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神さまに逆らうな!  作者: つなかん
一章 倶楽部
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J 誰そ彼の棲み家

 下校するときが詮索するチャンスだ! もうそれしかない!

 文化祭辞退が決まってからというもの、田島の放課後は暇そのものだった。心は最近学校に顔を見せず、部室の鍵は田島が預かっていた。

「なぁ、今日一緒に帰らないか?」

 ホームルームが終わるとすぐに声をかけた。席が近いというのも悪くない。

「はぁ、いいですよ。今日はシフト入ってないですし……本当は入っていたんですけど女の子に代わってたんですよ。何なんですかあれ。稗田阿礼ですか。意味分かんないですよ。代わるなら一週間前には言ってもらわないと困るのに。やっぱり接客は女の子のほうが需要あるんでしょうか? 飲食なのが原因でしょうか? やっぱりガソリンスタンドとかのほうが時給も高いし――」

「よーし、じゃあ帰ろう」

 高橋は相変わらずブツブツと何かを呟いている。少し怖いが、気にしない。

「そういえば高橋ってどこに住んでるんだっけ?」

 廊下を進みながら、個人情報を聞き出す。よくよく考えてみれば、自分は高橋のことをほとんど何も知らない。

「……うちに来ても何もないですよ。電気止められてるし」

 いや別に家に行きたいなんて一言も言ってないんだけど……。

 高橋が何を深読みしたのかは全く理解できない。それにしても電気が止まるって現実にあるんだな。

「田島君の家なら行ってもいいですよ」

 いやだから、なぜそうなる? ん? もしかして念願の個人情報ゲッツのチャンスか!

 ハッ、として高橋を見れば、楽しそうに笑っていた。ニヤリ、と片方だけ口角を上げた笑み。

「知りたいことがあるんでしょう?」

 ゾクリとした。しかし、知りたいことがあるのは事実なので、家に招待するほかない。無言のまま家路を歩くのはいつものことなのに、二人でいるのに会話をしないと、なんだか妙な気分にさせられた。

「ただいまー」

 玄関の鍵を開け、間延びした挨拶をする。返事はない。

「ご家族の方はいらっしゃらないんですか?」

「さぁ、仕事じゃね? 今日早番だし」

 返事をして、高橋をリビングへ案内する。そうして自分は台所へと足を向けた。冷蔵庫から麦茶を取りだし、コップに注ぐ。お菓子はないが、構わないだろう。

「おまたせー、しかし暑いな」

 テーブルにコップを置き、エアコンのスイッチを探す。そうだ、窓も閉めないと。

 そそくさと窓とカーテンを閉め、冷房を入れる。関東のほうでは計画停電とやらがあるそうだが、そんなもの気にしない。

「私が殺したんですよ」

 静かに、まるでさっきまでの会話の延長のように――天気の話をするように――彼は言った。見慣れたリビングの景色と、高橋の台詞があまりにもかけ離れていたため、田島は思わず手にしていたリモコンを床に落としてしまった。

 殺したって何? 志摩君のこと?

 夏休みに会った心の言葉が思い出される。

 あれは殺人だった? 記憶喪失は嘘なのか?

「知りたかったんでしょう? せっかくですからどうして怪我をしたのかも教えて差し上げますよ」

 え? だから何? 何この子? めっちゃ怖いんだけど!

 混乱する田島をよそに、高橋はフラリと立ち上がる。カーテンから夕日が射し込んで、部屋がオレンジ色に染まっていた。

 高橋はゆっくりとこちらに近づいてくる。目が完全に据わていてこれまでにない恐怖を感じた。生命の危機に似た感覚。

「落ち着け! 一度深呼吸をするんだ!」

 自分に言い聞かせるように大声をだす。しかし思ったほど音量はでず、乾いた口からは空気が抜けてゆくばかりだ。

「大丈夫ですよ、だって貴方が望んだことじゃないですか」

 敬語怖い! 笑顔怖い! マジ勘弁してください、数学のテスト次は赤点とらないようにするから!

