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シェルティ・ラサ(二)


シェルティの母親、マルキーシェ・ラサは、自身がそうであったように、幼少期からシェルティにこの歴史と教訓を刷り込んだ。

皇帝の座に就くということは罪を背負うということで、決して誇っても、驕ってもいけない。

玉座にあることを常に恥だと思い、今を生きる民のために尽くさなければならない。

それがラサに生まれた者の宿命である、と。


シェルティはそうして、わずか八歳のころから、いずれ自身が背負わなければならない途方もなく重たい責務と向き合わなければならなかった。

皇帝の長子として生まれた彼には、子どものころから、自由など存在しなかった。

己の欲望を持つことを、固く禁じられていた。

そんなシェルティを、彼の若い父親はいつも憐れんでいた。


シェルティの父親、チャーリー・サルクは、ラサに次ぐ最古の氏族の生まれだった。

歴史ある大家で、チャーリーはなにひとつ不自由なく育った。

遊戯や芸術、特に演劇をこよなく愛する男だった。

次男坊である彼は、朝廷内の権力バランスのために五歳年上の皇女のもと輿入れしなければならなかったが、それ以外に大きな義務を負っているわけでも、またなにか使命感をもっているわけでもない。

彼は己が人生を心行くまで謳歌し、楽しんでいた。

そんな彼の目に、皇太子の座に縛り付けられる息子はいいようのないほど哀れに映った。

しかし当のシェルティは、父親がなにに気をもんでいるのか、まったく理解することができなかった。

なぜならばシェルティにとっては今ある不自由はごく自然なものだったからだ。


産まれたときからすべてが決められていたシェルティは、選ぶということを知らずに育った。

自分の人生は自分のものではない。

聡い子供だったシェルティは、すべてを受け入れていた。

幼少期のシェルティは、不自由ながらも満たされていた。

彼は父母を尊敬し、愛していた。

彼らの期待に答えたいと、彼らが望む皇帝になりたいと、心の底から望んでいた。


母は従順で聞き分けのいい息子の性根を見抜いていた。

シェルティが完璧な皇太子として、自分が望んだとおりの振る舞いをするのは、決してラサの歴史を理解し、その罪を自分のものとして捉えたからではなく、たんに思考を放棄しているだけだということに。

いい子の振る舞いをすることがなによりも得意で、ただ自分の意見というものを持っていないだけだということに。

彼女は父親同様、息子を哀れだと思っていた。

そして悔いていた。

息子がこうなってしまったのは、他でもない自身の教育の結果だからだ。

しかしそれは彼女の皇帝としての、ラサとしての放棄しようのない務めだった。

彼女が息子にできることは、ただ自分が望んだとおりのいい子を演じる彼を、褒めてやることだけだった。

自慢の息子だと。

きっとよき皇帝になると。

シェルティは母が自分にだけ向ける、どこか悲しそうな微笑みと、冬の陽だまりのように優しい愛撫が、大好きだった。


父は母と異なり、息子のことを理解しがたいと思っていた。

名家の次男坊として生まれたチャーリーにも、さまざまな責務があった。しかしそれはラサと比べると軽微なもので、彼を縛り付けるようなものではなかった。

チャーリーは遊び人だった。

政略の末、十八歳のとき、二十三歳のマルキーシェと子を為したチャーリーだったが、皇帝の伴侶だからといってなにか特別な立場が与えられるわけではない。

彼は時間と金を余すことなく遊興に費やした。

遊ぶこと。楽しむこと。自身の幸福の追求。それがチャーリーにとって人間の正しい姿だった。

祖先の罪や赤の他人を助けるため、彼にとっては愚行以外のなにものでもなかった。


シェルティは公務に忙しい母親よりも、父親と過ごす時間の方が多かった。

チャーリーは地味で窮屈な内城を嫌い、外城に構えた屋敷で過ごすことがほとんどだった。屋敷は類を見ないほど豪華絢爛な造りで、目と鼻の先にある朝廷の鐘塔も回廊もかすんで見えるほどだった。

