7 進学の危機
まだ陽が昇ったばかりだというのに、べらぼうに暑い。どうやら異常気象とやらは実在するものらしい。これから嫌な補習だというのに朝からこれでは堪らない。いつまで経っても慣れることができず、苦労して結んだ青いネクタイを緩める。しかしそれでもやはり息苦しくて、今度は第一ボタンを外す。
重い足取りで、やっとのことでたどり着いた教室は、更に蒸し暑い空間だった。いくら人数が少ないからといっても、満足に冷房が効いていないのだから無理もない。
教室の前方には、もう既に高橋が座っていた。高橋は魔術しか補習科目がない。もう補習期間は終わっているのではないだろうか?
田島は不思議に思ったが、テストに合格しなければ、補習は終わらないことを思い出す。たとえ補習期間が終わったとしても、テストに合格しなければ追試が繰り返されるだけだ。
田島がため息をつくと、高橋が身体を捻って振り返り、唐突に話を始めた。
「そういえば、覚えました? 文化祭の台詞」
高橋の言葉に眉を潜める。そういえば、誰が役者をするのか、心から聞いていない。台本の内容からは、一人芝居だと判断したが、まさか入部したばかりで、掃除係の自分が、役者などという華々しい役割だとは考えたこともなかったのだ。
「は? 覚えるも何も、俺は掃除係だって先輩に言われたぞ」
そもそも、この間の中間試験で、赤点だった数学の再試すら受けていない。このままいくと、留年も他人事ではなくなってしまう。本当は、文化祭なんぞに現を抜かしている場合ではないのだ。
田島の反駁に、高橋は首を傾げ、そして口を開いた。
「じゃあ先輩が出るんでしょうか。でも、友一君がいなくなってから、先輩それどころじゃなさそうですし……。田島君が掃除係なんてそれこそ役不足でしょう」
どうやら高橋は友一が死んだことを把握しているようだった。おおかた、以前鈴元に教室から連れ出されたあとに聞いたのだろう。
「『真っ赤な嘘ででっち上げ』だっけ? アレ、あの内容なら先輩がやったほうが良いだろ。俺、演劇とかよく知らないし」
田島は自分に言い聞かせるように返事をする。もともと、人前に出るのは得意ではない。入部した経緯からも、ずっと裏方を任されるのだとばかり思っていたのだ。
「あの話は最初、もっと違う内容でした。残虐描写で顧問に没を食らったんですけど。呪いの儀式とかも、手順がしっかり記載されていて……」
儀式? 手首の件か?
田島は少しだけ首を傾げたが、高橋の話を聞いて、心に尊敬の念を抱き始めていた。
「へぇ、やっぱり先輩って凄いな。俺なら絶対に書けないよ」
しかしやっぱり、裏方をやりたいと考えるのだ。