カミカクシ 参
「願いことをしたんだね」
どこでかは知らないし、誰にかも知らない。
だけど願った相手は人ならざる者。
こちらの願いの叶え方を汲み取ってくれるわけじゃない。
「どこかで『お兄さんと一緒』とか願ったんだろうね
ソレはあなたの『記憶の中のお兄さん』にあわせたんだ。
成長して行く未来の姿を隠すことで願いを叶えた」
面倒な願いの叶え方をしている。
叶えた側からしたら面倒な要望を聞いて起こした奇跡なのにその奇跡が不満だったと言われれば気分を害すだろう。
「あなたを攫って隠してしまった方が願いを本当の意味で叶えられるのにそうしなかったのはあなたについている生霊たちの願いも汲んだんだろう」
きっとその神は人間が好きだ。
そうでなければこんな面倒なことはしない。
「(人間的だ、個人が置かれている立場を考慮して変化する可能性を残している)」
それこそ意識も願った時のままにしておけば簡単に叶えられる。
そんな願いなのにわざわざ意識を残しているのは、周りの人間の実稜に存在し続けてほしいという願いを汲んだせいだろう。
だから歪んでしまっている。
「神は基本的に人間の事情を考慮することはない
半人ぐらいなんだよ本来人間らしい感性を持っている超常を起こせる存在は」
「それじゃ、これは半人の仕業?」
「半人はここまでの奇跡は起こせないよ
彼らが起こせるのはせいぜい手から水を出したり空を飛んだりする程度」
人の事情を考慮せずただ自分の感情の赴くまま超常を起こすのが神だ。
「(事情を考慮できる人格があり、ここまで語っても何の反応も起こさないとなると静観しているのかそれとも……)」
実稜との間においた小刀を触る。
置いた時と同じ感触のままだ。
今は思惑については放っておこう。
どうせ相入れない存在だ。
行動理念を考えたところで徒労に終わることがほとんど多い。
そんなことに気を割くぐらいならこの奇跡を終わらせる方が有益だ。
「実稜、きみはどうしたい?」
再度 尋ねる。
自分の中の兄像のまま成長を止めていると知った今、考えを変えるかもしれない。
実稜は考えるように視線を下にむけると、ゆっくり胸の内を整理するかのように語り出す。
「確かに、おれの記憶の中の兄さんは子供のままだし、子供の姿のままでいるのも正直嫌じゃない
でも、だからって子供のままでいると今生きてる兄さんから大きく離れていってしまうよね」
「……そうか」
色々言いたいことはある。
あるけど、さっき出会ったばかりの人間が何を言ったところで何も変えられない。
何も変えられなかったけど、自分で解決してしまった。
「(それを知っていたんだ、滝さんは)」
だから経験不足の僕に任せた。
これは実稜本人が考えの方向を少し変えるだけでなくなる症状だ。
「あとで滝さんから詳しく聞くと思うけど、今日からここで暮らしてもらうことになる」
「急だな、でも母さんが許すかどうか」
「許すと思うよ、そういう交渉滝さん上手いし」
こうなったきっかけの一因である母親の元より環境を変えた方が変化を受け入れやすいだろう。
今後の指標は定まった。
おおかたこちらの問題は解決したと言えるだろう。
ちょうど流していたお経も止まりかちりとスイッチが押し上がる音に気を逸らした その時
「どこだここ」
瞬きの間に世界が一変した。
漆黒と呼べるほど暗い何もない空間に気づけば一人でいた。
この場に実稜がいれば何かしら反応していただろう。
それがないということは僕の意識だけを呼び出したのか。
そんなことができるのは……
── リーン…
長い鈴の音が聞こえた。
この時点でこの事象を引き起こしたのが心霊でも妖怪の類でないことが確定した。
まぶたをぎゅっと閉じる。
うっかり姿を見て縁を結んでしまうことは避けなければならない。