5 スノビスム
「好きなんだ、付き合って欲しい」
「どちら様でしたっけ?」
科学室の掃除を押し付けられたと思ったらこれだ。まったくコイツは何を考えているのか想像もつかない。
ホフマンは魔法の光を飛ばした。ふわふわと莉沙の元へ飛び、しばらく浮遊しては消える。難しいことをこれ見よがしにする彼を、莉沙は嫌っていた。
「とぼけるなよ、この前話したばかりじゃないか」
「金髪はモテるじゃありません?」
曖昧な返事で誤魔化しながら、ビーカーを磨く。
こういう類いの話には、裏があるに決まっている。ましてやあの事件は私が一番疑われているらしいじゃないか。コイツはきっと、私に近づいて、尻尾を捕まえる気でいるに違いない。
普段の行いを悔い改めるには遅すぎることは分かっていた。無表情を崩さずに、二十日鼠の死骸をワニの水槽へ入れた。
ワニはネズミを食べる。鮮血が飛んで水槽を汚した。
私は絶対にバレたくない。
「レミングという種類のネズミは、増えすぎると集団自殺を図るといいます……だから人間も、そういうこと、するのかなって思います。私は増えすぎたときに淘汰される存在になりたくないんです」
言うなれば、自殺というのは種の保存本能に基づく正当な行為だ。自殺をするのは人間だけではないんです。多くの動物は、過度のストレス状態にあると、自らを傷付ける傾向にある。犬だって、自分で首を吊ったりはしないまでも、橋から飛び降りるくらいのことはやってのけるのだ。
「じゃあ、たとえばだけど……自殺するなら何が一番良いんだ?」
ホフマンの言葉に、莉沙は首を傾げる。どうしてそんなことを聞くのか分からない。
「私ならできるだけ、マイナーなものを使いますね」
アンチモンやタリウムは、たしかに青酸カリや砒素に比べて知名度が低い。しかしもっと簡単に手にはいる、毒物指定のない薬品のほうが、手軽だし、疑われない。何を使ったのかは絶対に教えまい、と心に決めた。
「そうですね、……塩化カリウムなんかだと、飲むのは大丈夫でも、注射しちゃえばショック死です。電離しやすいから、死因の特定は難しいんじゃないでしょうか」