陽児君がケンと一緒に寝たがったからだ。僕とケンと陽児君とで川の字になって寝た。陽児君がすやすやし始めてからケンといろんなお話した。

スポーツマンのケンはテニス以外にも野球やサッカーも得意だ。ゲームばっかのたかし君とはだいぶ違う。

テニスのジョンマッケンローは天才だって。ナダルも凄いけど、ケンはマッケンローのプレーをDVDでいつも見てるらしいの。そしてメジャーリーグではボンズが最高だって。でもイチローはやっぱすごいらしい。日本人の枠を超えて、あのメジャーの中でも歴史に名を残す人なんだって。それはさすがに僕でもわかる気がする。サッカーはヨーロッパが好きみたい。バルセロナのメッシは、スピードもテクニックも最強だって。

僕の知らないことばかりなのでうれしくなっちゃう。たかし君もそんな話いっぱいしてくれるといいな。

次の日、やっとたかし君が戻ってきた。もうほとんど夜中に、そっとって感じで帰ってきた。

どうしたのって聞いたけど、なんか急に一人になりたくなって千葉の館山に行ってたんだって。

すっかり日焼けしてる。コテージ借りて磯釣りしてたらしいの。でも釣ってきた魚がないって言ったら、マダイが結構釣れたけどコテージで料理してくれるのでその場で食べちゃったんだって。まったくもうーって感じ。

アッコも真っ黒になって戻ってきて、お店の方も一段落。ユキちゃんから携帯あって、やっぱ、お店やめるって言ってきた。

しかたない僕の自業自得。ユキちゃんにゴメンナサイって心で詫びながらも、求人を出して新しい女の子募集しなくちゃー。とにかくも、お店をうまく回していかないとね。

9月になっていよいよ僕は吉本って人に会いに行った。

(ブラック)の日傘をさして、麻のショートパンツに太めの青い横縞(よこしま)のTシャツ。少し伸ばした金髪は耳を隠すようにカールさせた。金色のラメのリップとゴールドのマニュキア。僕なりの勝負服ってとこかしら。

小手指のマンションを訪ねた。僕のカッコを見てちょっと驚いたようだけど、中に通してくれた。

「刑事さんから連絡いただいたときはビックリしましたが、あなたの姿を見てもっと驚きました」と吉本は愛想笑いをした。青と白のアロハシャツと、膝までのハーフデニムパンツというラフな格好だ。

