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決意

「お前、それ……」

カイに気づいたレオンが、怪訝な表情を浮かべる。

「なんだ、それ?自分でやってんのか?」

「いや、わかんないんですけど、なんか勝手に飛んでて」

レオンは両腕を伸ばし、カイを受け取める。

「す、すみません……」

カイはほっと胸をなでおろす。脇に差し入れられたレオンの手は大きく、抱きあげられたような状態ではあるが、カイは心から安堵した。すると綿毛の翼は霧散し、カイは浮力を失った。

「あの……?」

レオンはなにも言わず、なかなかカイを降ろそうとしない。

ただじっとカイを見つめている。

(え、なに?怒ってんの?)

(目つき悪すぎでしょ……こえぇ……)

そこでカイの腹が再び鳴った。

「――――腹減ってんのか?」

「う……はい」

カイは赤面し、ばつが悪い思いで答えた。

「待っとけ」

レオンはカイを棟に座らせ、屋根を飛び降り、小屋の中に入った。数分で戻ってきたレオンの手には、蒸かした芋と肉の乗った大皿と、酒の入った小瓶があった。

「食え」

レオンはカイに皿と小瓶を押し付ける。

「あ、ありがとうございます……」

カイは受け取ったものの、すぐには手をつけなかった。

カイは顔を皿に向けたまま、横目で、盗み見るようにレオンを見た。

レオンはカイに与えたものと同じ酒を、喉を鳴らしながら飲んでいる。朝焼け色の瞳が月明かりに照らされ、煌々と輝いている。

(シェルが王子様ならこの人は王様だな)

(強そうだし、キングってかんじがする)

カイの視線に気づいたレオンは、酒で湿った口元を拭った。

「腹が減ってたんじゃないのかよ」

「あ、はい。いただきます!」

カイは促され、あわてて小瓶の中身を口に含んだ。

「ぶっ!」

そして勢いよく吹きだした。

「なにやってんだお前」

「いやだってこれ……酒!?」

レオンは呆れたように言った。

「当たり前だろ。この時間に酒以外なに飲むんだよ」

「ええ……」

カイは涙目で咳き込んだ。舌が痺れて、熱を持っている。

(病み上がりの女の子つかまえて、酒って、このひと倫理観どうなってんだ……?)

(しかもこれ……なんだ?ストレートのリキュールか?かなり強い……)

カイは小瓶の中の匂いを嗅ぐ。ツンとしたアルコールの香りが、鼻腔一杯に広がる。

「これ、なんの酒ですか?」

「ただの薬草酒だよ。お前好きだっただろ」

レオンはカイの隣に腰を下ろし、カイに与えた大皿に乗った肉を一枚つまみあげ、頬張った。

「わたしこれ好きだったんですか?」

「……口調もだけど、味覚まで変わったのか、お前」

カイは苦笑いを浮かべる。

(口調も、って、前のおれどんな喋り方だったんだ……)

(シェルもアフィーもなにも言わないから、気にしてなかったけど、やっぱもっと女の子らしいかんじで話してたのか?)

(……そのくせこんな強い酒好きだったんなんて……キャラ付け謎すぎるだろ)

カイは再び、今度は舌先を浸す程度だけ、酒を舐める。

「ん……」

舌先は痺れ、熱を持つ。しかしほのかな香草の風味を同時に感じ、強いけどたしかにうまい酒かもしれない、とカイは思った。

「おいしいですけど、いっぱいは飲めないですね」

「……そういやお前、最初飲んだ時は一杯で潰れてたな」

「え!?」

「飲んですぐ、その場にぶっ倒れてたな」

「そ、そんな粗相を……」

(おれけっこう酒強かったはずなのに!こんな怖そうな人の前で潰れるとか……最悪すぎる……)

(っていうかおい!過去のおれ!そもそもこの身体で酒なんか飲んでんじゃねえよ!)

