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救世と破滅の円舞曲  作者: 中城 蒼


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第1話 雪解けの朝

「ユリウス、朝よ。起きて」

その声で、ユリウス・アルヴェインは目を覚ました。

粗末な木のベッド。薄い毛布。狭い部屋。全てが、いつもと同じ朝だった。

ドアの前に、一人の少女が立っていた。

アナスタシア・アルヴェイン。ユリウスの姉。十八歳の少女で、母アリス譲りの栗色の髪と蒼色の瞳を持っている。父ジンが昔使っていた古い眼鏡を常にかけており、それが彼女の知的な印象を際立たせていた。

だが、その顔色は蒼白だった。病的なまでに白く、透き通るような肌。彼女は生まれつき身体が弱く、長時間の外出や激しい運動ができなかった。それでも、その表情には穏やかな微笑みが浮かんでいた。

「また、悪い夢を見ていたの?」アナスタシアは心配そうに弟を見つめた。「うなされていたわ」

「姉さん……」ユリウスは額に手を当てた。冷や汗が滲んでいる。「ああ、また見た。村が燃える夢を」

アナスタシアはベッドの端に腰掛けた。その動作はゆっくりで、慎重だった。無理をすれば、すぐに息が上がってしまう。

「最近、よく見るのね」アナスタシアは弟の手を取った。その手は冷たかったが、優しかった。「でも、大丈夫。ここは安全よ。リュミエール村は、ずっと平和だったんだから」

「……そうだな」

ユリウスは頷いたが、胸の奥の疼きは消えなかった。

「それに」アナスタシアは微笑んだ。「今日は良い天気よ。空を見て」

ユリウスは窓に目をやった。

窓の外には、雪解けの朝が広がっていた。空は淡く白み、冬の名残と春の兆しが混ざり合っている。畑には白い霜が降り、草の一本一本が朝日を受けて輝いている。遠くには、城塞都市セラフィードの白い塔が見える。

「綺麗だろう?」アナスタシアは窓の外を見つめた。「私、この景色が好きなの。冬が終わって、春が来る。全てが、新しく生まれ変わる季節」

「姉さんは、ずっとこの村にいて満足なのか?」ユリウスは尋ねた。「外の世界を、見たいと思わないのか?」

アナスタシアは少し考えた。そして、静かに答えた。

「私は、この村が好きよ。家族がいて、穏やかで。それだけで、十分幸せ」

「でも……」

「でも、ユリウスは違うのね」アナスタシアは弟を見つめた。「あなたは、外の世界を見たいと思っている。ここに留まることに、息苦しさを感じている」

ユリウスは驚いた。姉は、自分の心を見抜いていた。

「どうして分かるんだ?」

「あなたは私の弟だもの」アナスタシアは微笑んだ。「小さい頃から、ずっと見てきたわ。あなたが星を見つめる時の目。遠くを見る時の表情。ここではない、どこか遠い場所を求めている目」

「姉さん……」

「いいのよ」アナスタシアは弟の頭を優しく撫でた。「あなたには、あなたの道がある。無理に、ここに留まる必要はない」

その言葉は優しかったが、どこか寂しげだった。

「でも、今は朝ご飯の時間よ」アナスタシアは立ち上がった。その動作は、やはりゆっくりだった。「母さんが、待ってるわ」

二人は階下へ降りた。

狭い木の階段を降りると、食卓から良い匂いが漂ってきた。焼きたてのパン。野菜のスープ。そして、少量の塩漬け肉。質素だが、温かい朝食。

「おはよう、ユリウス」

穏やかな声が、ユリウスを迎えた。

母親のアリス・アルヴェインだった。三十代半ばの女性で、栗色の髪を後ろで一つに束ねている。蒼色の瞳は優しく、笑顔は温かい。エプロンをつけ、キッチンで朝食の仕上げをしていた。

「おはよう、母さん」

ユリウスは食卓に座った。

テーブルには、すでに父が座っていた。

ジン・アルヴェイン。四十代前半の男性で、銀灰色の髪と漆黒の瞳を持つ。今は別の眼鏡をかけ、何か古い装置を分解していた。父は村の医者だったが、同時に機械を修理する技術も持っていた。その技術がどこから来たものなのか、ユリウスは知らなかった。

いや、正確には――思い出せなかった。

時々、ユリウスは感じることがあった。自分の記憶に、穴が開いているような感覚。何か大切なことを、忘れているような気がする。だが、それが何なのか、思い出せない。

「おはよう、ユリウス」ジンは眼鏡の奥から息子を見た。「また、悪い夢を見たのか?」

「……どうして分かるんだ?」

「アナスタシアから聞いた」ジンは装置から目を上げた。「最近、頻繁に見るようだな」

「ああ」

ジンとアリスは、一瞬だけ視線を交わした。

それは、ほんの一瞬だった。だが、ユリウスはそれを見逃さなかった。両親は、何か知っている。何か、自分に言っていないことがある。

「それは……」アリスが口を開いた。「ただの夢よ。心配しないで」

だが、その声には、わずかな迷いがあった。

食卓に、沈黙が落ちた。

その沈黙を破ったのは、アナスタシアだった。

「ねえ、父さん。その装置、何?」

アナスタシアが、父が分解している装置を指差した。

それは、小さな金属の箱だった。表面には、複雑な紋様が刻まれている。そして、中心部には、微かに光る結晶が埋め込まれていた。

「ああ、これか」ジンは装置を手に取った。「村長から修理を頼まれたんだ。古い照明装置らしい」

「照明?」ユリウスは首を傾げた。「でも、こんな複雑な構造の照明なんて……」

「昔の技術は、今より進んでいたんだ」ジンは答えた。「神が生きていた時代の技術。それらの多くは、今では失われている」

「神が生きていた時代……」

ユリウスは、その言葉に引っかかりを感じた。神。数千年前の大厄災で死んだとされる存在。だが、本当に神は存在したのだろうか。それとも、ただの伝説なのだろうか。

「ユリウス」アリスが声をかけた。「朝ご飯、冷めてしまうわよ」

「あ、ごめん」

ユリウスはパンを手に取った。焼きたてのパンは温かく、香ばしい匂いがした。スープも、野菜の甘みが優しく溶け出している。

四人で、朝食を囲んだ。

何気ない会話。

何気ない笑い声。

穏やかな、家族の時間。

だが、ユリウスの心の奥には、拭えない違和感があった。

この平和は、いつまで続くのだろうか。

この穏やかな日常は、本当に守られるのだろうか。

そして――自分は、何者なのだろうか。

食事が終わり、ユリウスは外に出る準備をした。

「ユリウス、どこに行くの?」アリスが尋ねた。

「井戸に水を汲みに。それと、ノアと約束してたんだ」

「ノア君と?」アリスは微笑んだ。「仲が良いのね、あなたたち」

「幼馴染みだからな」

ユリウスは上着を羽織った。白灰と黒を基調とした、シンプルな服。村の人々が着る、普通の服。

「あまり遅くならないでね」アリスは心配そうに言った。「最近、森の奥で変な音がするって噂があるの」

「変な音?」

「ええ。金属が軋むような音だとか」アリスは眉をひそめた。「きっと、気のせいだとは思うけど……」

「気をつけるよ」

ユリウスは家を出た。

外の空気は冷たく、白い息が吐息とともに広がった。

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