恋人たちはお菓子よりも甘いのです
このお話は番外編です。本編読了後にお楽しみくださいませ!!
今回は物語が始まる少し前のお話からスタートします。最後までよろしくお願いいたします!!
セレスはお菓子を作っていた。イーリスの泉で先日出会った青年フレドと今日の午後、同じ場所でお茶を飲む約束をしたからである。
(お菓子を作るのが得意とか格好つけて言ってしまった手前、変な物を持っていくわけには行かないわ。男の人って甘いものが苦手という人が多いから、甘さ控えめで、食感のいいものにしようと思って、これにしたけど・・・、大丈夫かしら)
手元のタルト生地を見詰めながら、セレスは不安になって来る。
しかし、手は休めない。彼女は生地を型にのせ、縁の形状に合わせて指で生地を馴染ませていく。次にフォークで生地へ穴を開ける。ここまで終えたら、(型に入れたまま)生地は少し休ませておく。――――その間にアーモンドクリームの材料を混ぜ、洋ナシを適当な厚さにスライスした。後はアーモンドクリームを(型に入っている)生地の上へ流し入れて、洋ナシをきれいにトッピングしてから、オーブンで焼くだけだ。
(ふぅ、ここまで来ればもう大丈夫ね。焼いている間に持っていくものを用意しよう)
セレスはパタパタと走って回り、バスケットへ必要なものを入れていった。
―――――――
昼下がり、セレスとフレドはイーリスの泉で落ち合った。
「あのね、よく考えたらお友達とこういう風にお茶を飲むのは初めてなの。だから張りきっちゃった!!」
「―――――これ、セレスが作ったのか?」
フレドはキレイにスライスされた洋ナシが並んでいるタルトをじーっと眺める。彼はタルトの出来栄えに驚いていた。皇宮のパティシエが作るものと何ら変わりないくらい高いレベルに見える。
「そう、数少ない趣味の一つがお菓子作りなのよ」
彼女はどや顔で言う。フレドは彼女のドヤ顔が余りにも可愛くて、内心ドキッとした。
「――――数少ないというなら、他の趣味は?」
「うーん、聞きたい?」
そこまで言い掛けたところでセレスは固まる。言って良い事と悪いことを考えてから口に出さないと、フレドにセレスの正体を知られてしまう危険性があるからだ。
(趣味、好きなこと・・・・。神聖力を使って勝手に持病を探るとか、ポーカーフェイスで相手の調子に合わせて、隠れている本性を探るとか、こういう余計なことは言わない方が良いよね・・・。後は・・・、お裁縫は得意だわ。お洋服を補修したり、ベッドカバーやカーテンを縫ったりするから、あとはお掃除が得意・・・。んんん?これって得意なだけで趣味じゃないわ。お裁縫もお掃除も必要に駆られて仕方なくしているだけだもの。―――――そう考えたら、私が趣味って言えるようなものは何も無くない???)