レオンは大皿から、今度は芋をつまむ。

「それも最初だけだ。すぐに味占めて、一晩に二瓶は開けてたぞ」

カイは頭を抱えた。

(ばかやろうすぎるぞ、おれ……)

「おい一口も飲まねえで酔ったのか?いいけど、ここでは寝んなよ」

「だいじょうぶです、だいじょうぶです……酔ったわけではないので……」

カイはやけくそになって肉を大きく一口頬張った。

そしてほとんど噛まずに飲み込むと、叫んだ。

「うっま!?」

(なんの肉だこれ!?めちゃくちゃうめえ!!)

それは厚く切った塩漬けの肉を、焼いただけのものだった。

すでに冷めており、表面は乾燥していたが、柔らかかく、臭みもなかった。

カイは二切れ、三切れと、つぎつぎにかぶりついていった。

レオンは、夢中になって肉を頬張るカイを横目に、酒をあおった。

「生まれてはじめて肉食ったやつみてえだな。おい、慌てるとむせるぞ」

レオンに言われた途端カイはむせた。咳き込みながら、どうにかのどの肉を奥に流しこもうと酒に口をつけ、さらにむせた。

「なにやってんだ」

レオンはあきれた声で言うと、カイの背中を強く叩いた。

カイはさらに大きく咳き込んだが、すぐに収まり、鼻をすすった。

「すみません……うますぎて……」

「ただの馴鹿だぞ。ふだんのがよっぽどいいもん食ってんだろ」

「いや、ふだんはお粥とかばっかなんで、起きてからはじめて肉食べましたね」

それを聞いたレオンは眉をしかめる。

「起きてからずっと粥か?」

「果物とか、野菜とか……消化によさそうなものいただいてます」

レオンはまた酒をあおった。

「年寄りじゃねえんだから、そんなもんで腹が膨れるわけねえだろ。これだからお坊ちゃんは……」

レオンは舌を打ち、カイに訊いた。

「お前もうひとりで歩けるくらいにはなったんだろ?」

カイは腰に差した仗に触れて答える。

「まあ、どうにか……」

「じゃあもっと肉になるもん食え。粥ばっか食ってたらなおるもんもなおらねえよ」

「そうですね……正直、肉とか食べたいって思ってたんで、シェルにお願いしてみます」

「そうしろ。あと、酒も、ここにくりゃいつでもやるから、味、また覚えろ」

「酒ですか?」

レオンは手にした小瓶をふる。中身はもうない。

「ああ……。この五年、酒の相手がいなくて、退屈してたんだよ」

「アフィーやシェルとは、飲まないんですか?」

「あいつらとおれが仲良く卓を囲めると思うか?」

カイは目覚めた初日の騒動を思い出し、苦笑して首を振った。

「じゃあ、ほら、どっか近くの町の、飲み屋さんいくとか」

「近くに町はねえ」

「え、そうなんですか?あれでもじゃあ、ここでの飯とかって、あれどうしてるんだろう……?」

「ここは獣が多い。川も近いし、土も悪くない。食うもんには困んねえよ」

(じ、自給自足してたのか!知らなかった……)

カイはシェルティの用意する食事を物足りないなどと思ってしまった自分を恥じる。

「いまさらですけど、なんでおれここで療養してるんですかね……もっと町の近くとかの方が都合いいんじゃないですか?最初は朝廷?でお世話になってたみたいですし……」

レオンの表情を険しくして鼻を鳴らす。

「別にここで不便はねえよ」

「でも……ほら、買い物とか……」

「必要ねえ。大抵のもんは自分で賄える。塩だの油だの、ここで手に入らねえそういうもんはおれが定期的に調達しに行くしな」

「大変じゃないですか」

「どうせ遠駆けには行くからな。ついでだよ」

レオンは山影を睨み付けながら吐き捨てる。

(やば、なんか地雷だった……?)

カイは慌てて話題を変える。

「そうだ、あの、前から気になってたんですけど、自分とレオンさんの関係って、どういうものだったんですか?」

「ああ?なんだよ、関係って」

「えっと、いや、いつもすごくよくしてもらってるんで、なんていうか、気になって……」

「あいつらから聞いてないのか?」

聞いたことはあった。しかし答えはひどく曖昧で、要領を得ず、そしてたいていの場合悪口となって終わるばかりだったのだ。

「一緒に世界を救った仲間、とかですか?」

「そんなわけねえだろ」

ぴしりと、レオンの持つ空の酒瓶に亀裂が走る。

(また地雷踏んだおれ!?)

