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弔宴(六)

「災嵐のあと……?」

「そうだよ!そのあとも人生は続くんだから」

カイはラウラの肩を抱き、アフィ―に笑いかけた。

「おれもラウラと同じ。この世界が好きだし、ここで生きてる人たち、なによりここにいるみんなのことが大好きで、めちゃくちゃ大切だ。だから災嵐は絶対どうにかする。約束は守る。そんでそのあとの人生は、好きなように、めいっぱい謳歌するんだ」

カイに笑顔を向けられて、アフィ―は思わず目を逸らし、うん、と頷いた。

「カイがそうするなら、わたしも、災嵐のために、がんばる。ぜんぶで。……だから、それが終わったら、やりたいこと、やる。……いっぱいあるから」

「やりたいことを……」

ラウラの心臓が大きく高鳴った。

それはまさに、青天の霹靂だった。

災嵐が去ったあとのことを、まったく考えてこなかったわけではない。

しかしその内容は、その後の社会機能が正常に働くか、霊術による影響が発生しないかなど、災嵐と地続きのものばかりだった。

自分自身がその後どうなるのか、どうしたいのか、まるで考えてはこなかったことに、ラウラはいまようやく気がついたのだった。

「わたしは、さいしょに、服を、完成させる。まだ、ぜんぜん、できてないから」

「服?」

カイは首をひねるが、アフィ―は答えず、ラウラに目配せする。

ラウラはアフィ―が、自分とカイのために刺繍の衣装を作る、と約束したことを思い出し、笑顔で頷いた。

「楽しみにしています」

「え、なに?服って?」

アフィ―はなんでもない、と言って、カイに質問を返した。

「カイは?終わったら、なにをする?」

「そうだなあ……」

カイはしばらく考えこんでから言った。

「とりあえず、宴会?」

それを聞いて、シェルティが小さく吹き出す。

「さっきあれだけやってまだ足りないのかい?」

「いやあ……実をいうとおれ、あんまああいう大人数の飲み会好きじゃないんだよね」

「ずいぶんはしゃいでいるように見えたけど」

「それはひさびさにみんなに会えたからで……あれでもいちおう気使ってたんだよ。レオンに言われたから、盛り上げなきゃって」

レオンは鼻を鳴らした。

「上出来だ」

「ならよかった」

相貌を崩すカイに、シェルティは白けた顔を向ける。

「ほんときみ、彼相手だと子どもみたいになるね」

「そ、そんなことねえよ。――――とにかくさ、おれ飲み会好きだけど、もっと身内だけのやつがいいの、ほんとは。だから災嵐おわったら、この五人やろうよ、宴会」

カイの提案に、シェルティは即答した。

「きみが望むならもちろん。野蛮人がいるのは気に食わないけど」

シェルティの一言に舌をうちながらも、レオンは賛同した。

「いちいちうるせえやつだな。――――おれはカイと酒が飲めるなら、なんでもいい」

アフィーは前のめりになって頷いた。

「わたしも、カイと、踊りたい」

ラウラは想像した。

五人での宴を。

焚火を囲み、酒を飲み交わし、好きなように歌い、踊る様子を。

「いいですね」

想像するだけで、笑みがこぼれた。

「きっとやりましょう!」

楽しいに違いないと、ラウラは思った。

「よし!言質とったからな!これ絶対約束だからな!災嵐が終わったら五人で宴会!それでそのあとは――――」 

カイはまたしばらく考え込んだが、情けなく笑って首をふった。

「――――はは、なんも思い浮かばないや。ラウラに言っといて、おれも、災嵐がおわったあとのこと、なんも考えてなかったわ。シェルはどう?」

シェルティは口もとに微笑を浮かべて、同じように首を振った。

ラウラははっとしてシェルティを見たが、シェルティは何も言うな、と目配せを返した。

カイの自由を守るために、自らの自由を捨て皇帝になる。

その決心を、シェルティはカイに明かす気はないようだった。

ラウラはその意思を尊重し、話題をレオンにふる。

「レオンさんはどうですか?災嵐が去ったあと、なにかやりたいことは?」

「しばらくは待つ」

「なにをですか?」

「ケタリングだ」

「……!」

「なぜケタリングがああなっちまったのか、おれは知らなくちゃならねえ。それにおれは――――あいつと数年暮らしてわかったが、ケタリングと生きるのが、性にあってんだ」

レオンはどこか寂し気に笑った。

「あいつの代わりを求めてるわけじゃねえ。ただ、おれは、ケタリングが空を飛ぶ姿をなにより美しいと思う。ケタリングの背に乗って空を駆けることより胸のすくことを知らない。だから、待つ。あいつがそうだったように、待ってりゃいずれ、迷いこんできたケタリングにどっかで巡り会える。あいつと同じように、そいつの名を呼んでやれるかはわからねえが――――」

