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偽史

しかしレオンは、それが捏造であると言った。

ウルフを貶めるための、現朝廷の正当性を印象付けるための作り話だと一蹴した。

「当然だろう」

シェルティは即座に反論した。

「これが作り話だということは、誰でも知っている。教訓のための創作。ウルフは悪の代名詞。歴史物語だけではなく、戯曲にだってその名はよく使われるだろう。悪人を端的に表すのに使われている名だ。実在する一族ではない」

「おれを前にしてよくそんなことがいえるな」

「史実にウルフという一族の名はない」

「史実はてめえらがつくったもんだろ。てめえらの都合が悪いように書くわけねえ」

「ラサは公平だ」

「公平に扱えないやつを切り捨ててるだけだろ」

「被害妄想だ」

「じゃあおれのこのなりはなんだ」

レオンは静かな、けれど怒気のこもった声で言った。

「こんな肌の奴が、こんな髪のやつが、ほかにいるか?」

それを聞いて、カイは目を瞬かせる。

令和の日本を生きていたカイにとって、レオンの褐色の肌色は、珍しいものでもなんでもなかった。

しかしエレヴァンしか、肌の色が薄い人間しか知らないラウラとシェルティにとって、レオンのいで立ちは、それこそおとぎ話に出てくる悪人だった。

人ならざるもの、怪物だった。

たて穴で一目見たときから、ラウラはレオンの容姿に驚嘆し、幼い頃からの刷り込みによる、怖れを抱いていた。

シェルティとてそれは同じはずだったが、彼は怯むことなくレオンに食い掛った。

「探せばどこかにいるだろう。それに貴方の容姿が物語のウルフと同じだからといって、貴方がウルフという証拠にはならない」

「まるめこもうとしてんじゃねえよ。逆を考えろ。なぜ物語の悪役とおれは同じ容姿をしている?」

レオンの発言に、ラウラははっとする。

ラウラはウルフが実在するとは思っていなかった。

シェルティの言う通り、鬼や妖と同じような、空想上の怪物として、悪の代名詞として認識していた。

だからこそ、エレヴァンにウルフという名を持つ者はいない。

ウルフの特徴とされる、褐色の肌、象牙の髪を持つ者は、あってはならない。

なぜならば、公平と平等を信条とする朝廷が、それを許すはずはないからだ。

差別を生まないよう、誰も当てはまるはずのない特徴を、ウルフは持っていなくてはならない。

しかし目の前のレオンは、自身をウルフと名乗った。

その容姿も、ケタリングを操るという特技さえ、物語で描かれるウルフそのものだった。

「どこまでが、本当のことなんですか……?」

ラウラはぽつりと、呟いた。

「あなたは、本当に、ウルフなんですか?」

ラウラはまだ確信を持てなかった。

彼女は朝廷を信じていた。

ラサに後ろ暗いことなどあるはずがないと、信じたいと、思っていた。

「何度も言わせるな。おれは、ウルフだ」

「じゃあ――――」

「騙されちゃいけない」

すかさず、シェルティが横やりを入れる。

「彼の話に耳を貸すな」

「そいつの話にこそ耳を貸すべきじゃねえ」

レオンは嗤った。

「なにを誤魔化そうとしてんのかと思えば、その二人にてめえの一族の恥部を晒したくねえのか。はっ!つくづく愚かだな。何百年も虚勢を張り続けたせいで、子孫はでまかせと嘘しかいえなくなっちまったのか?」

シェルティはレオンの挑発を黙殺し、カイに耳打ちした。

「潮時だ。逃げよう」

しかしカイは応じなかった。

「カイ?」

「もう少し、話を聞こう」

「だめだ。彼は――――」

「シェルティ」

カイは首を振った。

「カイ、お願いだ」

シェルティはカイの腕を引こうとするが、レオンがそれを制する。

「立場がわかってねえみたいだな」

レオンは肩に背負った網袋から掌ほどの硝子玉を取り出し、霊力を込めた。

硝子玉は光を放つ。

斜面に張りついていたケタリングが、それを見て瞳孔を開く。

「言えよ、ラサ」

レオンはシェルティに命令する。

「てめえの口で、そいつらの前で、ウルフがなんなのか、てめえらがウルフになにをしたのか、言ってみろ」

「……」

シェルティは逡巡したが、やがて深く息を吸い、言葉を選びながら、途切れ途切れに、言った。

「――――そうしなければ、ならなかったからだ。――――史実に、ウルフを、残していないのは、ウルフ族を葬りたかったからではなく、ケタリングを使役することができるという事実を消し去るためだ。――――それが人びとにとってどれだけの脅威になるかは、明白だから」

今度のシェルティの言葉に、嘘はなかった。


ケタリングは災嵐に次ぐ人類の脅威だった。

その生息域は外界であり、日常的に人と相対することはない。

しかし稀に人里に降りてくる、はぐれの一頭を駆除するためだけでも、数十名の熟達した技師が必要だった。

おまけにはぐれ一頭は大抵、なんらかの理由ですでに衰弱した個体だった。

攻撃性は低く、人に危害を加えられて初めて抵抗を見せる。

放っておいても人を襲うようなことはない。

ただ、彼らは巨体だった。

羽ばたきひとつ、着地一つで甚大な被害を及ぼす。

村落の上空を通過すれば突風が起こる。

翼や尾が触れれば、田畑も民家も紙のように飛ばされる。

衰弱すると飛行能力が低下するようで、欄環を超えることができないのか、追い払っても盆地、エレヴァンの中から出ようとしない。

ケタリングはエレヴァンに降り立ったが最後、駆除するほか道はなかった。

しかし衰弱した個体であれば、駆除は比較的容易だった。

専用の捕縛霊術をしかけ、そこに誘い込み、捕えた後で解体してしまえばいい。

罠にさえかかれば、あとはどうということもないのだ。

では万全な状態の、明確な敵意をもったケタリングに対抗する術はあるのか。

ない。

それがラサの出した答えだった。

だからこそラサの一族は、災嵐によって滅びたウルフ族諸共、『ケタリングは使役することができる』という事実を後世に残さなかった。

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