カイは縮こまり、平謝りする。

「す、すみません。――――あ、じゃあ、あれですか。友だち的な……?」

「そんなもんでもねえよ」

レオンは酒瓶を弄びながら、そうだな、と言った。

「お前とおれがなんだったのか、それはおれにもわからねえ」

「……?」

「だが、無二の存在であったことは確かだ」

レオンはそう言うと、カイの手から小瓶を取り上げ、一息で残りの中身を飲み干した。

カイはしばらく呆然としていたが、レオンが空いた瓶を地面に投げ捨てる音を聞いて、我に返った。

(な、なんかよくわかんないけど、とりあえず超仲良かったってことだよね?)

(言い方的に、とりあえず、こういろいろヤッてた関係とかではなさそうだし)

(いやまだわかんないか……?)

やきもきしながらも、カイは皿に残っていた芋と肉を平らげた。

「うまかったあ。ありがとう、ごちそうさまでした」

膨れた腹をさすりながら礼を言うと、レオンは満足そうに鼻を鳴らした。

「同じもんあと三皿は平らげられるようになれ」

「はは、がんばります。――――ところで、レオンさんは、この小屋で寝泊まりしてるんですか?」

「ああ。毎日じゃねえが、お前が眠って、ここにきてから五年、拠点はここに置いてる」

カイはその答えを聞いて、いたたまれなくなった。


カイの寝床としている建物はかつて多くの霊学者が研究と修練のために通った霊堂跡だった。

『百年災嵐』によって半壊状態となってしまっているが、礼拝堂をはじめとして、使える部屋はまだいくつもあり、災嵐を乗り越えただけあってその部屋はどれも並みの雨風ではびくともしないほど頑丈な造りをしていた。

そのため三人は霊堂をカイの寝所として選んだのだ。

しかし霊堂の周囲は見渡す限りの草原だった。川が近いので水には困らず、食べられる野草や獣も多い、生活にそれほど苦は伴わない土地だが、周囲には町どころか民家のひとつもなかった。

カイはこのおよそ娯楽らしい娯楽のない場所で、眠る自分の世話をし続けることが、どれほど退屈で根気のいる仕事だったか、想像するだけで気が滅入った。

目が覚めた今、三人を自分の世話から一刻も早く解放してやることが、この五年間の報いになる。カイはそう考え、先ほどの決意をさらに固くした。

「どうした?」

「え?」

「……なに考えてる」

「いや、えっとその……。はやく、帰らなくちゃと思って」

「はあ?帰るって、どこにだよ」

「もとの世界に」

レオンは目を見開く。カイは空に瞬く星々をぼんやりと眺めながら続けた。

「いつまでもここにいるわけにはいきませんし」

レオンの顔に、深い悲しみが広がる。目の前で大切な人が殺されたかのように、悲しみは絶望に変わり、やがて怒りに燃え上がった。

カイはレオンの顔に現れた哀絶に気づかず、話し続ける。

「さんざんお世話になって、まだなにも返せていないのに、申し訳ないんですけど、でもやっぱり帰らなきゃいけないと思うんです。おれが長居した方が迷惑かかると思うし、なによりこの身体、はやく返してあげたいので」

「……身体を返す?どういう意味だよ」

レオンは血が滴るほど拳を握りしめ、己の内に沸いた怒りをどうにか抑え込み、聞いた。

カイは視線をレオンに向けて答えた。

「シェルに聞きました。この身体の持ち主の女の子は、わたしの世界でわたしの身体に入ってるって。自分はこの世界での役目を果たしたみたいですし、それならこの子に身体返してあげないと、って」