チャーリー自身もまた、華美な衣裳と宝飾を身にまとい、まるで孔雀のような有様だった。

彼の派手な装いは、振る舞いは、必ずしも好意的には捉えられなかった。

表立っては羨望の眼差しと、賞賛が投げかけられたが、裏では侮蔑と冷笑、嘲笑の的だった。

慎ましい皇帝陛下の伴侶とは思えない、と。ふさわしくない、離縁するべきだという非難さえあった。

けれど実際彼にそれを面と向かって言うことができる者はいなかった。

チャーリーは美しい男だった。

着飾った彼は壮絶な美しさで、見るものを圧倒し、黙らせることができた。

彼に反感を抱く者も、いざ彼を目の前にすると、口を閉ざすしかなかった。

美貌は力であることを、チャーリーは自ら息子に示して見せた。

シェルティは、そんな父から、この世にはさまざまな力があることを学んだ。

使い方次第で、どんなものも武器にすることができる。

暴力を用いずとも、人びとを引きつけることは、従わせることはできる、と。

またチャーリーはシェルティにさまざまな芸事を仕込んだ。

音楽、踊り、詩、物語、茶席や宴席での振る舞いから、各種遊戯を覚えさせた。

傍から見れば、それは父親の遊びに息子が付き合わされているだけのようにみえた。

マルキーシェもいい顔をしなかった。

けれどそれはチャーリーなりの教育だった。

朝廷でうまく立ち振る舞っていくためには、教養があるばかりではいけない。

やり手の官吏や大商家とやりあっていくためには、柔軟性も必要だ。

敵にしてはいけない。

利用されてもいけない。

適度に懐柔し、甘い蜜を与えてやらなければならない。

遊興に通じることで、彼ら相手の手札を増やすことができる。

シェルティは周囲のように父親を誤解しなかった。

父親が自分に与えようとしているものを、彼の意志をよく汲み取ったうえで、それらを吸収した。


チャーリーがただの遊びとして息子を誘うのは、唯一、観劇だけだった。

チャーリーは芝居好きの男だった。

贔屓の劇団の新しい演目には、必ずシェルティを連れていった。

チャーリーは毎回、シェルティに感想を求めた。

印象に残った場面はなにか。心に刻んだ台詞はあるか。

共感する登場人物はいたか。好みの役者はいたか。

今まで見た演目の中で、なにが一番好きだったか。

シェルティはその問いにいつもそつなく答えた。

彼は芝居そのものではなく常に観客を見ていた。

周囲の人びとの感動を自分のものとし、それぞれの質問に、観客の表情から読み取った、模範解答ばかりを返した。

チャーリーは呆れた。

彼がシェルティをさまざまな遊興に触れさせたのは、教育だけが目的ではなかった。

彼は息子に娯楽を与えようとしていた。

公務だけが人生ではない。

趣味のひとつでもあれば、人生は華やぐ。

負わされた責務は軽くなる。

そう思って、チャーリーは息子を誘っていたのだ。

しかし彼の心配りも虚しく、シェルティはなにひとつ遊びとしては捉えなかった。

楽しむことも、心を震わせることもなく、ただ教養として吸収するばかりだった。

シェルティはどんな喜劇にも悲劇にも心を揺らすことはなく、ただ俯瞰して、思っていた。

この世の全ても芝居なのだ、と。

自分たちは目に見えぬ脚本と演出家によって縛られている。逃れることはできない。

重要なのは、いかにうまく演じきるか、ということだけだ。

台本通りに喋り、演出されるままに動くこと。

舞台の進行を妨げないこと。歯車として、円滑な働きを見せること。

そして観客を満足させること。

それがシェルティにとって生きるということだった。


例え舞台の主役が、シェルティ自身ではなかったとしても。