レオンは舌を打ち、ついこぼしてしまった感傷を誤魔化した。

「とにかく、そういうことだ。災嵐が去った後、おれは山間のどっかに腰を据えて、ケトリングを待つ。――――どうだ、カイ。お前も一緒に来るか」

「え!いいの!?」

「災嵐が終われば、お役御免なんだろ」

「そうだけど……いいの?おれ邪魔じゃない?」

不安げなカイに、レオンは快活な笑いを返す。

「お前といると退屈しない」

「でも――――おれがいて、またケタリングになんかあったら――――」

「そんときはまた二人でどうにかすりゃいいだろ」

今度はもっとうまく、というレオンの言葉を受けて、カイは霧が晴れたように笑った。

「そうだな!」

「ちょっと、なに勝手に二人で決めてるんだい?」

「え、シェル、やだった?」

「カイ、冷静になって。こいつと二人暮らしなんてしたら、身体中の血が酒に変えられてしまうよ」

「そこはシェルにセーブしてもらうからだいじょうぶっしょ!」

「……うん?」

「だってシェルも一緒にくるだろ?」

「……」

シェルティは深くため息をつき、それから力の抜けた、けれど喜びの滲んだ声色で言った。

「本当にきみは……どうしようもないわがままだね」

「それはさ、お前が甘やかした結果だからさ」

「なぜ得意げなんだい?すこしは遠慮をみせたらどうかな」

「またまた、満更でもないくせに。ラウラとアフィ―も、暇だったら遊びに来てよ」

「行く」

アフィ―は即答する。

「わたしも、一緒に、暮らす」

「えっ、あっ、いや、一緒に暮らすのはさすがに――――」

「だめ?」

潤んだ瞳で、上目遣いで詰め寄られたカイは、しどろもどろになってしまう。

「だってさ、それはほら、男所帯だし、アフィーは女の子だから、よろしくないじゃん?いろいろ……」

「いろいろって、なに」

「それはいろいろだよ……いろいろ……」

「アフィー、カイさんを困らせちゃダメですよ」

助け船を出したのは、ラウラだった。

「私もアフィーも、技官としての仕事があるでしょう?山間で暮らすのは難しいですよ。いつでも遊びに行けるんですから――――」

やだ、とアフィーは子どものように駄々をこねた。

「じゃあ、技官、やめる」

「そういうわけには……。アフィ―、朝廷付きの技師になることはとても大変で名誉のあることなんですよ?お給金もいいですし……せっかくダルマチア家で修練を重ねたのに、その技術を生かさないなんて、もったいないですよ。それに、親御さんにも反対されるんじゃないですか?」

「平気。――――わたし、捨てられてるから」

アフィ―の発言に場が凍り付く。

しかしアフィ―はまるで気にせず、むしろふだんより饒舌になって続ける。

「西方霊堂に入るとき、もう帰ってくるなって言われた。だから、わたし、自由。どこにでも行ける。なんでもできる」

「帰ってくるなって……どうしてそんな……」

ラウラは躊躇いながら訊いたが、アフィ―は平然と答えた。

「わたし、外でできた子。お母さんが死んで、父親に引き取られたけど、父親は結婚してて、家の人はみんな、わたしがじゃまだった。だから、霊堂に入るとき、お前の帰るところはないって言われた。帰ってきても、もう家には入れないって。わたしはもう他人だって」

