K 死にたい冴え
5月3日 火曜日。
今日友一が死んだ。飛び降りだったらしい。
今日から日記を付けることにする。今日はとても残酷な日だった。日常とは往々にして残酷なものなのかもしれないが、それを記録してみようと思い立ったので実行する。
体調が悪く、私は一日家に居た。朝からダルく、何も食べられない、食べるどころかむしろ気持ちが悪くて吐きそうだった。
親父は会社で、クソババアはパートだ。クソ兄貴は一昨日から帰っていない。いや、もしかしたらもっと前からいなかったかもしれないが、いつからいなかったのか思い出せない。まぁ、どうでもいいや。あいつ大学入ってから調子乗ってるし、本当の兄貴じゃないのに態度がでかすぎると思う。
部屋のベッドに横たわって、小説を読んでいたら、なんだか気分が良くなってきて、いつの間にか眠ってしまった。軽く肩を揺すられて、目を開けると、眩しくて目を細めた。
「姉さん、お昼食べるでしょ。薬、飲まないと……」
目を開けると、友一がいた。友一は優しいし、いい子だ。友一も本当の弟じゃないけど、私の兄弟は友一だけ。兄貴なんていない。私は友一を愛してる。
「オムライス、作りました。アイスも、買ってきました。あの、だから」
「うん食べる」
しどろもどろの友一は可愛い。私と目を合わせようとしないで、ずっと俯いている。
あのときのことを気にしているのだろうか? 私たちは血縁関係がないのだから、そういうことをしたって気にしなくてもいいのに……。
リビングに行って友一とご飯を食べた。全部食べるのは大変だったが、友一が折角作ってくれたものだから頑張って完食した。アイスは冷蔵庫に入れておいた。
午後は体調が良くなったので、宿題をしていた。四時半くらいに部屋に友一がきた。
「姉さん、あの……学校に宿題の教科書忘れちゃったみたいなんで、取ってきます」
「分かった。夕飯は私が作るからゆっくりでいいよ」
「あ、はい。すみません」
たしかこんな会話をした。普通ではないか。こんな普通の会話が、最後になってしまうなんて……。私が最期に友一と交わす言葉はあんなものではあってはならなかったのに!
友一が出ていったあと、私は料理を始めた。しばらくして、玄関のドアが開いた音がしたから、友一が帰って来たんだと思って、走って出迎えたら、クソ兄貴だった。私を一瞥して、二階に行ってしまう。酒臭い上に、妙に上機嫌だったから、どうせ合コンでもしてきたんだろう。いつものことだ。
溜め息をついて台所に戻り、魚を煮るための落し蓋を作った。電話が鳴ったので、受話器のあるリビングへ移動したが、電話は既に切れてしまっていた。きっと、クソ兄貴が電話をとったのだろう。
私は料理を再開した。味噌汁に入れるジャガイモの皮を切っていたとき、階段を降りてくる音がした。ドタドタと普段通りうるさい。クソ兄貴も友一を見習って、もっと立ち居振舞いというものを改善するべきだ。
クソ兄貴は電話の子機を持ったまま私の近くに来た。「誰?」と聞くとクソ兄貴は青冷めた顔で「警察」と言って子機を差し出した。
私は、クソババアが修羅場でも起こして刺されたのかなあとかぼんやりと考えていた。舌打ちをして包丁を置くとき、一瞬だけクソ兄貴を刺してやろうかと考えたがやめておいた。
子機を受け取ると、オッサンの声が聞こえた。ゾッとするほど冷静な声で署に来て欲しいとかそんなようなことを言っていた気がする。言っていることの半分は分からなかったが、とにかく友一が大変なことになっていることはなんとなくわかった。忘れ物を取りに行っただけなのに、どうして危険な目に遇うのかさっぱり分からなかった。どうして病院じゃなくて警察署なんだろうと疑問に思った。
警察署に着くと、親父はいたが、クソババアはいなかった。親父は友一の生徒証を持っていた。なぜだろう? 訳が分からなかった。「友一は?」と聞くと、親父は何も言わず首を横に振った。
警察の話だと、屋上から落ちたらしい。コンクリートの上で、うつ伏せに倒れていたそうだ。親父やクソ兄貴の話によると、顔面の破損があれだったので、あれだったらしいが、歯の治療痕と指紋から友一で間違いがないらしい。所持していた生徒証や財布、携帯も友一のものだった。
おかしい。春に死ぬなら背中からだ。少なくとも私ならそうする。友一はあめつちよりもいろはが好きだったのだろうか? いろは歌は冤罪事件の訴えだから、もしかしたら自殺ではないという主張なのかもしれない




