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「死んだと思っていたのに」



カイの意識は現実へ戻る。

長い追憶は終わり、災嵐から五年の月日が流れた現在に戻ってくる。

目の前には怒りの形相を浮かべるノヴァがいる。

彼の熱い手のひらが、カイの額に押しけられている。

それはほんの瞬きの出来事だった。

カイはすべてを見た。すべてを知った。

ラウラの身体に残る記憶のすべてを、受け取った。

その長い追憶は、けれど流れる時間にしてみれば、一秒とかかっていなかった。

「――――ノヴァ」

カイに名を呼ばれたノヴァは、その額から、手を離した。

「思い出したか?」

「お、お、おれ――――っ」

カイは自分が発するラウラの声を聞いて、言葉を詰まらせる。

項垂れると、長く艶やかな、くせのある黒髪が目に入る。

髪がかかる自分の身体は、小さく、華奢だ。

左手の小指と薬指には指が無く、代わりに固い義指がはめられている。

見た目こそ馴染んでいるが、その二本の指は動かすことができなかった。

動かそうとしても、つけ根に痺れを感じるだけだった。

「――――あ」

「思い出したんだな!?」

ノヴァはカイの胸倉をつかみあげる。

「ああ……」

カイは過呼吸に陥る。

激しい耳鳴りに襲われる。

全身が震え、体温は失われる。

「た、たす、けて」

カイは、ノヴァに、縋り付く。

「どうしよう、ラウラが――――ラウラが……!」

「黙れ」

「おれのために――――おれのせいで――――ラウラが……!」

「黙れ!」

ノヴァは拳を振り上げる。

「おまえが……っ!」

しかしカイを殴ることはせず、固い地面に筵を敷いただけの床に、握った拳を叩きつける。

「おまえのせいじゃないか!」

カイはその場に崩れ落ちる。

震える自分の身体を抱きしめる。

細く柔らかい身体だった。

すぐに壊れてしまいそうな、脆い身体だった。

木製の義指を温かく感じるほど、全身が冷え切っていた。

「も、も、もどさなきゃ」

カイは歯をかちかちと鳴りあわせながら呟く。

「死ぬのは、おれ――――死ななきゃいけないのは、おれ、なんだから……」

「そうだ。彼女ではない」

「も、もどしてくれ」

「できるならとっくにやってる」

「う、嘘だ。あるんだろ?なにか、方法が……」

「ない」

「うそだ」

「……ないんだ!」

「頼むよ!」

カイは髪をかきむしる。

「お願いだから、戻してくれ。――――そうだ、ノヴァは、ラウラの兄ちゃんと、仲良かったんだろ?カーリーは天才なんだろ?なにか戻す方法を知ってたんじゃ――――」

「お前がその名を口にするな!」

ノヴァはカイを押し倒し、その口を塞ぐ。

「その身体で、その声で、彼を呼ぶな……!」

ぼたぼたと、大粒の涙が、ノヴァの瞳からあふれる。

「ラウラは死んだ!」

ノヴァの涙は、カイの頬に落ちる。

カイの目から流れる涙と混ざり、ひとつになって、流れ落ちていく。

「カイだって死んだんだ!」

「……!」

「死んだと、思っていたのに――――」

ノヴァは目を細める。

晩秋の麦穂と同じ色合いの金眼が揺らぐ。

彼の表情は、感動に震えているようでも、悲しみに打ちひしがれているようでもあった。

「――――許さないぞ」

そう言って再び見開かれた目には、一切の光なく、ただ怒りと憎悪だけがあった。

カイはその目を知っていた。

ヤクートが、怒れる群衆がカイに向けた目と、同じものだった。

「カイ、僕はお前が他の誰をどれだけ殺そうとも、世界をめちゃくちゃにしようとも構わなかった」

ノヴァはカイの口だけでなく、鼻までも塞いでしまう。

「だがラウラを死なせたことだけは、絶対に、許さない」

酸欠に陥ったカイの顔は真っ赤に染まる。

ノヴァもまた同じように顔を赤く染める。

カイが無抵抗であるにも関わらず、ノヴァはその手にこめる力を強くする。

