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ラウラ


ラウラはついに字を書くこともできなくなってしまう。

字を書きつけていた筵にはまだ隙間がある。

けれど隙間を埋めようとしても、文字を刻むことができない。

ラウラは自身の手を見る。

握っていた木炭がない。

それまで通り手を動かしているつもりだったが、指の腹で木片をなぞっているだけで、もはやどのような言葉を残すこともできていなかった。


やがて、ラウラの身体は、完全に動かなくなった。

先に動かなくなったカイの横で、ラウラはもう目を開けることもできなくなった。




――――ラウラ。


誰か呼びかけられ、ラウラは再び目を開けた。


『あっ』


ラウラは自分の身体を見下ろしていた。

ラウラは自分の身体を動かすことはできなかった。

なぜならばラウラの魂はすでに、その身を離れてしまったからだ。

けれどラウラの身体は呼吸を続けている。

うっすらと開いた瞼からは、さざめきながら、紫紺と琥珀に色を移ろわせる瞳が覗く。

朝と夜を絶え間なく行き来するようなその瞳を見て、ラウラは安堵する。


『ああ、よかった。成功したんだ……』


ラウラの手を、カーリーが握る。


『お兄ちゃん、わたし、やったよ』


ラウラの隣に立つカーリーは、頷いて、微笑む。


『カイさんのこと、助けられたよ』


カーリーはラウラの頭を撫でる。

その顔は、笑っているが、どこか怒っているようでもあった。


『ごめんね、約束したのに、世界、守れなくて』


カーリーは、そうじゃない、と首をふり、ラウラを抱きしめた。


『お兄ちゃん、ずっとそばにいてくれたんだね』


これは自分が自分に見せる、都合のいい夢かもしれない。

ラウラはそう思いながら、カーリーに身を委ねた。


『また会えて、うれしい』


ラウラはふわりと浮かび上がる。

日の差し込む穴の外へ、カーリーはラウラを導こうとする。


『だめだよ、お兄ちゃん。わたしはここにいなきゃ。カイさんの傍にいてあげなくちゃ……』


カーリーは微笑み、ラウラの目の前に左手をかざして見せた。

カーリーの左手の薬指には、白い指輪がはまっていた。

歪な形の古びた指輪だった。


『でも……』


ラウラはなおも迷ったが、そのとき、彼女の横をケタリングがすり抜けた。


『あっ、みんな!』


レオンが、シェルティとアフィ―を連れて、ようやく戻ってきたのだ。


『そっか。わたしがいなくても、カイさんには、みんながついてるから、大丈夫だね。なんにも寂しいことはないね』


ラウラは指輪のはまったカーリーの左手を握りしめた。


『嘘ついちゃったな』


(……待って)


『カイさん、ごめんなさい、わたしやっぱり、そばにはいれないです』


(だめだ)


『でも、近くにいます』


(いっちゃだめだ)


『だから――――またね』


ラウラとカーリーは固く手をとりあい、光の中に、消えていく。


(ラウラ!)


カイの叫びは、ラウラには、届かない。

記憶の中の彼女を、カイが引き留めることはできない。


(ラウラ!)


カイはただ、去っていく彼女を、見ていることしかできない。




そうして、長い追憶は、終わった。

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