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やらかした

(――――やったな)

(たぶん、やったよな、おれ)

(絶対やらかしただろ!記憶のない三年間のおれよ!)

カイは今すぐ自身を平手打ちしたかったが、アフィーに両手をつかまれたままなので叶わず、代わりに心中で怒鳴った。

(過去のおれのバカやろう!)

(この人絶対おれのこと女だと思ってるよね!?)

(おれ絶対中身が男だと言わずにこの世界で過ごしていただろ!?)

(じゃなきゃこんな美人が、例え外見が美少女だとしても、中身冴えないオタク野郎に告白なんてするわけない!!)

カイは天を仰ぐ。

(やったな、まじで、おれ……)

(そうに違いない……それならあのイケメンの対応にも納得がいく……)

(オンラインゲームでネカマやってたことあったからなあ)

(女の子としてちやほやされんの結構たのしかったからなあ)

(自分のことだからよくわかるぜ)

(美少女受肉だーって浮かれて、美少女のふりしてかわい子ぶって……後に引けなくなったんだろうなあ)

(……)

(だからって!リアルでやったらヤバイだろ!)

(ばかか!!!)

(マジでなにしてくれちゃってんの過去のおれ!?)

(美少女の身体になったからって浮かれて美男美女をはべらしたってことだよな!?)

いやまてよ、とカイはそこで頭を捻る。

(例え美少女の身体を手にしたとて、おれにそんなたらしスキルないよな)

(こっちにきてから培った?)

(うーん?)

(いったいこの二人とおれって……?)

カイは直接問い正したかったが、なにもわからない現状で藪をつつくような真似はできなかった。

(とにかく今中身が男だとバレたらかなりやばいということだけはわかる……)

背中の痛みが蘇り、カイは血の気が引く。

(下手したら、殺されるかも――――)

慄くカイの上を、突然大きな影が横切った。

「ドッ……」

天を仰いだカイは、自分の上を横切っていった、この世界ではケタリングと呼ばれる生き物を見て、目を瞠った。

「ドラゴン!?」

ケタリングは全長十メートル、翼開長は三十メートルを超す巨大な生物だった。

身体はヨロイトカゲのようで、全身をトゲ状のウロコが覆っている。さらにウロコは寒冷地の海獣にあるような短い体毛に覆われている。

体毛は白く、頭から長い尾の先まで隙間なく生えている。

そしてその背には、屈強な体躯の男が跨っていた。

(ドラゴン!!!)

鳥と獣と爬虫類を掛け合わせたようなその生物を前に、カイはまた我を忘れて興奮に目を光らせる。

(かっけー!すげえ!まさに異世界!ファンタジー!)

目を輝かせるカイとは対照的に、アフィーは表情を曇らせる。

「……っち」

その舌打ちを聞いて、カイは肩を震わせる。

(えっ)

(なに?このひと舌打ちした?)

(……これさっきもあったよな。既視感が……嫌な予感が!)

カイがそう思ったとたん、一度は通り過ぎたケタリングが、旋回して戻ってくる。

カイを目がけて、まっすぐに。

「っ!」

アフィーはカイを抱きかかえて跳び上がる。

壁となってシェルティを踊り場に留めていたオーガンジーが、跳んだアフィーの足元に滑り込む。

アフィーはオーガンジーに霊力をこめ、建物の入り口に向かって走らせる。しかしオーガンジーに勢いが乗る前に、踊り場から瞬きのはやさで駆けてきたシェルティがアフィーの足首をつかんだ。

「……触るな」

「そっちこそ、カイにベタベタするな」

シェルティは手にした短剣でオーガンジーを切り裂いた。

アフィーはオーガンジーが崩れる前にすぐさま飛び降りる。

地面から一メートル弱浮いていたが、着地は軽やかで音もなく、その腕に抱かれたカイに衝撃が与えられることもなかった。

切り裂かれたオーガンジーはすぐにもとの形状に戻る。

アフィーは再びシェルティと自分の間に壁を作ろうとするが、シェルティはカイの腕をつかみ、それを阻む。

「触るなといった」

アフィーは無表情のまま、怒気を含んだ声で言った。

「頭が悪いな。もう一度言おうか?そっちの方が触りすぎだ」

シェルティの口元は笑っている。しかし前髪から覗く色素の薄い目は、瞳孔が開ききっている。

(なになになになに!?)

カイは二人の間に挟まれて、もみくちゃにされる。

(こえーよ、二人とも!まじでなに!?なにがしたいの!?)

カイを置き去りに、アフィーとシェルティは鋭く睨み合う。

「カイは起きたばかりなんだ。無理をさせないでくれ」

「無理なんてさせてない」

「どの口が言う。ぼくの手から無理やり奪っておいて」

「わたしのほうがうまく抱ける」

「はっ!笑わせるな。ぼくとお前とじゃ経験に差がありすぎる!」

「関係ない。わたしには真心がある」

「いつの間にそんな冗談が言えるようになったんだ?真心?下心の間違いだろう。起き抜けの身体をべたべた触って、おまけに抱きしめるなんて、覚えたてのガキじゃないんだから、すこしは自重しなよ。恥を知れ」

「……カイの前で、下品なこと、言うな」

「そっちが品のない振る舞いを慎むのが先だ。まずカイをこっちによこせ。お前のバカ力のせいでさっきからカイは苦しそうだ」

「そんなことない」

「気づいてないならなお悪い。さあ、カイ、こちらに!」

シェルティはアフィーの腕からカイを奪おうとするが、アフィーは抵抗し、カイを抱く腕に力をこめる。

(やめてふたりとも!おれのために争わないで!)