「償ってもらうぞ」

カイは再び意識を手放しそうになる。


「っ――――」


けれど先に気を失ったのはノヴァだった。

ノヴァはびくりと肩を震わせると、白目を剥き、脱力した。

「――――やはり君は、許さなかったね」

いつの間にか、ノヴァの背後にはシェルティが立っていた。

シェルティは倒れかかったノヴァの身体を支え、せき込むカイの隣にそっと横たえた。

「遅くなってすまない」

「シ、シェル……?おれ……ラ、ラ、ラウラが……」

カイの口から出たラウラの名に、シェルティはぴくりと眉を動かす。

けれどそれ以上の反応は見せず、微笑みながら、静かな声で言った。

「彼になにか吹聴されたようだけど、それは、ぜんぶ、嘘だよ」

「嘘……」

カイはそれを信じたかった。

すべては夢幻であったと。

ノヴァが自分に見せた悪夢だと思いたかった。

「嘘なわけ、ない」

けれど、できるわけがなかった。

カイはラウラの生きたすべてを見た。

自分と過ごした三年間だけではない。

彼女の生きた十五年の生涯、そのすべてを追体験したのだ。

否定などできるはずもなかった。

十五年というあまりにも短い生涯だった。

その死は悲劇としかいいようのないものだった。

それでも、ラウラの一生を、懸命に生きた十五年を、カイは否定することはできなかった。

彼女の生涯に、嘘偽りなど、あるはずもなかった。

「ラウラは……おれのために……」

「信じちゃダメって言ってるのに。わからずやだな」

シェルティは乱れたカイの髪をさっと整え、抱き上げた。

「家出はおしまいだよ。さあ、帰ろう」

「あのぉ――――」

そのとき、外から、幕屋の中に声がかけられた。

「――――陛下?だいじょうぶですか?」

シェルティは笑みを消し、身構える。

「あの、いえ、すごい声がしたので……」

声は、ノヴァの補佐官のものだった。

ノヴァからの返事がないので、補佐官はなだめるように言葉を重ねた。

「すみません、すみません、ご命令を無視しているわけではないんです。何があってもはいるな、邪魔するなとの言いつけ、ちゃんと理解しておりました。けれどあまりにも、その、なんといいますか、尋常ではない様子だったので、つい……」

補佐官の声色は、次第に訝しむようなものに変わっていく。

ノヴァからの返事がないどころか、先ほどまで騒がしかった幕内が、今は物音ひとつしないので、異変を感じ取ったのだろう。

「陛下?ノヴァ様?本当にだいじょうぶですか?……入りますよ?」

補佐官の手が幕屋の中に、おそるおそる差し入れられる。


「んぎゃっ!?」


短い悲鳴とともに、補佐官は幕屋の中に倒れこむ。

「んんんん!!」

倒れた補佐官の頭にはオーガンジーがまきついていた。

「カイ」

続いて、アフィーが幕屋の中に入ってくる。

アフィーはカイの顔に残る涙のあとを、そっと拭った。

「嫌なこと、された?――――もうだいじょうぶ。わたしが、やっつけてあげる」

「んんん!?」

「……静かに、してください」

のたうち回る補佐官を一瞥し、アフィーはシェルティの懐に手をいれ、中から小刀を引き抜いた。

小刀には睡薬が塗られていた。

アフィーは補佐官の皮膚を浅く切りつける。

「んっ……!?」

補佐官はノヴァと同じように脱力し、すぐに寝息をたてはじめる。

アフィーはシェルティに小刀を戻しながらぼやいた。

「大ごとにするなと、自分で、言ったくせに」

「あの状況では仕方ないだろう」

「……どうすればいい?」

「腹をくくろう。――――全員、落とせ」

長かった過去編も終わりましたが、物語はまだ続きます。

彼らの行く末をどうか最後まで見届けてください。


繰り返しになりますが、ブックマーク、評価、感想、いいねのひとつが、本当に励みになっています。

いつも本当にありがとうございます。

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