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神さまに逆らうな!  作者: つなかん
一章 倶楽部
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9 鏡文字

 なんとかテストをギリギリでパスして、補習を乗り切ることができた。

 演劇部が文化祭を棄権することは決定事項となり、結局休み中、文化祭の練習などという夏休みらしいことは一切しないまま、新学期へと入った。しかし文化祭にでないからといってすぐに廃部になることはなく、部員のいる今年中は、なんとかそれは免れることができそうだった。

 朝食を食べながら目にしたニュース番組を思い出す。

 ――幼女が行方不明。神隠し、ね。

 わりと近所の地名をテロップに見て、ほんの少し音量を上げると、どうやら小学生の女の子が行方不明になったらしいということだった。

 ま、俺には関係ないし……近所に誘拐犯が居たとしても、俺は襲われないだろう。でも先輩は心配だな、あんなに綺麗なんだし、変態に連れ去られたりしたら大変だ。

「田島ぁ、今日は実験らしいから化学室だってさ」

 少し遠くの自動販売機まで、ジュースを買って戻って来たら、鈴元に話かけられた。彼はクラス委員だから、そういった事情に詳しいのだろう。

 午後イチの授業は化学らしい。正直な話、理数系は苦手だ。日が進むにつれ暑くなってゆく気温に、教室内は呑まれているようだった。私立高校のようにクーラーがないのは辛い。

「マジかよ、白衣忘れた」

「白衣はなくても平気じゃね。この前俺忘れたけど何も言われなかったし」

 「そっか」と返事をして、ロッカーから教科書を探す。元来綺麗好きの田島のロッカーは、しっかりと整頓されていた。すぐに目当ての教科書を取り出すことができる。

「おはよう」

 振り返ると、高橋が立っていた。今日は重役出勤らしい。眠気の残った顔に、ボサボサの髪。夏休み気分で寝坊したのは瞭然であった。

「もうおはようって時間じゃないと思うんだが」

 ため息をつきながら答える。

 まぁ、来ただけでもマシなほうだろう。俺だったらサボるし。

「次なんだっけ? もう寝坊しちゃって大変だよ」

 後頭部を掻きながら、笑顔を浮かべる。白衣の心配など、確実にしていないだろう。そして、田島の隣にあるロッカーを開ける。整頓こそされていないが、信じられないほど汚いということはない。

 田島は取り出した教科書を手に、化学室へと足を向ける。廊下へ出ると、後ろから足音が聞こえた。

「なんだよ、置いてくなよ。アレ、知ってるか? 部活、廃部になるかもしれないって……」

 なぜついてくる……。いや、いいけども。

「知ってるけど、まだ決まったわけじゃないだろ」

 廃部になるのは部員が足りなくなったときだと先輩に聞いた。先輩は高橋に伝えていないのだろうか?

「ふーん。まぁいいけど」

 そう返事をすると、会話が途絶えた。とても気まずい。

 ふざけるなよ。付いてきたのは何か話があるんじゃないのか? 仕方無い、こういうときは世間話だ。

「ところで知ってるか? 幼女が居なくなったって……。怖いよなぁ」

 とりあえず、朝に見たニュースの話題を出してみる。化学室は隣の校舎にあるので、移動時間が長い。その間ずっと無言で過ごすなんてどう考えても精神が持たなかった。

「あぁ、それラジオでもやってた。酷いことするよな。犯人はきっとロリコンだよ」

 しれっとした顔でとんでもないことを言いやがる。なんだこいつロリコンなのか? 幼女のどこがいいんだ? 俺は断然年上派だ。

「まぁ、酷いことするなぁとは思うよ」

 高橋は無表情のままポツリと言った。横目で見ると、いやにゆったりした瞬きを繰り返している。数秒の沈黙。

「そ、そういえば宿題やった?」

 なんとかして会話を存続させようと試みる。夏休みの宿題なんて正直やっている暇はほとんどなかったが、なんとか全て前日に終わらせるという苦行をやってのけた自分を褒め称えたい。

「え、あぁ。多分ノートは持ってきたからやってあると思うよ」

 そう返事をして、高橋は持っていたノートを開く。ルーズリーフではなく、A4のレポート用紙に、几帳面な小さな文字が並んでいた。

 よくそんな細かく文字書けるな。普通枚数稼ぎにもっとでっかく書くだろうに……。

 感心して目を凝らす。難解な内容が書かれているのかと思ったが、存外それは普通の内容であることに気付く。しかしそれには唯一普通でない箇所があった。

「何で文字が全部反対なんだ?」

 左利きの人間は鏡文字を書くというが、たしかコイツは右利きだ。いや、いつか両利きだと豪語しているのを聞いたことがあったかもしれない。だからって提出物を読めない文字で書くとはこれ如何に。

「わー! マジだ! どうしよう。ついいつもの癖で……。気をつけてたはずなのに」

 ガックリをうな垂れている。突然早足で歩き出し、前方を歩いている生徒を数人追い越した。

「すぐ書き直さないと!」

 そう言って、廊下の角を曲がる。彼の姿が見えなくなって、なんだか自分が損したような気分に陥った。

 いつもそんな字で授業受けてるのかよ。

 田島はため息をついて、一人化学室へと向かった。

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