4.黒ずくめの男
怪我をしている人につまずいてしまうなんて、大変なことをしてしまった。
僕は慌てて屈んで様子を見る。
「大丈夫ですか?」
僕が問いかけると、グッと腕を掴まれた。
結構力が強い。反射的にビクッと身体を震わせると、手の力が緩む。
「悪い。ここで休んでいただけだ。すぐ、移動する」
声は男性みたいだけど、フードを深めに被っていてよく分からない。
まさか、不法滞在者とか……?
本来であれば警察官として動くべきだろうけど、考える前に身体が自然と動いた。
「僕の家はここから近いので、休んでいってください。立てますか?」
「え、いや。俺に構わなくていい。すぐいなくなる」
「いえ、困った時はお互いさまです。怪我しているんでしょう?」
何故か彼を助けたいと思った。
だから、めずらしく積極的に行動してしまったのだけど迷惑だっただろうか?
彼は驚いていたが、僕に捕まって立ち上がってくれた。
どうやら傷はあるものの、歩けるみたいだ。
「……お前、変わったヤツだな。俺が何者か分からないっていうのに」
「そうですね。本来であれば……いいえ。僕も誰かに話をきいてもらいたかったのかも。とりあえず手当てだけでもさせてください」
僕が笑いかけると、フードの向こうの表情が少し緩んだ気がした。
警戒心が解けたのかもしれない。
「……その耳は、コビトカバ獣人か。名前は?」
「トッカーブと言います。あなたは?」
「俺は……あんたの家に着いてから改めて名乗るよ」
「そうですか。あと少しなので頑張ってくださいね」
僕は怪我した謎の男性と共にゆっくりと歩いて、家を目指した。
+++
幸い人通りも少ない場所なので、誰かに目撃されることもなく帰宅できた。
まず、彼をキッチンの椅子へ座らせる。
彼はほっとしたのか、漸くフードを取ってくれた。
「見も知らずの他人を自分の家へ連れて帰るなんてな。俺はビントリス。ビントロング獣人だ」
低音の声を聞いて怖い獣人なのかと思っていたけれど、ニッと笑う顔は意外と愛嬌がある。
蜂蜜色の瞳は丸くて人懐っこい感じだ。
日焼けした肌に黒の短髪はワイルドな雰囲気だけど、彼には人を惹き付ける魅力があるみたいだ。
一目見ただけなのに、不思議とカリスマ性を感じる。
黒い半円の耳はぴょこんと愛らしく動いた。
「ビントロングということは、この希少種獣人区画の住人か。良かった」
「ハハ。よそ者じゃないかって? 残念ながら住人だ。で、どうする?」
笑ってくれてるけど、彼が怪我をしているのを忘れそうになる。
僕は慌てて救急セットを取りにいき、黒のジーンズの血のにじんだ辺りを見た。
病院へ行くほど深手ではなさそうだけど、利き足なのかさっきは歩きづらそうにしていた。
「どうしよう、嫌じゃなければ下を脱いでもらったほうがよさそうだ」
「マジか。お前、見た目のふわーっとした感じと違って度胸あるな。気に入った。可愛い顔も悪くないが、その心意気はかなり好みだ」
ビントリスは嬉しそうに目を細めて腰を浮かせると、少しずつ黒のジーンズを脱いでいく。
ただ、怪我の部分が擦れると痛そうに顔をしかめた。
「……っつぅ」
「血が少し固まってきているのかも。消毒した方がいいですね」
僕は問答無用で消毒液を怪我したところへ吹きかける。
ビントリスは露わになった長い尻尾をピンと立たせて必死に耐えているみたいだ。
「しみますよね? でも、この傷なんだろう……直線状に擦れたみたいな……」
「……ちょっとな」
ビントリスは言いづらそうにしているし、無理に聞き出すのも申し訳ない気持ちになってきた。
この傷跡に似た感じは見たことがある気はするけど……今の僕はただの一般人。
警察官ではなく、ただ怪我をした人を助けているだけだ。
消毒をしてから傷跡を軽くふき取り、清潔なガーゼを当てて包帯で巻いていく。




