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5.クリティカルヒットなスクリーム

 羽歌菜はもう、明日から登校が解禁される。

 朝から晩まで家の中に閉じ込められるのは、流石に飽きてきた。

 熱が下がった直後は合法的に学校をサボることが出来るなどと笑っていたが、それが更にもう一日、二日と延びてくると全くやることが無さ過ぎて暇を持て余した。

 そして余りにも暇で暇で仕方が無かったから、しばらく手控えていたTRPGのオンラインセッションにも参加してみた。

 いつもは週末の深夜などにログインすることが多かった為か、平日の夕方などに顔を出した時には、常連のセッション仲間達から色々と変な反応が返ってきた。


「ワカちゃん、こんな時間に大丈夫?」

「あー、イイですイイです。どうせインフルで自宅待機なんでー」


 ボイスセッションでの参加だったが、喉の痛みは完璧に消えていた為、苦も無くマイクに声を入れることが出来た。


「ワカちゃん、やっぱ若いねぇ。おじさん達だったら絶対、今もヒィヒィいって寝込んでるよ」

「またまたー、皆さんあたしより元気じゃないですかー」


 羽歌菜はしかし、今回はビデオ通話でなくて良かったと内心でほっとしていた。

 一応形の上ではまだ病人扱いな訳だから、流石に顔見世用にとメイクして顔面を作る訳にはいかなかった。


「でもまぁ、ホントに回復したらまた顔見せてね。おじさん達、若いJKの元気な顔見たら俄然、やる気出ちゃうから」

「そんな上手いこといったって、何も出ませんよー」


 こうやってイジってくれるのが、羽歌菜は楽しかった。

 学校では何故か、ここまで気安くイジってくれる友人が少ない。思ったことをバシバシいってくれるのは精々初美ぐらいで、それ以外の友達は少し遠慮している感じがしなくもなかった。


「あ、そうそう、こないだね、新しいダイス買ったんですよぉ」


 そんな他愛も無いお喋りを間に挟みつつ、いよいよマスターに依るシナリオ説明が始まった。

 TRPGは近年、オンラインセッションの普及が急速に広まっている。

 ネット環境、通話環境の整備が著しい進化を遂げたからというのが最大の要因であろうが、プレイヤーの裾野が広がってきているのも大きく寄与しているだろう。

 羽歌菜は小学生の頃からTRPGを楽しんでいた層だから余り深くは考えていなかったが、常連のセッション仲間曰く、プレイヤーの顔ぶれがかなり多岐に亘って広がっている実感があるとの話だった。

 いわれてみれば、ボードゲームカフェの普及などもプレイヤー層の広がりに関わっているかも知れない。

 羽歌菜の読モ仲間からも、最近ボードゲームにハマったという声がちらほら聞ける様になっていた。


「そういえばワカちゃん、明日から学校に復帰出来るんだって?」

「そうなんですよー。だからちょっと、気合入りまくってます」


 嬉しそうに笑う羽歌菜に、マスター担当の常連がおめでとうと絵文字付きで返してくれた。


「じゃあ今日のダンジョンはちょっと色々、奮発しちゃおっかな」

「わーい、太っ腹ー!」


 そんなこんなで、この日のオンラインセッションも楽しく過ごすことが出来た。

 今回のシナリオではシーフが大活躍する場面が多く、その分ダイスも頻繁にロールされた。

 と、ここで羽歌菜ふと、先日大切なアクセサリーを守ってくれた謎の若者の、あの素晴らしくアクロバティックな動きを思い出した。


(あれって、シーフとかスカウトのアクロバットの参考になるかな……)


 TRPGは或る意味、プレイヤーの想像力が試されるゲームでもある。

 あの時に見せて貰った素晴らしい身のこなしを再度目にすることが出来たら、新しい境地が開けるかも知れない。

 羽歌菜は若干脳筋なところがあるから、たまにはシーフの様な動きのあるクラスもやってみたいと思っていたところだった。


◆ ◇ ◆


 そして、翌日。

 羽歌菜は初美と揃って朝の教室へと顔を出した。


「おーっはよー、皆の衆~。久しぶりー」


 その明るい声に、真っ先にクラスメイト男子らが反応した。


「おー、夢咲じゃん、おはよー。もう大丈夫かー?」

「元気そーじゃん。早速快気祝いのカラオケに行けんじゃねーの?」


 そこかしこから飛んでくる声に、羽歌菜は素直に嬉しさを感じた。こうやって色々な反応が返ってくると、学校に戻ってきた実感が湧いてくるというものだ。


「そいやぁさぁ、噂の帰国子女クンはどこの席ー?」


 初美が自席に腰を落ち着けたところで、隣の席の男子に訊いた。尋ねられたその男子は、窓際の列の最後尾を微妙な表情で指差した。


「あいつさぁ、どう見てもぼっち臭ぇしさ、放っておいてもイんじゃね?」


 幾分侮蔑の色を含んだ声ではあったが、しかしろくに言葉も交わしていないうちに一方的に決めつけるのも如何なものかと思った羽歌菜は、ミニスカートから伸びるすらりとした白い脚を若干急ぎ気味に動かして、初美よりも先にその帰国子女席へと歩いていった。

 その帰国子女は、男子だった。彼は机に頭だけで寝そべる様な格好で窓の方向に顔を向けていた。


「あの、えっと……はじめまして、かな。あたし、インフルで休んじゃってたから、まだ自己紹介出来てなかったと思うんだけど……夢咲羽歌菜っていうの。宜しくね」


 羽歌菜の声に応じて、その初対面男子はのっそり顔を上げ、羽歌菜の美貌を茫漠とした表情で見上げた。

 ところがその瞬間、羽歌菜は笑顔のままその場に凍り付いてしまった。

 あの時の青年だった。

 間違い無い――この目の前の青年こそが、羽歌菜の大切な宝物を救ってくれた、あのアクロバティックなヒーローだった。

 羽歌菜があれだけ散々、他所のクラスを探し回っても遂に見つけることが出来なかった、あの彼だった。


「あ……あ……あ、ああああ……あーーーーーーーー!」


 その時の羽歌菜の絶叫は、隣の教室にまで響いていたという。

 それ程に彼女の驚きと、そして心の底から湧き起こってきた喜びは、爆発的だった。

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