「そんな……」

アフィ―は瞳を揺らすラウラの鼻をつまんだ。

「悲しい顔」

「だって……」

「わたしは悲しくない」

アフィ―は笑った。

表情の変化に乏しい彼女が見せた、はじめての、満面の笑みだった。

「わたし、カイとラウラに会えた。だから、捨てられたのは、いいことだった。わたし、いまが、一番楽しい」

アフィ―はラウラの左手を手に取り、すこし浮いていた指輪を、きちんと根元まではめなおしてやった。

「だから、ラウラも、楽しくいてほしい」

「アフィ―……」

「災嵐がおわったら、しまった自分の気持ち、ちゃんと出して。もう二度と、しまわないで。からだの一番真ん中において、一番大事にして。好きな人と生きる未来は、きっと、楽しくて、幸せだから」

アフィ―はラウラの手を握ったまま、カイに顔を向けた。

「そうでしょ?」

「……うん」

カイはなぜか照れくさそうに頬をかき、そうだな、と言った。

「言いたいこと言って、やりたいことやらなくちゃな」

「うん。――――わたし、カイが好き。カイと一緒が、一番楽しい。カイとやりたいことが、たくさんある。……だから、わたしも、一緒に暮らす」

アフィ―はカイに、また満面の笑みを見せた。

「あ、う、うん」

カイは赤面を、緩んだ頬を手で覆い隠しながら、間の抜けた返事をした。

アフィ―は笑顔を緊張した面持ちに変え、おもむろに手袋を外した。 

それからレオンに向けてその手を、傷跡の深く残る手を向けた。

「アフィ―・ライカ。よろしく、お願いします」

レオンはその手を、鋭い目つきで凝視した。

そして躊躇いなく、力強い握手を返した。

「レオン・ウルフだ」

アフィ―は次にシェルティに頭を下げた。

「よろしく、お願いします」

シェルティは肩をすくめ、手を伸ばした。

「頭を下げる必要はない。カイと共にいたいんだろう?それならぼくとも、対等だ」

「……うん」

アフィ―は頷いて、シェルティとも握手を交わした。

「カイを、よろしく頼むよ」

シェルティの言葉にアフィ―はまた頷いた。

しかしカイは、その声色にかすかな違和感を覚えたようだった。

「シェル……?」

「うん?なんだい?おやつをとられた子供みたいな顔して」

「……そんな顔してねーよ」

シェルティがすぐいつも通りの笑顔に戻ったので、カイもまた、明るい調子をとりつくろう。

「絶対いつものダル絡みくると思ったからさ、調子狂ったんだよ」

「いつもの?」

「いやだから、なんかこう、おれのこといじって遊んでくんじゃん、いつも。流れ的に、そろそろくるなって、身構えてたってたから、拍子抜けだったっていうか……」

カイは尻すぼみに、言葉を濁らせていく。

シェルティははじめ、カイがなにを言おうとしているのかはかりかねている様子だったが、ふいに、ぽんと手を打って言った。

「カイ、きみ、ぼくにからかってほしかったの?」

「はあ!?なんでそうなんだよ」

「ほしがりさんだなあ」

「ほしがってねえ!」

シェルティはしたり顔で、芝居がかった調子をつけて言った。

「ぼくに嫉妬してほしかったんでしょ?」

「ああ、くそ、言わなきゃよかった……ばかだおれ……」

「残念だけどね、カイ。ぼくは彼女に嫉妬なんてしていないよ」

「ぜんぜん残念じゃないけど?ってか人の話聞いてる?聞く気ある?」

「ぼくは知っているからね。きみが世界中の誰よりぼくを愛しているってことを」

「会話が成り立たない……」

「うん。愛は一方的じゃ成り立たない。その点ぼくらは相思相愛。きちんと関係が成立している」

「してないよね?会話さえままなってないのにどっからくんだ?その自信は」

「きみがよそで恋人をつくっても、伴侶を得て子供をなしても、きみの一番はぼくさ。ぼくの一番がきみであるようにね。だからきみの未来の伴侶……になるかもしれない人が現れたと知っても、ぼくの心には波風ひとつたたなかった。ぼくの心を揺さぶるのは、カイ、きみだけ。きみ自身だけなんだよ、ぼくの心を動かすものは。きみの一言でぼくの心の泉は波立ち、透き通り、熱さえ帯びる。それが――――」

