終わらなかった二人
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かくして、四人は朝廷の庇護下に入った。
カイはノヴァとして治療を続け、シェルティ、アフィー、レオンの三人にはそれぞれカイの補佐や護衛の役職が与えられることとなった。
異界人に与していたのは彼に心酔していたからではなく、彼の動向を探るためだった。
サミーたちは事情を知らない人びとにそう説明した。
シェルティは先帝マルキーシェの命を受け、行動していた。
異界人の懐に潜り込み、なにがあってもそばを離れず、諜報に務めること。
その任を、シェルティは忠実に遂行していただけだった。
そこに一切の私心はなかった。シェルティは自らの意志ではなく、皇帝からの指示で今日まで異界人に与していた。
サミーたちはこれを、皇帝のノヴァの宣言だとして流布した。
さらにもうひとつ、サミーたちは民衆を納得させるために、偽の経緯まで、細かく伝え広めた。
異界人がラウラ・カナリアの身体に移り、生き延びていたこと。渓谷の戦いで、今度こそ確実に葬られたことを。
その大部分は真実だったが、しかし最も肝心なところでは嘘がつかれていた。
サミーたちは自分たちが描いた未来のため、過去を、歴史を改ざんした。
自分たちの都合のいいように、真実を捻じ曲げ、脚色した。
彼らはラサに依存する社会構造を脱却しなければならないと思う一方で、当面はラサの政治的手法は踏襲しなければならないとも考えていた。
彼らはまだ若く、未熟だった。
ラサ族が千年かけて生み出した統治法に代わるものを、彼らはまだ見つけていない。
そのため、彼らはラサ族に倣った。
後世に禍根を残さないために、異界人を悪に、ノヴァを絶対の正義に仕立て上げた。
復讐などという無益な争いの火種を完全に消し去るために、カイたちとの衝突を避けるために、彼らは事実とは異なる顛末を流布した。
カイが生き延びていたことも、ラウラの身体に入っていたことも、ノヴァは知っていた。
しかし異界人の力は強大で、まともにやり合えば大きな被害が出る。
そのためノヴァは戦うことではなく、平和的な解決を試みていた。
彼に社会の掌握という野望を捨てさせる。心を入れ替えさせ、共に新しい社会を作る。
ノヴァは異界人と共存する道を探していた。
復興途中のエレヴァンにおいて、異界人の力は大きな助けになる。
ノヴァは彼に社会的地位の復活を約束する代わりに、復興事業に手を貸してほしいと持ち掛けた。
多くの褒章、地位と名誉を、朝廷での役職さえも対価にあげたが、しかし異界人は決して首を縦には振らなかった。
彼の望みはただひとつ、皇帝の地位だけだった。
長きに渡る交渉はついに決裂し、異界人はノヴァを襲った。
ノヴァはやむなく戦う道を選んだ。
その際、大きな力となったのがシェルティだった。
彼は異界人の潜伏先をノヴァに流し、戦いが有利に進むよう仕向けた。
そしていざ戦いが始まると、異界人を背中から刺した。
粛清隊は全滅したが、しかし損害がそれだけで済んだのは、シェルティの暗躍があってこそだった。
サミーたちはこの筋書きを、朝廷に、市井に触れ回った。
アフィーとレオンも同様に、秘密裏に命を受けていた、という体で放免された。
二人はシェルティの懐刀であり、彼の身を守るため、共に異界人の傘下に入っていた。異界人との戦いでは、二人の奮闘もその成果に大きな貢献を果たした。
サミーたちが用意したこの筋書きは、真実として、公的な記録書に残された。
生還した皇帝自身によって発せられた声明でありとされたが、しかし頭から信じるものは少なかった。
ノヴァは実兄をかばっている。ラウラ・カナリアの顔をたて、親交のあった二人を許そうとしている。
三人は異界人が追い詰められたから切り捨てただけではないのか。異界人を裏切り、朝廷側に寝返っただけの、卑劣な連中ではないのか。
勝ち馬に乗り換えただけの連中に、なぜ破格の役を与えるのか。
いつまた反旗を翻すかもわからない連中を、ノヴァの傍に置いていいのか。
民衆の反発は大きかった。
中にはノヴァが脅されているのではないかと疑問視する声さえあった。
サミーたちはこれを頑なに否定したが、民衆は収まらず、ついには公開審問を要求した。
民衆はシェルティたち三人に、公の場でノヴァへの忠誠を誓わせようとした。
シェルティとアフィーはカイの傍にいるためなら止むを得まいと、これを受け入れたが、しかしレオンは拒否した。
「言っただろ、おれは連中の言いなりにはならないって」
レオンは朝廷の議会で、事情を全く知らない官吏たちが大勢いる前で、堂々と宣言した。
「おれはおれの意志でカイと共に在った。ラサへの忠誠なんざ嘘でも誓えるか」
騒然とする官吏たちを蹴散らすようにして、レオンは議会を出て行ってしまった。
シェルティとアフィーはすぐさま後を追った。
レオンは朝廷の中庭にとめてあった馬に跨り、今にも駆け出そうとしていた。
「おい、待て!」
シェルティはレオンの前に立ちふさがった。
「行っちゃ、だめ」
アフィーは手綱を横からつかみ、馬の頭を下げさせた。
「邪魔するなよ」
「短期にもほどがある。今日までのお膳立てが台無しじゃないか!」
「遅かれ早かれこうなることはわかってただろ」
レオンは顔を隠すためにつけていた獅子の面と、肌の色を隠すためにつけていた手袋を投げ捨てた。腕をまくり、締めていた胸元を広げ、まとめていた髪を解き放った。
「どうせ向こうだって都合が悪くなりゃすぐにおれらを切り捨てるだろ。先手を打ったまでだ」
お前らはどうする、とレオンは言った。
「やつらの靴を舐めてでもここに残るってんなら好きにしろ。だがおれと行くなら――――カイひとりを置いていくわけにもいかねえ。あいつも連れて、全員でここを去るか」
「だめだ」
シェルティは即答した。
「行くならお前ひとりで行け。カイのためなら靴だろうがなんだろうがぼくは舐められる」
アフィーもそれに続いた。
「わたしも、カイのためなら、我慢できる。カイは、まだ、動かせない」
レオンは鼻を鳴らし、ならお前らは残れ、と言った。
「おれは先に行って待ってる」
それは決別ではなかった。
いつか必ずまた一緒になると互いに信じていた。
どこかに居を構え、四人で暮らすことを、彼らは諦めていなかった。
だからこそ、ここで再び別れることを、彼らは躊躇わなかった。
「なにかあったら、呼んで」
アフィーは手綱を離し、左手の中指にはまる指輪を握りしめた。
「お前も、なにかあったらすぐに呼べよ」
レオンはぐしゃぐしゃと乱暴に、力強くアフィーの頭を撫でた。
「なにかあったらじゃだめだ」
シェルティはレオンの前から立ち退き、道を開けた。
「定期的に顔を出せ」
「できたらな」
「絶対だ。お前を恋しがって、カイがことを急いだら困る」
レオンは鼻を鳴らし、仕方ねえ、と笑った。
「いい酒を用意しとけよ」
朝廷から、足音と喧騒が響いてくる。
議会を出たレオンたちを、出席していた官吏たちが追ってきたのだ。
「カイに伝えとけ。先に行くぞ、ってな」
レオンは馬を蹴った。
朝廷の外に向けて駆けだそうとして、しかし十歩もいかないうちに、また慌てて馬を止めた。
「――――ディンゴ?」
中庭の外、開かれた朝廷の門扉の前に、マヨルカを抱えたディンゴが立っていた。