男の一人暮らしにしては、部屋はよく片付いていた。ちゃんと麦茶まで出してくれた。

残暑は厳しくじっとしていても汗が流れる。エアコンはあまり利かせてないようだ。

「私、あの自殺の前日孝子さんと電話で話してたんです。とても普通な感じで」

「それで自殺したことが信じられないと・・・」

「そうです。それで刑事さんにお願いしてあなたを紹介してもらいました」

「あなたは孝子さんとは?」

「以前八十八夜におられた頃、よく来ていただいた喫茶ジョイを今は私がやってるんです」

「ああー、あのお店なら・・・」

「そうですね。皆さんが来ていただいた頃は前田さんがオーナーでした。あの久司さんのお父さん」

「ああ、久司君。そうだね、そうだったね」って吉本はうなずいたが、少し顔色が変わってきたみたい。

「孝子さん、以前ふらりとお店来られた時も、久司さんのこと気になされていろいろ聞かれるので、私から何かあれば連絡するってことにしてたんです」

啓治君が作ったお話だけど、けっこう効いたみたい。相手はなにか落ち着かない様子になってきた。

「孝子、あっいや、孝子さんはあなたとのその電話の時はどんな様子だったんですか?」

「別に。ほんとごく普通に、いつもどおり話しをしてました。だから、うつ病の気があったなんて違いますって刑事さんにも話したんです」

「あ、いや、別にうつ病だったと言ってるわけではないんですけどね」

「失礼ですけど、孝子さんが亡くなられてほっとしてるんじゃないんですか」

「えっ」

「花咲このみさんと、この前お会いしたとき直感したんです」

この名前を出したら動揺はもっとはっきりしてきた。

「ほうー、花咲さんとー」といいながら、なぜだか急にたばこを取り出して火をつけた。

「このみさんも孝子さんに自殺してもらってほっとしてるような気がしたんです」

「ええっ、まさかね」といかにも驚いたような顔をする。

「かなえさんとも私、会ってるんです」

吉本の動揺は椅子から腰を浮かすほどだった。

「えっ、かなえと?」

「やはり一度お店に顔を出されて懐かしいって。でも昔の仲間には内緒にしててねって念押しされてたんです」

これも啓治君の作り話。

「かなえさんは昔のこととはかかわり持ちたくないって。でも孝子さんの方は何故かかなえさんのことを追っかけていた」

吉本のこわばった顔を、僕はじっと見つめた。

「あの頃は、誰もかなえさんの近況をつかめていなかったはず。でも・・・」と、僕はここで間をあけた。

こ、こいつはどこまで知っているのか?と不安になったみたい。吉本は無言のままだ。

「このみさんは、探偵を使ってまでかなえさんのこと探してた」

吉本がドキッとしてるのがわかる。

「あなたは、かなえさんが現在どこにいるかを知ってましたよね」

吉本はたまらず口を開いた。

「し、知らないよ。そんなこと」

僕は黙って彼を見つめた。

「でも、それがどうしたって言うんだ。なんの関係があるんだ」って、ちょっと声を荒げた。

「刑事さんには、かなえさんの近況についてなにもおっしゃらなかった。ただ孝子さんが(うつ)ぽかったと証言されてますよね」

吉本はそれがなんだって顔をしてる。でも、そこが怪しいの。

「このみさんは、かなえさんが事件のこといろいろしゃべるのを恐れてた」

吉本は無言だ。でも顔色はあきらかに青くなっている。

「あの10年前の事件のこと・・・わかりますよね、吉本さん」

たばこは吸われることなく吉本の指の間で、ただ煙をのぼらせながら灰になっている。

「あなたが孝子さんにやらせたんでしょう。かなえさんを黙らせるからと言って、このみさんからお金もらうこと」

「ええっ、なにをばかな!」って血相を変えた。

僕はここが勝負とたたみかけた。

「どちらにしても、私は孝子さんが自殺したなんて思いません」

「な、なにを言うんだ。それじゃ僕が殺したとでも言うのか」と自分からそう言ってくれた。

「孝子さんの部屋。閉め切ってたって言うじゃないですか。合鍵持ってるのは吉本さんだけでしょ」

「私はその時、大阪にいたんだ」と叫ぶように吉本は言った。

「では、誰かに頼んだとか?」と僕はわざと声を落として言った。

「なんてこと言うんだ。なぜ私が孝子を殺さなければならないんだ!」

目がつりあがってきた。すごい形相だ。僕はけっこう冷静みたい。自分でも凄いと思う。

「そう、それを聞きたかったんです。このみさんが金出してくれるとわかってから、仲間割れでもしたんですか?」って、しれっと聞いて見せた。吉本は絶句した。

「私は、刑事さんからどうしても孝子の自殺が変だという女の子がいるから説明してくれと頼まれただけだ。こ、こんなこと言われる筋合いはない」と怒鳴り始めた。

そのとおり。そういうシナリオなんだよ、こちとらは。と思いつつも、ここらへんが潮時と思った。

「これ以上聞いてもダメみたいね」と僕は立ち上がり「たばこ消した方がいいですよ」って言って、出口に向かった。

吉本は「なんだ!」と言いながら、あわててたばこを灰皿にこすりつけた。

吉本のがなり声を背中に聞きながら、外に出ると日差しがまぶしい。僕の顔よりも小さな(ブラック)の日傘をちょこんと太陽の方にかざして、ゴールドのメッシュの肘まである手袋で日よけしながら駅まで10分の道のりを歩いた。

