四重奏・桃源郷
シェルティがつま弾いたのは、木製のチャランゴのような弦楽器だった。
五つの弦からなる南米ギターによく似た楽器を、シェルティは軽く調整し、かき鳴らす。
「え、おれが歌うの!?」
曲は、カイのもといた世界のものだった。
「そんでおれのめっちゃ好きな曲じゃん!なんで知ってんの!?」
シェルティは前奏を繰り返しながら答える。
「そっちの世界の流行歌だろう?きみが教えてくれたんだ――――さあ、歌って!」
カイは戸惑いながらも歌い出す。
(うわ、おれ、声たっか!)
勢いで始めたが、慣れない音域の地声に、カイはたじろぐ。
音程は合わず、リズムに乗れず、緊張で声は震えていた。
「お前音痴になったな」
間奏にはいると、レオンが野次を飛ばした。
カイは顔を赤くして、レオンの頭を叩く。
「調子出てないだけだから!」
「……ふ」
レオンはカイの額を小突き返すと、帯に下げた装具を外し、口をつけた。
かすれた笛の音が、舞い上がる。
レオンが腰帯に下げていた装具は、長さの異なる葦を組み合わせて作られた管楽器だった。
試し吹きもしないまま、ごく自然に、レオンはシェルティの演奏に加わった。
「レオンもこの曲知ってんの?!」
「お前がしょっちゅう歌ってたからな」
レオンはそれだけ言うとすぐ演奏に戻った。
はっきりとした存在感のある笛の音は、カイの歌を導くように、主旋律を走る。
(さっきより歌いやすい!)
調子のついたカイは、次第に声を大きくしていく。
アフィーはしばらく三人の演奏を眺めていたが、ふいに立ち上がり、盤双六の駒を靴の踵に張りつけ、霊力で固定した。
それは即席のタップシューズだった。
アフィーは踵で地面をたたき、踊り始める。
カイの歌うフォークソングには不釣合いな身振りの激しい踊りだったが、踵の打音は曲にぴったりと合っていた。
(楽しい!)
カイは心の底からそう思った。
歌と重なり、共鳴するように響くレオンの音色。
全体を支え、ひとつにまとめるシェルティの奏で。
跳ねまわるような打音で曲に厚みと刺激を生むアフィーの踊り。
そして、三人を引っ張っているようにも、三人に引っ張られているようにも聞こえる、感情のこもったカイの歌。
決して優れた演奏ではなかった。しかし完ぺきな演奏だった。
不足しているものはなにもなく、また他のなにかが入り込む余地もなかった。
演奏と同じように、四人の気持ちもまた、ひとつとなった。
満たされていた。
この上なく、幸福だった。
(なんか、めちゃくちゃ楽しいのに、泣きそうだ)
カイは、まるで長きに渡る悲願が叶ったような、たまらない気持ちになった。
(終わってほしくないな)
(おれはこの身体を返さなきゃいけない。それはわかってる。忘れてない。……でも)
(でも、いつまでも続いてほしい)
(曲が終わらなければいい、ずっと)
(ずっと、このままでいたい)
切実に、カイは思った。
四人はその晩、歌い続けた。
休むことなく、ひとつ曲が終わればまた次を、音を途切れさすことなく続けた。
今この瞬間が永遠に続くことを、強く、強く、願いながら。