シェルティが舞台の主役は自分ではないということに気付いたのは、異父弟が頭角を現してからだった。


ノヴァはシェルティとは異なり、皇帝の世継ぎとしてではなく、皇帝を補佐する臣下としての教育を施されていた。

シェルティがそうであったように、彼の人生もまた定められたものであった。

シェルティの右腕となること。

次期皇帝を助け、有事の際にはその代役を務めること。

それがノヴァに与えられた人生だった。

シェルティがそうであったように、彼もまた、与えられた人生に不満は抱いていなかった。

与えられた役目を全うするために、研鑽を重ねていた。


ノヴァは優秀だった。

賢く、清く、実直で、なにより幼いながらラサの犯した罪を自分のものとして受け入れていた。

シェルティが表面だけをなぞった歴史を、ノヴァは深く読み解き、母に言われるまでもなく、教訓を導きだした。

自分が何をしなければならないか、ノヴァは自身の言葉で答えることができた。

ノヴァはみるみるうちに頭角を現していった。

舞台上の風向きが変わった。

照明が動き、舞台上で最も輝かしく照らされるのは、ノヴァになった。


シェルティは器用だった。

要領がよく、人の顔色を読み取る能力に長けていた。

幼少期はそれだけで大抵のことを人並み以上にこなすことができた。

けれどそれだけだった。

本当の秀才を前に、シェルティは張りぼても同然だった。

例えばある日、二人がそれぞれ壇上で演説をする機会があった。

シェルティは模範的な演説を行った。聴衆は沸き立った。

もっぱら、美しく着飾った彼を賞賛するために。

一方のノヴァは、革新的な演説を行った。

シェルティのように派手な装いも芝居がかった口調もない、簡潔で淡々とした演説だったが、誰もが閉口し、うなった。

聴衆の頭はノヴァの演説でいっぱいになった。

彼が行った問題定義とその解決案について、人びとは活気的な議論を交わし合った。

シェルティが演説をした内容を覚えている者は誰もいなかった。

聴衆が記憶しているのは、美しい偶像としての彼だけだった。

次第に、シェルティとノヴァの役目はとって代わられるようになっていった。

マルキーシェはシェルティを気遣った。彼女は早い段階から、ノヴァが皇帝になる可能性を示唆し、シェルティを労った。

貴方自身に落ち度はない、と。

シェルティはそれを受け入れた。

ラサは常に、民衆にとって最善の選択をしなければならない。

ノヴァはシェルティより優れている。皇帝としての素質があり、なにより周囲に立身を望まれている。

身を引くことに、抵抗はなかった。

シェルティは目立たないよう、足音を消してそっと、舞台の隅に移っていった。

周囲の望む通り、弟にその立ち位置を譲り渡した。

例え舞台から降りることになろうとも、それで期待に答えられるのであれば、シェルティは満足だった。

けれどそれに大きな反発を見せる者たちがいた。

チャーリーと、彼の出身である南部の人間たちだ。



サルク家はエレヴァン南部地方において大きな影響力を持っている。

都市を含め南部の実権を握っていると言っても過言ではない。

以前から有力な一族ではあったが、そこまでの力を得たのは、チャーリーが皇帝の伴侶となり、さらには後継となる子をもうけたことが大きい。

シェルティが皇帝に就けば、その恩恵はますます大きくなるはずだった。

彼らは自らの利権を守るために、シェルティが玉座から遠ざかることを許さなかった。

なぜやすやすと席を譲ることができるんだ?

玉座に執着はないのか?

お前はいままでなんのために生きてきたんだ?

これまでどれだけお前に投資したと思っているんだ?

我われに恩を返そうとは思わないのか?

