カミカクシ 肆
「童」
頭の上から声がした。
「何故貴様のような者がアレに干渉しようとする?」
女性のような高い声が尋ねる。
「答えろ」
手を伸ばして目を合わさせようとする気配がする。
この雰囲気で触られたらしばらく祟るだろう。
それでも言葉を交わす縁を結ぶよりはマシだ
一方的な縁の結びつきであれば後からいくらでも切れる。
しかし反応したらこちらからも縁を結ぶことになってしまう。
そんな間違い二度と犯してはならない
「私の に触らないで」
鈴を転がしたような声が耳元からした。
常に感じていた重さが肩から頭に移動したことと声から彼女の不機嫌さが伝わってくる。
「なぜお前のようなモノがここに…!?」
彼女の登場は予想外だったのだろう
ひどく狼狽した声が聞こえる。
「これはわたしのなの、お目付役程度の分霊が触らないで」
「御神体か!
ならますます野放しにはできぬ!」
ばちりと電気が走る音が聞こえる。
話の流れ的に僕は無事に帰りにくくなったようだ。
自衛するため瞼をひらいた
が視界いっぱいに見知った少女の顔があった。
「おはよう、洸」
「──ああ、おはようハク」
養父に引き取られるきっかけで僕が神霊案件を任される最大の理由である少女は親しげに笑いかける。
視線を少女から逸らし奥を見ようとしたが、どういうわけかそこにいるのはわかるが周囲の闇と同化して見えない。
「わたし以外見ようとしないで」
視線をさえぎられる。
独占欲を隠すことなく幼い童女のように頬を膨らませる姿に頭痛を感じた。
「……さっきのは?」
「消した!」
「じゃあ、あれは?」
この空間と同じ暗闇が広がっているが感覚的に明らかに異質な存在感に指を指す。
「残留思念だよ
この世界では珍しく分霊できる神様だったんだね」
「分霊、」
「お目付役としてつけてたんじゃないかな
でもついてる人間の影響で歪んだんだね
まさかこんなところに洸を連れてきて排除しようとするなんて、本体も潰しに行った方がいいかしら」
「ハク、一つ答えてくれないか」
「わたしを頼ってくれるの!?うれしい!この世界の成り立ちでも世界の外側のことでもなんでも答えちゃう!」
「そこまではいらない…」
物騒なことを口走るハクを止める意味合いで話を逸らす。
頼られたことが嬉しかったのか手をとって意味もなく上下に腕を振るハクにされるがままたずねる。
「実稜はカリスマ持ち?」
「うん!」
「……そっか」
ただそこにいるだけで人々を魅了し惹きつけてしまう人がいる。
それを僕らはカリスマと呼んでいる。
そして実稜はそのカリスマを持っている。
「俺の身内でさ、何をやっても周りが好意的に受け取られるやつがいたんだけど
そういうことが起きる理由とかってお前なら知っているんじゃないか」
一つ上の先輩がいつかの昼休みそんなことを尋ねていたのを思い出す。
「カリスマ持ちは親しい人ほど離れていくんだな」
神すら歪ませられる想いを向けられていたと考えると実稜が成長が止まるだけで済んでいたのは奇跡だったのだろう。
「隠してしまった方が傷は最小限で済むのにね」
「……ハク」
「大丈夫よ洸、わたしは貴方とこの先を歩んでいきたいからそんなことしないよ」
気まぐれで感情の移り変わりが激しいと言われている自然由来の神の中でもこの神は中立のように穏やかに見守ることを選んでくれている。
「でもわたしはここでずっとあなたと過ごすのもいいけど、どうする?」
「それもいいね、でも心配する人がいるから帰るよ」
「そう、残念」
ハクは残念そうに顔を逸らすと何もない足元を蹴る。
「わたしはこの世界の主神との約束で人の世に干渉することはできない
でも
きみがこの世界が嫌いになったその時は私がこの世界を壊してあげる」
── ハクは蕃神だ。
この世界の外側からきた神で、御神体がなければこの世界に存在することはできない。
「そんなことをしたら死んでやる」
ハクの御神体は、僕だ。
僕がいなければハクはこの世界に存在することができない。
僕はこの世界を気に入っている。
御神体である僕が死ねばハクもこの世界に存在することはできない。
「しかたない、人間だものね
今はそういう状態だって理解してあげる」
その言葉を最後に視界に小刀が映った。
「大丈夫?」
自分以外の人間の声が聞こえる。
張っていた緊張の糸が切れその場に倒れ込む。
本来、人間が神と話すのは祭壇を建てたり儀式を経て行わないと障るものだ。
御神体とは言え僕は半人でもないただの人間だ。
僕には自分のちょっとした気分の移り変わりで世界を終わらせられる超常がずっとそばにいる。