 ジリジリと高橋が近付くので、無意識に後退りしてしまう。気がつくと背中に無機質な壁があたるのがわかった。なんだかとても暑い。

 不意に左手で、胸ぐらを掴まれた。殴られる! と思い、来るべき衝撃に瞼を閉じた。しかし、一向にそれは来ない。いったいどうしたというのだろう。

 おそるおそる目を開くと、彼は相変わらず笑っていた。笑いながら田島の首に手をかける。

「ザッケンナ! 何すんだこのボケ!」

 首を絞められたら堪らない、それこそ窒息死が現実のものになってしまう。咄嗟に首に添えられた右腕を強く掴む。

 細い腕は簡単に引き離すことができると予想していたのだが、残念なことにそれは裏切られた。どこから出てくるのか分からないが、高橋は田島の抵抗を鼻で笑い、強い力で彼の手首を捻った。火事場のナントカとはよく言ったものだ。

 田島は手首の痛みに顔を歪め、来る首への圧力に再び目を瞑る。しかし、それは一向にやって来ることはなかった。代わりにあったのは、首もとのくすぐったいような違和感と、スルスルとネクタイが解かれる音。

「何だよ、お前今日ちょっとおかしいぞ」

 いつの間にか密着している高橋と距離を置こうと身体を捻るが、ゾッとするほどの強さで肩を壁に押し付けられる。痛い。

「私がおかしい?」

 耳元で、囁く声。少し掠れたそれは、まるで別人が話しているような錯覚を覚えさせる。

「そんなの、今に始まったことじゃないでしょう?」

 ゾワッと鳥肌が立つのがわかった。気持ちが悪い。エアコンが効いているはずなのに、一向に涼しくならない。むしろ暑くなったくらいだ。頭がクラクラして、景色が霞む。

 不意に、肩に痛みを感じた。続いてゴキッ、という嫌な音。既にフラフラだった田島の身体は、簡単に床へと崩れ落ちた。

 頬に当たるフローリングは冷たい。頭の中心を冷ましてくれるような気がした。

「ネクタイって便利ですよね。これがあれば人間だって殺せるんですよ」

 物騒な台詞が聞こえて、自分の生命が危ないのではないかという疑惑が膨らむ。信じられないことに、両腕は何か紐のようなもので縛られているらしく、動かすことができない。

「ああ、そうだ。田島君は知りたいことがあるんでしたよね」

 背後に感じていた高橋の気配が消える。他人の家を徘徊しているなら速やかに止めて頂きたい。台所のほうから何かを漁っている音が聞こえて、冷や汗が流れた。

 もう駄目かもしれない。俺はここで殺される。どうかドッキリであってくれ。

 目を固く瞑り、何とか平静を保とうとあらゆる可能性を思案する。これは高橋の冗談か、はたまたドッキリなのか、もしかしたら本気で自分を殺そうとしているのか。

 心臓が速く動き、呼吸が荒くなる。まるで、吸い込んだ空気に酸素が含まれていないのではないかと感じるほど苦しい。何度呼吸を繰り返しても、一向に楽にならなかった。

「どうして怪我をしたのか、知りたいんですよね」

 突然背後から聞こえた声に「ヒュッ」と喉から空気が抜けた。戻って来る気配など全く感じなかったのに。

「そんなに怯えなくても大丈夫ですよ。痛いのは一瞬ですし……」

 待て、痛いって何だ? 一瞬って何だ? 早まるな! 少し落ち着こう。

 必死に唇を動かそうとするが、喉から空気が抜けてゆく。緊張のせいか、有声音をだすことができない。

「痛ッ!」

 何とか声になったのは、短い唸りだけだ。自由の利かない腕に熱を感じた。時間が経つ度に、ジンジンと痛みが広がる。一瞬なんて嘘っぱちじゃないか!

「何すんだ! いい加減にしないと通報するぞ!」

 金縛りが解けたかのように、声をだすことができた。先ほどの痛みが効をそうしたようだ。

「……あのう、えーと」

 ひどく戸惑った高橋の声。続いて、何か重いものが落ちる音。

「すみません! あの、大丈夫ですか?」

 腕の拘束が解かれる。鈍痛に顔を歪めながら立ち上がると、床には包丁が落ちていた。恐る恐る腕に目をやると、赤黒いものが筋をつくっている。腕を液体がなぞってゆく感覚は、少々くすぐったい。

「あの、僕。そんなつもりは……。ごめんなさい。えーと、何て言うか――」

 狼狽し、後退る高橋。ドアに背中をぶつけた音がした。

 痛いんだぞアレ。それにしても何が言いたいのか、何がしたいのか、さっぱりわからない。全く理解できない。

「か、帰ります!」

 素早く振り返り、ドアの向こうへ姿を消す。玄関がバタンと派手に開閉する音が聞こえた。

 あまりの唐突さに、田島は一瞬痛みを忘れた。開いた口が塞がらないとは、きっとこういう状態のことを指すのだろう。

「……何だったんだ、アイツ?」

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