プロローグ
プロローグ
― 終わらなかった世界 ―
世界は、すでに終わっていた。
空は黒い。
昼も夜も関係ない。
太陽は、あるはずなのに――見えない。
空を覆っているのは、
巨大な影。
それは雲ではない。
“意志”だった。
人々は街を歩く。
だが、その顔に表情はない。
笑わない。
怒らない。
泣かない。
ただ、命令された通りに動く。
すべての顔には――
仮面。
黒い仮面。
冷たい仮面。
意思を奪う仮面。
この世界は、
仮面に支配されている。
その頂点にいるのは、
ただ一つの存在。
常闇の仮面。
⸻
――だが。
この絶望は、
この世界だけのものではなかった。
かつて、別の世界で。
一人の男が、
“すべての始まり”に触れた。
原初の仮面。
仮面という概念、そのもの。
それを――
砕いた。
それは救いだったのか。
それとも、
禁忌だったのか。
誰にもわからない。
ただ一つ確かなことがある。
終わりは、終わりではなかった。
ひとつの仮面が消えたとき、
世界は均衡を失い、
歪みは、
別の世界へと流れ出した。
そして生まれた。
新たな支配。
新たな絶望。
新たな頂点。
常闇の仮面。
これは、
“終わらせたはずの物語”の、
続き。
⸻
その日もまた、
ひとつの街が静かに沈んでいった。
人々の抵抗は、ほんの一瞬だった。
黒い影が広がり、
意思を飲み込み、
心を奪う。
やがて全員が仮面を被り、
同じ方向を向く。
同じ声で呟く。
「……常闇に従え」
世界は、もうほとんど残っていない。
自由な人間は、
数えるほどしかいなかった。
⸻
その中の一人が、
瓦礫の街を走っていた。
少年だった。
息を切らしながら、
振り返る。
背後には――
仮面の軍勢。
数十。
いや、数百。
全員が黒い仮面をつけている。
感情はない。
迷いもない。
ただ命令を遂行するだけの存在。
少年は歯を食いしばる。
「くそ……!」
剣を握る。
だが、わかっていた。
勝てない。
何度戦っても、
何度逃げても、
この世界では――勝てない。
なぜなら、
その頂点にいる存在は、
あまりにも強すぎる。
常闇の仮面。
あれに抗う術を、
この世界は持っていない。
⸻
少年は路地に飛び込み、
崩れた建物の中へと滑り込んだ。
追ってくる足音。
止まらない。
逃げ場はない。
そのとき――
少年の胸元で、
小さな光が揺れた。
仮面だった。
古びた仮面。
他のどの仮面とも違う。
刻まれている紋章は――
円環。
重なり合う線。
歪んだ時計のような模様。
それはまるで、
“世界の綻び”を示す印。
少年はそれを見つめる。
震える手で、掴む。
これは、
一族に代々伝わる仮面。
祖父が言っていた。
「この仮面は――」
「世界が完全に支配された時にだけ使え」
その意味を、
少年はずっと理解していなかった。
だが今ならわかる。
もう、この世界は――
終わっている。
少年は静かに呟く。
「……頼む」
「本当に……あるんだろ」
祖父が残した言葉。
遠い昔の伝説。
仮面の時代を終わらせた男。
その名は――
R。
少年は仮面を掲げる。
「俺一人じゃ――」
「この世界は救えない」
瓦礫の向こうから、
仮面の軍勢が迫る。
足音が近づく。
もう時間はない。
少年は覚悟を決める。
そして、
仮面を顔に当てた。
⸻
その瞬間。
世界が、歪んだ。
それは偶然ではない。
かつて“原初”に触れた者の行為が、
時を越え、
世界を越え、
今この瞬間へと繋がった。
空間が裂ける。
時間が砕ける。
風が逆流する。
少年の身体が、
光の渦に包まれる。
視界が白く染まる。
崩れ落ちる世界。
遠ざかる街。
遠ざかる空。
遠ざかる絶望。
少年は最後に、
小さく呟いた。
「……待ってろ」
「必ず終わらせる」
「この世界も――」
「仮面のない空へ」
光が弾ける。
そして、
世界が変わった。
⸻
次に少年が目を開けたとき。
そこには、
眩しい空が広がっていた。
青かった。
どこまでも、
自由な空だった。
その空の下で――
ひとりの男が、
仮面を砕いていた。
⸻
それは、
かつて世界を終わらせた男。
そして同時に、別の世界に誕生した絶望を知る事になるとはまだ知るよしもない。
⸻
世界が、再び動き出す。
終わらなかった物語が、
今――繋がる。