(……ってやつですかねこれ)

(おれを巡っての修羅場ですかね?これ)

(はははは)

(勘弁してくれ……身体が千切れる!)

カイは引き攣った笑顔を浮かべながら痛みを訴える。

「あの……いて、いてて、ちょっと……痛いんですけど……!」

二人は慌てて力を緩める。

「ぼくとしたことが……すまない」

「カイ……ごめんなさい」

二人は同時にカイに謝った。そしてすぐまた睨み合った。

「かぶせるな」

「そっちがかぶせてきたんだろう。……ああ、本当にすまない、カイ。ぼくとしたことが、この野蛮な女につられて、つい愚かな振る舞いをしてしまった」

「野蛮はそっちだ。女狐」

「ぼくは男だ」

シェルティは嘲り笑う。

「罵り言葉にも知恵がいるらしい。バカは人に恥をかかそうとして恥をかく。なるほど勉強になるよ。お前から学ぶことがあるなんて驚きだよ」

「間違えていない。振る舞いは、女狐」

「……根暗は蔑称の付け方まで陰湿なんだね」

「根暗も、そっち」

カイの介入でわずかに緩んだ空気が、再び熱を持つ。

(ゴングを鳴らすな!試合終了してくれ!)

(せめておれを間に置かないでくれ!)

(ちくしょう、美人がおれを取りあうってシチュエーション的には最高なはずなのにちっとも嬉しくないのはなんでだ!)

(当たり前か!)

(ひとり男だし!いますぐ殺し合いでも始めそうだし!ただの地獄の修羅場でしかないからな!?)

(おれなんもしてないのに!!いや過去のおれがやらかしたせいなんだろうけど!!でもいまのおれはなんも知らないんだ!!だから……)

(頼む、誰か、たすけてくれー!!!)

「おい」

カイの嘆願に応えるように、いつの間にか現れた大柄な男が、カイを二人の間から引っ張り上げた。

浅黒い肌に、獣のような象牙色の髪。眼光は鋭いが美しい朝焼け色をしている。身にまとう衣装はアフィーとシェルティと色も形も異なるが、同じ様式で、胡服を連想させる。

男はそれを大きく着崩し、胸元や前腕の筋肉を惜しみなく晒している。

高い上背としなやかに伸びる四肢。殺気だった雰囲気。男はまるで野生の猛獣だった。

小さなカイと並ぶと、虎と兎のようだった。

右腕一本で軽々とカイを持ち上げた男は、カイの全身をじろじろと遠慮なく凝視する。

シェルティは男の殺気に少しも怯まず声を荒げる。

「降ろせ!お前たちはどうしてそう手荒いんだ」

男は一瞥もくれずシェルティを無視し、ため息をつく。

「起きたか」

先ほど旋回していたケタリングがいつの間にか階段の下に着地している。

カイは男とケタリングを交互に見る。

男は先ほどケタリングに跨っていた人間だった。

「おれがわかるか?」

男は射貫くような鋭い眼差しでカイに問いかける。全く見覚えのないカイは、黙って首を振る。

「……ならいい。今日はもう休め」

男は荷を背負うように肩にカイを担ぎ上げる。

シェルティとアフィーがすかさず非難の声をあげる。

「だから手荒く扱うなといってるだろ。貸せ、カイはぼくが運ぶ」

「ふたりともこれ以上触るな。わたしが運ぶ」

男は大声で怒鳴る。

「うるせえ!寄るな!」

怒鳴り声とともに、男の周囲に閃光が走る。階下で羽を休めていたケタリングは、光を見た途端再び羽を広げ、軽い助走をつけて飛び上がる。そしてシェルティとアフィーに襲い掛かる。

「ここでやつを暴れさせるな!カイのための堂だぞ!」

シェルティは身構えながら声を荒げるが、男は意に介さず、鼻を鳴らして怒鳴り返す。

「暴れてたのはてめえらだろうが!安心しろ、そいつは器用だ。ちゃんとお前ら二人だけに狙いを定められる」

アフィーはオーガンジーを男に向かって放つ。

しかし男にオーガンジーが届く前に、滑空してきたケタリングが翼を強くはためかせ、突風を起こす。オーガンジーはまたたく間に吹き飛ばされる。

シェルティとアフィーも同じように飛ばされ、建物の壁に激突する。

男とカイも風にあおられるが、男はむしろ風の勢いを利用して大きく跳躍し、わずか一歩で建物の内部、長い廊下の中腹までたどり着き、悠々と歩き出す。

「この……ケダモノが!」

「カイに手を出したら殺す!」

外からシェルティとアフィーの声が響くが、男は一顧だにせず、カイをもといた礼拝堂に運び入れた。

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