「なげえ!」

「――――そう、長いんだ。きみが放った小さな礫が残す波紋は、ぼくの中でそれは長く広がり続け――――」

「はいはいはいはい、わかったから!もうおわり!」

カイは手を叩いて、シェルティの長広舌を遮る。

「ちょっとでも心配したおれがばかだった!」

二人の間に挟まれるラウラは、くすくすと笑いをこぼした。

「カイさん、なんだが、殿下の戯れをあしらうのが上手になりましたね」

「この一年で鍛えられたよ……すげえ不本意だけど」

「そうだね。ぼくも負けてられないな。きみに飽きられないよう、腕を磨かなくちゃ」

「いらん!」

カイはそこでふと、アフィ―が自分に、もの言いたげな強い視線を送っていることに気付いた。

「アフィ―?」

「……」

アフィ―は何も言わず、すました顔で、並んで座るカイとラウラの間に割って入った。

そして二人の両手をしっかりと握りしめた。

「いいな」

「え?」

「わたしも、カイの、一番になりたい」

「アフィ―、さっきの間に受けたの?あれは冗談だから――――」

「いまは、わたしは、一番じゃない。でも、いつか、なりたい。……カイの一番に」

星明りにきらめく夜の泉のように、アフィ―の瞳は揺れていた。

カイはアフィ―から目を離せず、かといって言うべき言葉も見つからず、ただ赤くなった顔に曖昧な笑みを浮かべた。

「わたしも、ラウラと一緒に暮らしたい」

「え?私とですか?」

「うん。カイと、ラウラと殿下、たて穴でずっと一緒だった。うらやましい。わたしも、カイと、ラウラと、一緒に暮らしてみたい。一日中遊んで、ごはんも寝るのも一緒で、三人だけの、特別な思い出話が、できるようになりたい」

「わたしたちはたて穴で遊んでいたわけではないのですが……」

ラウラは苦笑したが、同時に胸が締め付けられていた。

不義の子で、家を追い出されたアフィーにとって、それがどんなに切実な願いだったか、ラウラは考えるだけで鼻の奥が痛くなった。

「わたしもアフィーさんと暮らしてみたいです。いえ、きっとやりましょう。災嵐が終わったら、カイさんと、みなさんと暮らしましょう。いっぱい遊んで、いっぱい楽しいことをしましょう」

ラウラはアフィ―と繋ぐ手に力をこめた。

アフィ―は大きく頷いて、楽しみ、と呟いた。

「……失礼」

そのやりとりを見ていたシェルティは、おもむろに立ち上がり、ラウラを抱き上げた。

「で、殿下っ!?」

ラウラは小さく悲鳴をあげる。

アフィ―とカイは突然のことに驚き、呆気にとられてしまう。

シェルティはラウラを抱えたままゆっくりと腰をおろした。

カイの、ひざの上に。

「おもっ!」

「カイ、女の子相手になんてこと言うんだい」

「ほぼお前の重さだよばか!なんでおれの上に座るんだよ!?」

「あの……殿下……降ろしてください……」

シェルティは二人の言葉を無視し、アフィーに話しかけた。

「いやしかし、きみみたいな子が現れるなんて、予想外だったよ」

「……?」

「ぼくはこれまで、特にきみたちが出会った霊堂では、カイに悪い虫がつかないように細心の注意をはらっていたんだ。愛人のようにつきまとって、わざわざ人前で彼を辱めたりして、よからぬことを考えている輩を遠ざけていたんだけど、きみには全く効果がなかったようだね」

シェルティはかすかに皮肉をにじませながら笑った。

しかしアフィ―はその意を介さず、首をかしげる。

代わりに反応したのはカイだった。

「おいそれなんの話だよ」

「カイ、きみは自分が思っているよりずっと人気者なんだよ。まあきみに近づこうと目論む輩は全員、きみの身体だけが目当てだけどね」

「は?!」

「みんなきみが……その膨大な霊力が欲しくてたまらないんだよ」

「あ、霊力ね……。焦った……」

「なにを焦ったんだい?」

シェルティは目を輝かせたが、カイはうるせえといって後頭部に頭突きをする。

「痛いなあ」

「紛らわしい言い方しやがって。その手には乗らねえぞ」

「いけず」

「腹立つ……!もうつっこまねえからな!」

シェルティは残念、と肩をすくめ、話を戻した。

「きみを狙う輩は、目的だけみればラプソと変わらない。私欲のためにきみを独占しようとしていた。きみを篭絡して、取り込もうとしていた。ただ霊堂や朝廷にいるような連中は立場あがる手前、無理強いはできない。きみ自身の意志で霊力を提供してもらわなくちゃいけない。――――例えば身内をきみの情人にして、そのまま娶らせてしまう、とかね」

