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欺計

カイの住まう霊堂は、災嵐によって被災する前は、霊術の研究施設として用いられていた。

降魂術の研究、実施が行われていたのもこの霊堂であり、被災を免れた研究室には、関連書籍や研究記録などが数多く残されていた。

「きちんと調べたことはないんだけどね。かなりの蔵書があるから、調べれば帰る方法も見つけられるかもしれない」

それを聞いたカイはすぐさま研究室に向かった。

そして再び大きく落胆した。


研究室は天井や壁に大きな亀裂が走り、倒れた機材や照明が散乱する、ひどく荒れ果てた様相であった。

けれど壁一面の書架は原型を留めていた。いくつかの本は床に落ち、ひどく痛んでしまっていたが、大部分は書架に収まったままで、損傷も見られなかった。

「なんじゃこりゃ……」

しかし、そこに書いてある文字を、カイは全く理解できなかった。

「何語だよこれ……」

カイは文献を次つぎとをめくりながら、嘆く。

「なにこれ、アラビア語……?会話はふつうに通じるのに、字はさっぱり読めないってどうなってんの……?」

シェルティは朗らかな声をあげて笑った。

「あははは、そうだった、きみ、字が読めないんだったね」

「知ってたなら教えてくれよ」

「忘れてたんだよ」

「これなんて書いてあんの?」

シェルティはカイが手にした本のタイトルを読み上げる。

「『外来型鳥獣と内在型鳥獣の霊的隔絶・不均一性』」

「……言われてもわかんないな」

「ぼくも」

シェルティは書架に立ち並ぶ背表紙にざっと目を通し、肩を竦める。

「どれも似たようなものだね。難しすぎて、なにが書いてあるのかさっぱりだ」

「そんな……」

カイは肩を落とす。

(でも、そりゃそうか。例え日本語で書かれてたって、化学の論文読めって言われたらおれ、絶対読めないもんな……)

(それにしてもなんで話し言葉は日本語なのに文字は違うんだよ……)

(都合いいのか悪いのかわからない異世界転生だな)

(会話は日本語で、文字はアラビア語っぽくて、環境はアルプス?ヨーロッパ?っぽくて、建物は古代ローマってかんじ。だけど、服とか雑貨は中華風だし。顔立ちはみんなハーフ……ってか無国籍?とにかく美形の一点につきるけど)

(なんか全体的に、和洋折衷というか、文化のちゃんぽんってかんじの世界だよな)

カイは一際重たい文献を抱えたまま考え込む。

(前途多難すぎる)

(帰る方法を探すためには、まずこの世界で読み書きできるようにならなくちゃいけないってことだろ?さらにそこから、シェルティでも読めないような論文を読み解いて、実践しなきゃいけないなんて……)

(できるのか?本当に……)

「大丈夫だよ、カイ。きみは一人じゃないんだから」

不安げなカイから本を取りあげ、それを書架に戻しながら、シェルティは言う。

「力になるよ。きみが読めないなら、代わりにぼくが読んであげる。ぼくはけっこう器用なんだ。この手のものには造詣が浅いんだけど、勉強すれば、それなりに理解できるようになると思う」

「でも、悪いよ。ただでさえ食事から何から、面倒みてもらってんのに……」

「きみの世話はぼくの楽しみなんだから、気にしなくていいのに。――――でも、うん、そうだな。じゃあこういうのはどう?ぼくはきみの代りに、きみがもとの世界に帰る方法を探す。きみはぼくの代りにここでの生活を支える、っていうのは?」

「料理したりする、ってこと?」

「そうそう。ここでぼくとあいつらは、ほぼ自給自足の生活をしてるからね。畑や家畜の世話、掃除に洗濯、建物の補修に、たまに狩りもしなくちゃいけない。やることはいくらでもあるんだ。今まではそれをぼくとあいつらで分担してたんだけど、きみがぼくの分を担ってくれるなら、ぼくは空いた時間を降魂術の勉強にあてられる」

カイは葡萄色の瞳を、朝露が弾けたかのように輝かせる。

「名案じゃん」

「だろう?」

じゃあ決まりだ、と言って、シェルティは手を差し出す。

カイはそれを両手で握る。

「ありがとな、まじで」

シェルティは目を見張る。金色の瞳が、震えるよう揺れる。

「お礼なんて、いいんだよ。ぼくは――――」

シェルティは言いかけて、ふっと、口を閉ざす。

「?」

廊下から話し声が響いてくる。

それはアフィーのものでもレオンのものでもない、カイには耳なじみのない声だった。

「誰か来てるのか?」

カイはシェルティの手を離し、杖をついて、廊下の様子を窺いに行こうとする。

「待って」

シェルティに腕をとられ、カイは立ち止まる。

「うん?」

「お客さんがきてるんだ」

「あ、そうなんだ」

「朝廷の使いなんだ。君が目覚めたことを知って、様子を見に来たらしい」

「おれの見舞いにきてくれたってこと?」

「建前はね。でもいまのきみの姿を見たら、すぐ朝廷に連れて行こうとするかもしれない」

「えっ」

「言っただろう。彼らは、きみの力を求めているって」

喉元から手が出るくらいにね、とシェルティが脅すと、カイは慌てる。

「えっ、やばくね?おれ、どうすればいい?」

「そうだね……」

廊下の話し声は次第に近づいてくる。シェルティは声を潜め、鼻先が触れそうなくらいカイに近づいた。

「いいかい、きみはこれから使者と面会する。けれどなにを聞かれても、答えてはいけない」

「う、うん……」

「いい子だ。目覚めたけれど、万全ではないということを強調すれば、引き返さざるを得ないはずだからね」

シェルティはいつになく鋭い視線で、カイに釘を刺す。

「帰る方法を探すには、とにかく時間が必要だ。いまはまだここを出て行くわけにいかない。彼らに気取られるわけにはいかないんだ。――――とにかくなにを言われも聞かれても無視して。ただ目を伏せて、じっとしていてくれ」

「うん、わかった」

シェルティは微笑んで、カイの唇に人差し指をあてる。

「それじゃあ今から、お口を結んでね」

カイは顔を真っ赤にして、心の中で悶える。

(いちいちキザなんだよ……!)

(こいつレベルのイケメンって友だちにいたことなかったからわかんないけど、イケメンは同性相手にもこんなことすんのか……?)

(それとも、文化ちゃんぽん異世界ならではの、欧米ノリなのか……?!)

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