その10分の長かったこと。心臓がどきどきして止まらなかった。ほんと、よーやった。とっても怖かったけど、なんか大仕事やり遂げた感が一杯。

僕の報告を聞いて「すごい!」って、啓治君が声を上げた。

「とても僕にはそこまでできないよ!」だって。

わかってるよ。だから僕にやらせたんでしょう。

啓司君は言うの、いろんな事実を相手にぶつけて相手の反応を見るのが尋問のいろはですって。

へぇー、そうなんだ。知らずに僕はそれをしてたってことか。

ところで「啓治君のほうは?」って聞いた。

国際劇場は、場所を貸しただけで詳しい時間割はわからなかった。

ただ舞台を主催した東宝劇団に問い合わせたところ、おおまか午前中の稽古が9時半から12時半。午後の稽古が2時から6時までということだったらしい。

「ってことは、夜は特に稽古してるわけじゃなかった」

「うん、だけど孝子の死亡推定時間は午後から夕方にかけてなんだ」

「うふっ、かかった」

「えっ?」

「このみはそのシボウスイテイジコクってのは知らないでしょ」

「そうだね。自殺の死亡時間って肉親以外には知らされないもんだからね」

「このみは葬式にも来てないんだから、その肉親からも話を聞いていない」

「なのに不在(アリ)証明(バイ)に昼間の時間だけ伝えてきた。孝子の自殺が昼間だって、なぜ知ってるの?」

「はーん、そうか。それでわざわざアリバイを聞いたのか。さすが!」と啓治君。

僕はちょっと得意顔になった。

「そうなると昼休みの1時間半で石神井公園との間を往復して孝子の首を絞めることが可能かどうかってことね」

「まぁ、ギリだけど可能だね。往復で1時間ぐらいだから」

「犯行は30分ってことね。後は裏付けの証拠がなにかあれば・・・」

「密室のからくりはどうする?」

「このみと吉本がつるんでれば簡単よ」

「そうか合鍵を使えば簡単か。でもこのみを脅してたのは吉本のほうだろう」

「このみが吉本をとりこんだとしたら・・・」

「ふむ、ありうるね」

「このみと吉本のつながりを証明できれば解決の糸口になりそうね」

「孝子と温泉に行った後の、吉本とこのみの行動を追ってみるか」と啓治君。なんか本物の刑事のような口調。ちょっとかっこいい。



僕はノースリーブの濃い青と明るいブルーのグラデーションを利かせたワンピにゴールドのベルトマーク。それにゴールドのパンプスを履いてユキちゃんっちに訪問した。

ユキちゃんのお母さんから相談を受けたの。

ユキちゃん学校が始まっても休みがち。喫茶ジョイをやめてから全然元気がないとのこと。いくら聞いても理由がはっきりしないので、ご両親は相当心配したらしい。

ユキちゃんには中学1年の妹がいる。

その妹さんの提案でおかあさんが僕に電話をよこした。妹のエリちゃんは、ときどき姉さんから僕のこと聞かされていて、僕だったらユキちゃんの悩みを解決してくれるのではと思ったらしい。

玄関でお母さんが出迎えてくれた。イメージ通り、上品でしとやかな雰囲気。「お忙しいのにすいません。わざわざ来ていただいて」とお母さんはすまなさそうにあいさつされた。どうぞと居間に通された。

「ユキったら、いつも柏木さんのおうわさばかりしていたんですよ」と、この時期にはめづらしいあたたかいお茶を出しながら、おかあさんが話してくれた。

ユキちゃんは、お盆を過ぎたころから部屋に閉じこもりがちになり、明日から2学期って言う時になってアルバイトやめてたことを告げたそうなの。

学校も1日2日は行ったけれど、そのあとは部屋に閉じこもってしまい一緒に食事もしなくなった。

お母さんが部屋に届けた食事を1日1食食べるだけだという。担任の先生からも電話がかかってきたけど、電話口に出て話はするけど、学校に行く様子がないとのこと。

今日も僕が来ることは教えてあるけど、果たして部屋から出てくれるかどうかわからないって。心配で、困り果ててる様子。お母さんの顔が憔悴してるのがよくわかる。

と、そこへパタンと突然、扉を開けてユキちゃんが立っていた。ユキちゃんは学校のネームの入った紺のジャージ姿。

「まぁー、ユキちゃん」

驚いた母親が声をあげたが、ユキちゃんは僕をみつめたまま「おかあさん、しばらく席はずしてて」といって、座ってる僕を見下ろすように進んできた。

驚いた母親が、気遣いながらもよろしくといったようすで、僕に顔だけであいさつしながら部屋を出て行った。

「ママさん。ケンさん元気?」とユキちゃん。たったまま僕を見つめて言った。

「うん、元気よ」って、答えた。それから「いつも私のこと話してくれてたんですって」

って聞いたの。

「そう・・・。いつも明るくって、しゃきしゃきしててよく働く。どんなこと言われても、絶対笑顔でかえしてる。優しくてちっちゃくて元気。いつだってスタイルブックから飛び出したような格好してて、金髪もぜんぜん浮いてない。男の人にももてて、なんでも前向き」って、すごい誉めてくれるの。

びっくりぃ。そんなことないよと、思わず立ち上がってユキちゃんの手を握った。

「ユキちゃんだってやさしくて、笑顔がすてきで、いつだってみんなから好かれてる」と僕はそのままユキちゃんを抱き寄せた。

ユキちゃんが震えてるのが判る。

「大丈夫だよ」って肩を抱きながら、優しく髪をなぜてあげた。それから椅子に掛けさせて「つらかったの?」って聞いた。ユキちゃんこくりとうなずいた。ほんとにユキちゃんは素直な子。

