6 行通側片
こんなにも強い眠気は久しぶりだ。目の前の景色は霞んで見えるし、頭の中では虫の羽音に似たひどい耳鳴りが続いている。
瞬間移動した気分はいつになっても慣れないが、しかしそれでも自分がこんな狭くて薄暗い部屋にいる理由は、なんとなく想像がついた。
「君、さすがに人殺すのはダメだよ」
いくら未成年だからって、と陽気な声が聞こえていよいよ観念する。どこか冗談混じりで話しかける警官は、気を使ってくれているのだろうか。
「すいません」
頭を垂れると、そのまま額が机に衝突した。耳鳴りが、少しの間静かになる。
「え?」
「まさか本当に保険金事件で片付くとは思わなかったんです。捕まることはある程度覚悟してました」
「えーと。それは、どういう……」
予想外の警官の反応に、顔をあげると、困惑した表情が見えた。
意味が分からない。驚いているのはこっちのほうだ。でも、とにかく話したほうが良いのだろう。
「一度しか言わないので、ちゃんと聞いてください」
丸めた背中を正し、パイプイスの背もたれに預ける。部屋を包む淀んだ空気にため息をついた。
「平成二十三年の、多分八月の後半です。凄く暑い日で、その日は補習が思ったより早く終わって、バイトの予定もなかったので家にいました。父は午前中は家にいたけど、午後からはどこかへ出掛けてました。夕方だったから四時過ぎくらいだと思います。ナントカ金融とかいう人が来て……居留守を使っていたんですけど、なぜか入ってきて……それで、いいバイトを紹介するって言われました。何回か、オレオレ詐欺みたいたことはやったことがあったので、やってみようと思いました。それで……えっと、その、本当はタコ部屋なんだけどビデオでもいいって言われました。……断ったら、撮影のほうをやれって言われて、それならいいかなって思って、そしたらスナッフビデオを撮れって言われて、よく分からないんですけど、女の子を探して来いって言われました。夏休みだったし、わりと簡単に見つけられました。それで、まぁ、色々と」
「色々?」
高橋がとうとうと弁じてゆくうちに、警官の表情はどんどん強ばっていった。彼はそんな風景をぼんやりと眺め、欠伸を噛み殺した。
「未成年だから大丈夫と言われて、お腹空いてたからちょっと切って食べて、箱に入れました」
そう言ってから、少し考え直すように目玉を左右に運動させる。
「あー、いや。箱じゃなくて、スーツケースだったかも」
右の頬を人差し指で掻きながら話す言葉は、気だるさを帯びていた。
警官はそんな彼の様子と、話している内容との乖離に違和感を覚えつつ、慎重に言葉を発した。
「食べたって……何を?」
逸らしていた視線を警官に向けると、およそ好意的でない暗い目線で受け止められた。
「味はまぁ、そこそこでした。食事は本来、楽しいことではないものでしょう? 死体を口の中でぐちゃぐちゃにして、べちゃべちゃにして他の死体と一緒に混ぜて。人間の死体だけ、特別食べられないものってわけじゃあ、ないですよね」




