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4.パーティー合流にはまだ早い

 二週間に亘る個別オリエンテーションを終えた禅吉は、三週間目になって漸く自身の居場所である二年B組の教室へと足を運んだ。

 直前に職員室へと足を運んで、自席の位置を担任教諭から聞き出しておいた。どうやら窓際の一番後ろの席ということらしい。

 クラスメイトに対しては、帰国子女が二週間遅れでクラスに加わる旨が通達されているとのことで、この日の午後のホームルームで改めて自己紹介の場が設けられるとの由。

 尤も、この日は何人かが季節外れのインフルエンザに罹って欠席しているとのことで、今日だけでは全員への自己紹介を果たすことは出来ないだろう。

 それでも別段、問題は無かった。どうせ二週間も遅れての合流なのだ。今更もう何日か顔と名前の認知が遅れたところで、大差は無いだろう。

 そうして午前から午後にかけての授業をこなし、最後の六時限目のホームルームで改めて自己紹介を述べた禅吉。

 この時、返ってきた反応がこれまたいずれも微妙なものばかりであった。


「えー、あいつが帰国子女か……何かもっと、すげー奴を想像してたんだけどなぁ」

「何かフツーだね。もっとフランス人っぽいのが来るかと思ってた」

「てか、めっちゃ地味だな。何か声も小せぇーし、あいつぼっちじゃねぇの」


 などなど、実にいいたい放題だった。

 対する禅吉も、


(うわぁ……怖いなぁ。これが日本の高校生っていう文化かぁ)


 もうこの時点で、余り深く関わり合いにならない方が良いだろうという自己防衛本能が働き始めていた。

 もともと、本当に自分は馴染めるのかと大いに不安を抱いていた禅吉だったが、この日の自己紹介と、それに対するクラス中からの反応でこの先の生活方針が大体決まった様な気がした。


(こんなひと達と、どう接していったら良いんだろなぁ……)


 ただでさえ皆無に近かった自信が、更に奈落の底へと叩き落とされた様な気分だった。

 尚、この日インフルエンザで欠席しているのは女子数名で、仲良しグループ内で一斉に罹患したということらしい。

 その彼女らに対しては、クラス中から心配の声がそこかしこで上がっている。余程に人望があるか、人気のある生徒達なのだろう。


(僕とは全然、扱いが違うな……そりゃそうか)


 自分は完全に出遅れた上に、彼らの期待からは相当に外れだった模様。

 逆にインフルエンザ罹患の欠席者達は、始業式からの二週間、ちゃんとこのクラスに通い、しっかりと人脈を作り上げていたものと思われる。

 そうなれば当然、反応が違うのも無理からぬ話であろう。


(もう良いや。僕は静かに、穏便に、波風立てずに……日本人の奥ゆかしさっていうのかな、これが)


 そんな馬鹿なことを考えながら、放課後を迎えた禅吉は帰り支度を整えた。

 この日は自宅最寄り駅前の柔道場へと立ち寄ることになっていた。

 禅吉の実力はここ二週間程の稽古で大体把握して貰っており、師範や他の弟子達ともそれなりにコミュニケーションが取れる様になっている。

 あとはパルクールのジムだが、こちらは少し難航していた。

 一応見つけるのは見つけたのだが、少しばかり遠い。

 週に一度程度通うだけならそれでも良いのだが、出来れば週三日はトレーニングしたいと思っていただけに、この距離の遠さは若干悩ましい問題として目の前に横たわる様になっていた。


(う~ん……まぁ当分は、近所の公園で練習するかな……)


 日本での生活は、まだ始まったばかりなのだ。

 いきなり焦る必要は無いと、禅吉は自らにいい聞かせた。

 と、その時、煌びやかなショーウィンドに目が行った。アクセサリーの専門店らしい。


(そーいえば、あのお嬢さん、地元のひとかなぁ)


 桜が咲き乱れる河川敷で野ことを、ふと思い出した。

 本当に綺麗なひとだった。モデルか何か、やっているんじゃないかと思う。

 あれ程に美しい顔立ちの女子がクラスに居たりしたら、さぞ華やかな光景になるだろうなと勝手に妄想してしまった。


(……ま、居たところで僕は遠くから眺めてるだけなんだろうけど)


 何とも悲しい現実にブチ当たってしまった。

 帰国子女として自己紹介した時の、クラスメイトらから返ってきた凄まじく微妙な反応を、今更ながらに思い返してみる。

 誰も彼もが、もっと凄い奴を想像していたのだろう。

 あの期待外れ感、コレじゃない感が今もまざまざと蘇ってくる。


(うぅー……やっぱ日本の高校って、怖いとこだった……)


 半分泣きべそをかきたくなる気分で、禅吉は柔道場の玄関を潜っていった。


◆ ◇ ◆


 同時刻。

 羽歌菜は自分と同じくインフルエンザに罹って学校を欠席している初美と、ラインでのビデオ通話に臨んでいた。


「ハツみん、具合どーお?」

「んー、もうダイジョブみたいー」


 ふたりはほぼ同時期に罹患し、同時期に発熱し、同時期に回復へと向かっていた。完璧に同じタイミング、同じ場所でウィルスを貰って来たとしか思えない。

 どこで伝染したのかとあれこれ考えてみたが、ふたりが一緒に居る場所と時間というものが余りにも多過ぎた為、全く絞り込めなかった。


「んまー、今回は間が悪かったってなとこっしょ」


 あっけらかんと笑う初美に、羽歌菜もそぉだねぇと返すしかない。


「あ、てかさ、今日から帰国子女君がうちに合流するんじゃなかったっけ?」

「わー、ホントだー。自己紹介タイム、見逃しちゃったねぇ」


 薄着のパジャマ姿でベッドの上をゴロゴロしながら、羽歌菜は若干悔しそうに頬を膨らませた。


「ま、どーせ今週末には会えるっしょ」

「それはそーなんだけど、なーんか出遅れた感ハンパなくない?」


 インフルエンザでの欠席なのだから仕方ないといえば仕方が無いのだろうが、何となく不公平の様な気がしてならなかった。


「イイじゃん別に……他の子らにさ、どんなんだったか先に感想聞いとこうよ」


 その初美の提案で、IDを知っているクラスメイトの何人かに早速、ホームルームでの印象を訊いてみたのだが、返ってくるのはいずれも、


「地味」

「期待外れ」

「多分あれぼっち」


 など散々な反応ばかりだった。


「何か、ちょっと心配になってきたね」


 初美も流石に、顔が引きつっていた。

 しかし逆に羽歌菜は興味が湧いた。そこまで皆の期待をことごとく裏切ってしまうとは、一体どんな子なのだろうかと変な方向に気持ちが高ぶってしまったのである。


(ま……楽しみは週末まで、取っておこっかな)


 羽歌菜は早々に頭を切り替えて、別の話題を振ることにした。

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