「ケン君はね、とってもいけないの。ユキちゃんの気持ち知りながら私のことも好きだなんて」

ユキちゃんピクリと体を硬直させた。

「そして私も悪い。うっかり誘惑に負けそうになった」

「でもね、今はケン君のお誘いすべて断ってる」

ユキちゃんの涙目が僕を見つめてる。

「陽児君がかわいくて。喫茶ジョイと陽児君が私のすべて」

だからユキちゃんも大切なのってはっきり伝えたの。

「でもケンさんはママのこと好きだから」

「そんなのかってよ!」と僕は感情むき出しにした。

「私が大事なのはケン君よりもユキちゃん。お店やめるって言われた時、ショックだった」

「でも・・・」

「大丈夫!今にケン君も目が覚めるわよ。ユキちゃん!こんなことでくじけちゃダメ」

僕があなたの一番の味方よ。って、ユキちゃんの手をまた強く握ってあげたの。

「ママさんがそんな風に思ってくれるなんて・・・」とユキちゃんうつむいて僕の手をにぎったままでいる。

「うふっ、これからよ。やられっぱなしじゃダメじゃん」って僕。

「ありがとうございます」ってユキちゃん涙を流してる。

それからはお店のことや学校のこと。普段話せないこまごまとしたことを、わぁーって感じでしゃべりあった。お互い気持ちが晴れるのが分かった。

しばらくしてユキちゃんのお母さんも入ってきてテレビの話題や、料理の話なんかも飛び出してにぎやかに笑いあった。

ユキちゃんは明日から学校に行くことになり、お店にも戻ることになった。

それから僕は、ユキちゃんとお母さんのお見送りを受けながら、手を振ってお宅をおいとました。なんか僕自身もすっきりしたって感じ。

アッコが珍しくお店に遅くまで残ってる。

閉店までいてネオンの看板しまうの手伝ってくれたりして、いつまでもぐずぐずしてる。僕と、なにやらお話ししたいみたい。

「どおしたの?」って僕の方から聞いてあげた。

どうも旦那が浮気してるみたい。パブに出てる女の子とくっついちゃったようなの。だけどそんなこと、前からしょっちゅうだったじゃない。

でも今度という今度は、アッコの方も旦那にあいそを尽かしたようなの。

突然「マリコ。ごめんね・・・」って言うの。

僕の方はうすうすわかっていた。たかし君のことだよねって言ってあげた。

「うん」とアッコもうなずく。たかし君はやさしくって、頑張り屋さん。気が弱いとこあるけど真面目とアッコが言うの。

「うちの旦那とは正反対よ。プライドばっかで、だらしないの。すぐに愚痴言うけど、ちっとも努力しないの」

そう言えばたかし君、こつこつ派かもね。

「たかし君とはどこまでいったの?」と冷静さを装いながら落ち着いて聞いた。

「二人で旅行したり、おうちに泊まりに来たり」

だって、許せない。って、僕もケンと似たようなことしてる。けど、それとこれとは違う!

三日間、千葉の館山に行った時も一緒だったんだって。

「マリコほんとうにごめん。たかし君、とってもやさしくってカワイすぎだったもん。だから、つい甘えちゃって。とてもいけなかった・・・」とくすんくすん泣き出しちゃった。

「本気で好きになったの?」

こくりとうなずくアッコ。だからよけいに苦しくなったんだって。

「それで、これからどうするつもり」

声の調子が荒くなっているのが自分でもわかる。

「わからない。できればたかし君とずっと仲良しでいたい。けれどマリコのことも大事だから・・・」

だんだんとアッコの声が小さくなる。

「あたりまえじゃない。ダメよ!そんなこと」

でも、たかし君はどうなんだろう。少し不安がよぎる。

「アッコのこと好きだけど、マリコのことを嫌いになれないって。だから無理って言われたの」

アッコの声は蚊の鳴くように小さい。

ふーむ、たかし君のやつどうしてくれようか。と僕は感情が高ぶる。こらえていたけど、ついに我慢の緒が切れた。

「アッコ最低よ!」

ピシャリとアッコのほほを打った。

「ゴメンナサイ・・・」と、アッコはうつむいてまた泣きだした。

ロン毛で赤毛。タオル地でノースリーブのミニのワンピ。カウンターの椅子席は背もたれのない回転いす。

その上にちょこんと座って、日焼けした肩からうなだれてる。サンダル履きの足の指のピンクのマニュキアがかわいいの。

結局、僕はそれ以上怒れない。自分にもやましいことがある。ユキちゃんはそれを水に流してくれた。

「旦那とはどうするつもり?」

「うん・・・なんども別れようとするんだけど・・・」

そのたびに謝る旦那と続いてしまうんだって。

「でもまだ子供いないし、今ならまだ別れても大丈夫」って、思うらしいの。ホントのところ、まだ籍にも入れてないんだって。そんなことだろうと思った。

「アッコ。どっちにしてもけじめつけなきゃー」

ダメよって、語気を強めて言ってあげた。僕ってやっぱ優しい。

「マリコごめんね。でもマリコと、ずーっと仲良しでいたいから許してほしいの」だって。本当は許したくないけど、わかったって言ってあげた。

後はたかし君のほうだと思いつつ、自分もケンとのこと、けじめなさいしなくちゃぁーと言い聞かせた。

しばらく泣きじゃくるアッコを半分ほったらかしにしながら、それでも肩に手をかけてあげて(ホント!優しすぎー)陽児君の寝顔をじっと見つめてた。


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