Q とうも忌
男はこれまでの警察官とは違い、落ち着いた雰囲気を出していた。かなりの年配で、白髪混じりの髪には脂気がない。
「友達の、財布を盗ったことがあるの?」
紙をペラペラと捲りながら言う。面倒臭そうに、何度か瞬きをした。
財布、中学のときのあれかな? あれは仕方がなかったから、大丈夫だ。言っても大丈夫。
「あぁ、あれ。別にいいでしょ。他人のもの盗っちゃ、なんで駄目なの? お金でも、命でも、いいじゃん。盗られるようなところに置いておくのが悪い」
責められているような気分になった。高橋は、弁解のように口を動かす。興奮して、なかば叫ぶような大声を出してしまった。
「盗られるほうが悪いよ。ぼくは悪くない!」
「食事をベランダ食べたと調書にありますが、そういった事実はありましたか?」
彼は高橋の大声にほとんど反応せず、相変わらず手元の書類ばかりを見ている。
なんかこの人怖い。いつもみたいなこと訊かないし、この部屋もいつもより広いし綺麗。
右側にある大きな窓からは爽やかな光が差し、クリーム色の壁には煙草のヤニもなく、清潔感を保っている。そんな状態に警戒し、高橋は緊張した面もちで身体を強張らせた。
「事件と関係ないので黙秘します」
「殴られた事実はない?」
「黙秘します」
口を真一文字に結び、険しい表情を見せる。もう何も言うまい。
男はため息をついてまた何度か書類を捲る。
「妹さんの証言では、『生まなければよかった』とお母様に言われたそうですが、事実ですか?」
ドキッとした。唐突に、ひどい動悸に襲われる。反駁をせずにはいられなくなり、無意識に唇を動かした。さっきの決心など簡単に記憶から消去され、男の言葉だけがぐるぐると頭を回っていた。
「……自分で殺したらいいんだよ。要らないなら、そうすればいい」
ポツリと言う。広い部屋がもっと広く感じられた。一瞬で記憶が蘇り、気分が悪くなる。ひとつの物事を、どういうわけか色んな風に記憶しているようだった。当時考えたことや、視点や、時系列がまるでばらばらで、何を話したら良いのか全くわからない。
「いざぼくが苦しくなると、『人殺しになっちゃうじゃない』と言って……だからそれは、違う」
自分が何を言っているのか、よく分からない。とにかく違うのだ。考えがまとまらない、頭が痛くなった。
「もう、分かんない。知らない。アンタとはもう会わない。無理。やっぱり、思い出せない。今言ったの、全部嘘。忘れてください。それと、もうあんたとは会わない!」