サルク家は、チャーリーは、シェルティを糾弾した。

シェルティにはわからなかった。

利権に固執するサルク家が自分を責めるのは納得がいく。

しかしこれまで自分が皇帝を継ぐことを望むどころか、むしろどこか否定的でさえあった父が、なぜ急に掌を変えて自分を玉座に据えようとするのか。

シェルティは父の説得を試みた。

サルク家とそのとりまきの者たち以外は、シェルティではなくノヴァを皇帝に望んでいる。

シェルティは数が多い方の意見が尊重されるべきだとして、身を引くことをすでに心に決めていた。

彼はそれを父に理解させようとした。

自分が失脚したところで、父にはなにひとつ迷惑をかけない。

これまでどおりの贅沢な生活は保障する。

いまあるサルク家の利権はなにひとつ失われることはない。

もしそれで足りないというのであれば、自分がこれからノヴァの補佐役を務める中で、できる限り融通を利かせる。

どうか納得してほしい。

朝廷内に荒波をたてるようなことは、ましてや自分を擁立して派閥争いを起こすようなことだけはやめてほしい。

シェルティは、ラサとして求められる誠実な態度で、正論で、父親に頭を下げた。

チャーリーはそんな息子の懇願を一蹴した。

どこまでもいい子を務め続ける息子をなじり、嘲り、罵倒し、皇帝になれないのであればお前に価値はないと言い放った。

皇帝になれないのであれば、お前に存在する意味はない、と。



チャーリーは豹変してしまった。

邸宅に閉じ籠り、滅多に表に姿を現さなくなった。

朝廷での責務を放棄するどころか、三日と空けず通っていた劇場からも足を遠ざけてしまう。

病気で療養している。サルク家と朝廷の板挟みになり、心身ともに疲弊している。

愛息子の将来が暗転し、嘆き悲しんでいる。

などと巷では噂されていたが、どれもいささか誇張が過ぎた。

おまけに半数はチャーリーの肩を持つような美談だった。

なぜならば噂の半数はサルク家によって流されたものだったからだ。

チャーリーは変わらず、豪華な屋敷の中で華美な衣裳を身にまとっていた。

彼は心身ともに健康だった。

屋敷から出ないのはサルク家と彼による抗議だった。

チャーリーとシェルティはラサの横暴による被害者である。

なにひとつ過ちを犯していないシェルティが玉座から遠ざけられるのは不当である。非情である。

もし醜聞を広められたくないのであれば、即刻ノヴァをもとの位置へ戻すこと。

これまで通り、シェルティを世継ぎとして扱うこと。

サルク家は皇帝に向けて無言の脅迫をかけた。

すでに二人の皇子にまつわる醜聞は広まりつつある。

見かねたシェルティは毎日父親のもとへ通い、説得を続けた。

しかしチャーリーが息子へ返すのは、怒りと憎しみの言葉だけだった。


誰のせいでこうなったと思っている?

