10 志摩心うつ伏せ不満
「お前さ、色々言われてるよ。俺はもう、疲れた。電話がかかってくる。鈴元、安藤先輩、中嶋、莉沙も……国際電話は、金がかかる」
力なく話す田島は、ひどくやつれ、以前の彼のような華やかさ、美しさはなくなっていた。元々大人びた容姿だったが、一気に老け込み、二十代にも、三十代にも見える。机に肘をつき、頭を抱える姿は、まるで別人のようだった。
一瞬フラッと顔を上げ、高橋と目が合うと思い切り睨み付ける。すぐにまた下を向くが、頭がふらりと力なく揺れ、手の平の上でなく、肘を乗せた机に激突した。物凄く大きな衝突音が響いたが、田島は気にかける様子もなく、何事もなかったように再びふらりと力なく揺れる。これではどちらが塀の中にいるのだか分かったものでない。
向かい合う高橋は視線をそわそわと彷徨わせる。悪意を向けられることは多くあったが、決して慣れるものではない。パイプ椅子に座りながら足を所在なく伸ばしている。田島とは対照的に、仕草の一つ一つが子供っぽく、小柄な見た目もまた、それを強調していた。
「知ってます、弁護士さんが新聞とかよくくれるので。僕が嘘を言っているとかロリコンだとか言われてます。……違うのに」
不服そうに話す様子は、どこか他人事のような口振りだ。時折はにかんだ笑顔を見せ、田島を気遣っていた。
「今日は、万里ちゃんに頼まれて来たんだ。歯ブラシとか、着替えとか、持ってきた。他に何か必要なもの、ある?」
「お手数をおかけしてすいません。特に……ないです大丈夫です」
義務的に口を動かす田島は、「あ、そう」とため息混じりの返答をした。
……田島君、元気ない。前はもっと健康的だったのに。痩せたみたいだし、ちょっと怖い。
言葉をかけようと考えるが、何も浮かばない。沈黙の時間が続き、十五分の面会時間がすり減ってゆくのが惜しかった。
「……なぁ、」
口火を切ったのは田島のほうだった。面倒臭そうに身を屈め、鞄の中から一冊のノートを取り出した。
「先輩のお兄さんから、貰ったんだ」
ページをパラパラと捲り、二人を隔てる半透明のガラスに押し付ける。腫れぼったい目が何度か瞬きをしたあと、赤く縁取られてゆくのが見えた。
高橋はそんな田島から視線を外し、ノートのほうを見た。見覚えのある字体。癖のある丸文字が書き散らされている。
「どう、思う?」
どうやら日記のようだ。日付は飛び飛びで、長々と書いてある日もあれば、数行で終わる日もある。
「死んだわけでもないのに勝手に私物を見るとは、よくないと思います」
感想を述べながら視線を走らせる。ふと、“友一”の文字が視界に入り、途端に表情を固くする。
「僕もあのときはびっくりしました。まさか本当に死ぬなんて思わなかったし……」
最後のページには、意味不明な文章が一行だけ書かれていた。忘れないように、頭の中に叩き込む。
そういえば先輩はこういう意味不明な言葉を並べるのが好きだった。部活勧誘の張り紙も、数日かけて考えてたこともあったし。
「じゃあ、時間だから」
携帯電話を確認して田島は席を立つ
「あの、また来て」
後姿に声をかけるが、田島は振り向かず「あぁ、」とだけ唸った。
曖昧なそれは、肯定の返事というよりは、ただ単に相槌を打っただけの答えだった。