「答えたくないのなら、別に無理に答えなくてもいい」
「うううん、答えたくない訳ではなくて、よくよく考えたら私、趣味って言えるようなものはお菓子作り以外、何も無いなぁと自覚してしまったの」
「――――そうか」
「そうそう」
セレスは相槌を打つ。手元では切り分けたタルトをお皿代わりのワックスペーパーへ並べる。
「そういうフレドはどんな趣味があるの?」
「俺は・・・、―――――――」
彼は無意識にこめかみを押さえて考え込む。
(あら、フレドも大分悩んでいるわね。私達って似たもの同士なのかも・・・)
セレスが親近感を感じている間、フレドは必死に考えていた。農場で働く男の趣味とは何なのだろうかと。彼もまた身元を偽っているので、気軽に真実を話すわけには行かないのである。
「―――――――、狩り?」
「狩り?って何故、疑問形なの?ウフフフッ、遠慮がちに言うのね。大丈夫よ、狩りって聞いても、別に私はキャーッて驚いたりしないわ。それで武器は何を使うの?弓、槍?」
(ああ、フレドは立派な趣味があるのね。私とは全然違ったわ・・・)
フレドは大剣を振り回すと言い掛けて止めた。大剣を使用する狩りは獣の血を大量に浴びる。流石に女性の前でする話題として不適切だと彼でも分かった。
「や、槍・・・」
「ふうん。槍って重くないの?」
彼女はフレドの上腕を見詰めながら質問する。
(ああ、良く見たら腕も肩もガッチリとしていて頑丈だわ。なるほど、槍の使い手になるにはこれくらい筋肉が無いと難しいのね。私なんて神聖力に頼りっきりだから、筋肉なんて全く・・・)
「重いと思うような槍は持たない。振り回せなかったら、敵に負ける」
「そうね。正論だわ。持つだけで精いっぱいじゃダメよね」
フレドは大きく頷きながら、セレスが手渡したタルトを一口食べた。まだほのかに温かい。口に入れるとアーモンドの香りがふんわりとして、バターの芳醇な香りと味が後から追ってくる。上にのっている洋ナシの甘さも程良い。
「―――――、美味しい!セレス、これ美味しい!!」
「甘くない?」
「いや、丁度いいと思う。ありがとう」
彼は礼を告げると手に持っていたタルトを一気に頬張った。
――――――
「実はあの時が人生で初めて毒見をしていないものを食べた瞬間だった。だからセレスの作った洋ナシのタルトの味は一生忘れない。物凄く美味しかった」
現在、フレドとセレスは皇宮の中庭でティータイムを楽しんでいる。
テーブルの上に並べられているお菓子は皇宮のシェフが作ったものだ。その中に洋ナシのタルトがあったので、フレドは懐かしくなってあの時、セレスには言えなかった裏話をしたのである。しかし、彼女が気になったのはフレドの想いとは少し違うところで・・・。
「毒見って、あの良く宮廷物語で出てくるような毒見よね?」
セレスは何故か目をランランと輝かせている。
(凄いわ。毒見役がいるということよね。ここは物語の中ではなくて、本当の皇宮、高貴な御方がお住まいになられているところなのだわ・・・、フレドが普通過ぎて忘れそうになってしまうけども・・・)
「今も誰かがフレドの食事を毒見しているの?」
「ああ、当然している。セレスが作ったもの以外は全て・・・」
「それ、気を付けないと私が作ったと偽られたら危険じゃない?」
「いや、セレスと一緒の時だけしか毒見なしに口へ食べ物を入れることはしないと決めている。だから心配しなくていい。それに俺が毒に侵されても、セレスなら簡単に治せるだろう?」
フレドはセレスの燃えるように赤い瞳を覗き込む。
「ええ、解毒は得意だから任せて!!ああああ、フレド、また目の下にクマが出来ているわよ!!」
彼女はスクッと立ち上がり、向かい側に座っているフレドへ勢いよく抱きつくと一気に神聖力を流し込んだ。
フレドは彼女の行動に驚きつつも、身体の中から力が漲っていく心地よい感覚に意識を持っていかれる。
だから、中庭でこの国の皇帝陛下が婚約者と熱く抱き合っている姿を大勢の使用人や通りかかった貴族の目に晒しているということに全く気が付いていなかった。
「セレス・・・」
「ん?フレド、元気が出て来た?」
彼は顔を上げてセレスを見る。セレスは視線が合うとにっこりと微笑んだ。フレドは中腰で立っていたセレスの腰に腕を回し、自分の膝の上へ抱え上げた。
(うわっ!?フレド!!急にビックリしたー!!だけど、ここは中庭で・・・、ええええっ!?)
フレドは慌てるセレスのくちびるを奪う。
その瞬間、ザワザワと背後が騒めいたのだがフレドの耳には届かない。また一瞬前まで、周りを気にしていたセレスもフレドから情熱的な口づけを受けて、彼のことしか見えなくなってしまった。
―――――――偶然、執務室の窓から上司の私生活を見てしまったミュゼが、「あー、何てことだ!?」と頭を抱え、野次馬を追い払うため側近全員で奔走したというのはまた別のお話である。
ミュゼたちが奔走したことにフレドたちが気付くまで、まだまだ時間がかかりそうです。
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