隠しごと
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朝焼けが薄れ、すっかり蒼天に様変わりした頃合いに、三人はようやく拳を収めた。
カイは小屋の玄関先で、いつの間にか眠り込んでしまっている。
アフィーはそれまで二人を突き飛ばすために動かしていたオーガンジーを、カイの肩にかけてやる。
シェルティとレオンも、身体についたほこりを払い、カイの傍によった。
「――――戻ると言いやがったぞ、こいつ」
レオンの言葉に、アフィーは唇の端を震わせる。
「どういう意味」
「どうもこうもねえ、ラウラに身体を返すために自分はもとの世界に帰る、なんて言い出しやがった」
「……話が、ちがう」
二人に睨まれたシェルティは、しかし平然とした様子で、臆することなく言い返した。
「あのままカイが良心の呵責に苦しむよりずっといいだろう。きみたちはまた彼を罪悪感で押しつぶしたいのか?」
「そうは言ってねえだろ。こいつを納得させるのはお前の役目のはずだ――――で、どうする。こいつは方法を探すと言ったが……」
シェルティはため息をついた。アフィーはカイの頭をそっと撫で、目を伏せる。
「させない」
「ああ。それに、いずれにしても帰る方法なんてないんだ。けれど方法がないと分かれば彼はまた落胆するだろう。彼の気力を削がず、諦めさせる方便を考えないと――――」
シェルティはしばらく考えんでいたが、ふいに顔をあげ、どうにかなるだろう、と頷いた。
「ようは方法が見つからなければいいんだ。――――うん、それがいい。彼には一生をかけてもとの世界に戻る方法を探してもらおう。ただ平穏なだけの生活より、目的があった方が、彼の性にも合っているだろうし」
レオンは眉間のしわを深くする。
「よくわからねえが、いつまでも見つからないんじゃ、結局落ち込むだろ、こいつ」
「どうかな。今彼は記憶がなくてなにも寄る辺がないんだ。ラウラに身体を返すことだけが理由じゃない。自分の居場所がここにはないと思っているからもとの世界に帰ろうと思うんだ。ぼくたちは彼に理解させればいい。ここが彼の居場所に十分なりうると。以前朝廷にいたときよりも、もとの世界よりも、ここでぼくらのそばにいるのが一番だと知ってもらえればいいんだ。存在しない『もとの世界に帰る術』を探させるのは、そのための時間稼ぎだよ」
レオンは舌を打った。
「あといくつ嘘を重ねれば済む」
「なんとでも言え。ぼくはカイのためならこの先一生嘘をつき続けたってかまわない」
「こいつは真実に耐えられないほどやわじゃねえよ」
レオンの言葉に、シェルティは激昂する。
「お前はあの日からなにも学ばなかったのか!」
カイが小さく唸り、身じろぎをする。シェルティははっとしては口を閉ざす。
「ケンカすんなよぉ」
カイは目を閉じたまま言うと、またすぐ寝息を立て始める。
三人は沈黙する。
アフィーはオーガンジーをもう一枚、カイの膝にかけ、自分自身に言い聞かせるように、小さな声で言う。
「ここにきたとき立てた誓い、忘れてはいない。わたしはカイを二度と傷つけさせない。……カイ自身にも」
シェルティもまた自分自身に言い聞かせるように、アフィーの言葉に同意する。
「そうだ。ぼくだってカイが真実を受け入れられないほど弱いとは思っていない。もっと時間があれば、あのときだって――――」
「ならこれから先もわかんねえだろ。こいつが、いつか耐えられるようになったなら、教えてやるべきだ、全部」
湿り気を含んだ風が、四人の間を吹き抜ける。
「……あ?」
レオンが北東の方角を睨む。遠く、太陽を背に、ケタリングが羽ばたいてくる。
「誰か来やがった」