レオンは血にまみれた手でカイの肩を抱いた。そして低い声で言った。

「もとのとこには帰れねえよ」

「えっ?」

カイは狼狽する。自分の肩に滲むレオンの血にも気づかずに。

「なにか方法ないんですか?」

「ない」

「絶対ですか?探せばあったりしませんか?」

レオンは少し考える。

「……絶対とは、言いきれない。おれは学がない。お前がどういう術をかけられてそうなってるのかも、よくは知らない。あの二人なら、あるいはなにか知ってるかもしれないが――――まあまず教えねえだろうな」

「どうして……」

「決まってんだろ。お前にいてほしからだ」

レオンはカイの肩を抱く手に力をこめる。

「それはおれも同じだ。――――カイ。どこにもいくな」

真剣な、まるで愛の告白でもしているかのようなレオンの言葉に、カイは思わず赤面する。

「い、いや、でも、いつまでも面倒みててもらうわけには」

「お前のためにすることを面倒だと思ったことなんてねえよ」

「う……」

「気になるなら毎日もっと飯くってはやく人並みの身体にしろ。そしたらお前も仕事ができるようになるだろ」

「それはその通りなんですけど……」

カイは俯き、両手を握りしめる。

その手の震えに気づいたレオンは、深くため息をついた。

「……どうしてももとの世界に帰りたいのか。未練があんのか」

「い、いやあ、おれ自身どうしてもってわけじゃ……」

「じゃあなんでだよ。こっちに不満があんのか?言えよ。どうにかしてやる。望みがあんなら、なんだって叶えてやる」

カイはますます顔を赤くする。

(落とされる……)

(おいなんだよこのひと……)

(かっこよすぎるよ)

(惚れちゃうだろ……)

(落とそうとしてんのかおれを!?)

カイは赤面を気取られないようそっぽを向いた。

「ちがうんですよ、おれ自身がどうこうじゃなくて、やっぱその、この子がかわいそうだなって」

「……ラウラのことか」

「ラウラ?」

「お前の身体の――――もとの名前だ」

「ああ……ラウラさんって言うんですね」

カイはレオンに向き直った。

朝焼け色の湖面のような瞳を覗き込み、中に映る、自分を見つめる。

「いや、自分がいうのも変ですけどラウラさんってこの通り、めちゃくちゃ美少女じゃないですか。その、あっちの自分の身体は、だいぶかけ離れているというか、真逆というか……こっちではレオンさんたちが自分の世話してくれるからいいですけど、あっちでラウラさんの面倒みてくれるひとがいるとも思えませんし――――だからやっぱ、どうにか方法みつけて、返してあげたいです」

「そもそもお前を呼んだのはこっちの世界の連中だろ。気遣う必要ねえよ」

「あはは、まあそうなんですけどね。でも、ラウラさんだって、その厄災があるからってしぶしぶ自分と身体をいれかえたわけじゃないですか。本意ではなかったと思うんですよ。ラウラさんのご家族とかだって、本人に会いたいでしょうし、返すって選択肢があるなら、おれはそれを選びます」

「カイ……お前……」

「とかかっこつけて、その選択肢がまだわかんないんですけどね。シェルとアフィーから、どうにか聞き出してみます」

「カイ!お前はまた――――っ!」

二人の間を強い風が吹き抜け、レオンの言葉はかき消される。

カイは顔にかかった髪を払い、耳にかけながら聞き返す。

「なんて言いました?」

レオンは黙って、カイの肩から手を離す。

「――――方法が見つかるかはしらねえが、手が必要なら、いつでも貸す」

「本当ですか!心強いです、ありがとうございます!」

「代わりにおれも連れてけ」

「……はい?」

「お前がもとの世界に戻るなら、おれも一緒にいく」

「えーっと……それは……」

「お前が戻る方法と一緒に、おれがそっちにいく方法も探せ。それが手を貸す条件だ。いいな?」

(いやまったくよくないんですが!?)

しかしレオンは有無を言わさない強い口調で繰り返した。

「いいな?」

「は、はい」

カイは思わず頷いてしまう。

(正気かこの人……)

気づけば、星々の輝きは衰え、月の落とす影が伸びていた。

夜明けが、近い。

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