お前のせいで外に出ることも叶わなくなった。

かわいそうに、お前は、見た目だけならよかったものの、中身まで父親に似てしまった。

派手な飾り羽以外に取り柄のない、頭の小さな鳥。

あの男に似た弟とは天地の差だ。

お前があとほんのすこしでも優秀であれば、私はこんなに惨めな思いをすることはなかった。

彼女に愛想をつかされることもなかった。

すべてお前が悪い。

出来損ないの、からっぽの、つまらない大根役者。

役立たず。


これまでチャーリーは、息子を哀れむことはあっても、決して軽んじるような態度を見せたことはなかった。

しかし屋敷に籠ってからのチャーリーは、シェルティを軽蔑し、嫌悪し、掌を返したように目の敵にしていた。

シェルティはただチャーリーの恨み言を受け止め、謝ることしかできなかった。

怒りのはけ口になることしかできなかった。


シェルティは知っていた。

父親の怒り狂わせているのは嫉妬であるということを。

チャーリーが本当に憎んでいるのは、マルキーシェと、彼女のもう一人の伴侶、フックス・シェパードであるということを。



フックス・シェパードは他界していた。

息子であるノヴァが成人する前年に、事故で急逝したのだ。

彼の死後、ノヴァは西方霊堂から朝廷に移り、皇太子として本格的な公務を担うようになった。そして頭角を現し、やがて次期皇帝と目されるようになっていった。

チャーリーはノヴァに与えられる評価を過大なものだと思っていた。

ノヴァの評価はマルキーシェによる贔屓によるものだと。彼女が寵愛していた伴侶との子を取り建てているからだと思い込んでいた。

マルキーシェは自分より、フックスを愛していた。

二人の息子の立場が入れ替わった理由は、マルキーシェの心が自分になかったからだ。

チャーリーはそう思い込み、二人を憎悪していた。


フックスは西方霊堂の長を務める優秀な技師であったが、職人の家に生まれ育った、いわば平民の出自だった。

おまけにマルキーシェよりも十三歳年上で、チャーリーとは正反対の、寡黙で地味な男だった。

フックスがマルキーシェに輿入れしたのもまた政略によるものだった。

フックスは博識で人望も厚く、朝廷内で期待株とされる若手の官吏のほとんどは彼のもとで学んでいた。

フックスの持つ人望をそのまま朝廷内に引き込むため、マルキーシェは彼と関係を結んでいた。

マルキーシェはどちらの伴侶とも適度な距離を持っていた。

どちらかに肩入れすることもなく、それぞれの子を持つと同衾することもなくなった。

あくまで義務的な伴侶関係だった。

それでもチャーリーはマルキーシェを愛していた。


ラサとして、皇帝としての責務に追われるマルキーシェから、同じだけの愛情は返ってこない。

それを理解していながらも、チャーリーは深くマルキーシェに懸想してしまった。

彼は伴侶になり子を為してなお実ることのない思いを胸に抱えていた。

皇帝であるマルキーシェが自分のものになることはないが、同時に他の誰のものにもなることはない。

それだけを支えに、彼は自身の想いを心の奥底に閉じ込めていた。

それが反転し、深い憎しみへと変わったのは、死の縁に立ったフックスに、マルキーシェがその思いを吐露したからだった。


マルキーシェは誰にも渡すはずのない心を、フックスに捧げたのだ。

――――貴方を愛している。

今際の縁に立つ彼に、マルキーシェはそう言って涙を流した。

それを目にしてしまったチャーリーは、激しい嫉妬にかりたてられた。

彼にはわかった。

その言葉が彼女の本心であると。

死にゆく伴侶に同情して放った慰めではなく、心からの言葉であると。

マルキーシェはフックスが事故に遭ってからほとんど毎日見舞いに通っていた。

それもときには公務を後回しにしてまで。


チャーリーは許せなかった。

特別な一人をつくったマルキーシェを。

マルキーシェに選ばれた彼を。

フックスの死後もその嫉妬の炎が消えることはなかった。

歪んだ怒りは対象を二人の息子へと変えた。

父親同様優秀でマルキーシェに愛されるノヴァを憎み、ノヴァに簡単にその席を奪われた我が子を呪った。



なにもかも不出来なお前のせいだ。

ぽっとでの弟にあんなに簡単に役を奪われるなんて。

それでいてまだ舞台に立ち続けるなんて、恥知らずもいいところだ。

目ざわりだ。

脇役に回るくらいなら、いっそ舞台から降りてくれ。

消えてくれ。

シェルティは父親の望みに応えた。

父親のためだけでない。

シェルティが完全に失脚することで、朝廷内の不和は正される。

すべてが収まるべきところに収まる。

そうしてシェルティはすべてを捨てた。


皇太子の椅子を蹴り、公務を放棄した。

春宿に通い、湯水のように金をばらまいて遊び歩いた。

シェルティの評価はあっという間に裏返った。

弟にその席を奪われ、自暴自棄になった愚かな皇太子へと。

人びとは彼を嫌悪した。あるいは哀れみ、腫れものとして扱った。

シェルティは落ちぶれた皇太子を、完璧に、演じきってみせた。


もちろん彼に賞賛の拍手はない。

シェルティは誰にも気づかれないうちに、舞台を降りようとしていた。

それで彼の役目は終わりだった。




「終わりにすんなよ!」




そんなシェルティを引き留めたのが、カイだった。

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