「なるほど。……けどおれ、そこまで間抜けじゃないよ。そんくらいなら自分でなんとかできたよ。へんに言い寄ってくるやつなんか相手にしないって」

シェルティはあきれてため息をつく。

「きみ、ぼくとどういう出会い方をしたのか忘れたの?」

カイは笑顔を引きつらせ、なんだっけ?としらを切ろうとしたが、無駄だった。

「ぼくはよく覚えているよ。説明してあげようか」

「ちょっ、それは勘弁してくれ……!」

「ほら、やっぱり覚えてるんじゃない。ぼくはあれがあったから、きみは色事にめっぽう弱いことを知っていたから、きみの虫除けに徹するようになったんだよ」

シェルティはカイに深くもたれかかった。

「ぼくだって本当は、人前で君を辱めるようなことしたくなかったんだよ。褒めてほしいくらいだよ」

「え、じゃあなに、あのノリ、そういう理由だったの?おれのために――――そっか。ごめん気づかなくて。ありがとうな」

カイは感じ入ったように礼を言ったが、すぐに訂正した。

「――――待てよ、じゃあ人前だけでよかったよな、むしろ?」

カイの気づきを受けて、シェルティは吹き出しそうになるが、どうにか堪える。

「ラウラと三人でいる間も、シェルティずっとおれにああいうだる絡みしてきたよな?何なら二人のときでも全然おれで遊んでたよな?」

「遊んでないよ。本気だっていつも言ってるじゃないか」

「言ってることめちゃくちゃだぞお前」

「だからさ、ぼくは人前できみを辱めたくないだけで、きみを辱めること自体はまったく苦じゃないんだよ」

「おれは苦だよ!」

カイは顔を真っ赤にして叫ぶ。

「ちくしょー!けっきょくいつものじゃねえか!おれの感動を返せ!」

「あははは!」

シェルティは堰を切ったように笑い出す。

「こちらこそいつも最高の反応をありがとう。こんなにおもしろいものほかにないよ!あははは!」

「おもちゃ扱いしやがって……!」

「してないよ。してないけど、人前でこれをやるとさ、きみの反応を周りに見せてしまうことにもなるだろう?ぼくにはそれが耐えがたかったんだ。きみを辱めていいのはぼくだけだし、きみの反応を楽しむのもまたぼくだけでいいからね」

シェルティはぬいぐるみのように抱きかかえるラウラの頭にあごをのせ、でも、と付け加えた。

「ラウラ、きみならいいよ。きみならカイのどんな姿を見たっていい。一緒にカイで楽しもう」

「え、遠慮しておきます……」

「ラウラを巻き込むな!このどエス!腹黒!」

「きみの悪態はぼくにはご褒美でしかないよ」

シェルティはそう言ってまた笑い、すっかり置き去りにされたアフィ―に視線を向けた。

「そういうわけだからさ、きみがカイと暮らしたい、彼の伴侶になりたいっていうのなら、これからはぼくの代わりにきみがカイの虫除けをしなければいけないよ。きみは美しいし、威圧感があるからね。うってつけだ。――――でもどうだろう?きみにはすこし難しいかな?周囲を遠ざけると同時にカイを楽しませることが、きみにできるかな?」

「……できる」

アフィ―は冷え切った声で言うと、シェルティの肩をつかみ、カイの上からどかそうと力をこめた。

「なんのつもりだ?」

シェルティはカイの上にどうにか踏みとどまりながら言った。

「ぼくが頼んだのは虫除けだけだぞ」

アフィ―はさらに力をこめて返す。

「うん。だから、虫を、よけてる」

「……きみ、目が悪いのか?それとも頭か?」

「わたしは間違えてない。カイに言い寄るやつは、虫。だからあなたを、どかす」

「ふうん?ぼくを虫だって?」

二人の間に火花が散る。

腕と額に青筋を立てながら、二人は押し合いをはじめる。

「おれの上でやんなよ!」

カイの訴えに対し、シェルティとアフィ―は同時に答える。

「大丈夫、すぐ終わるから」

「すぐ、どかす」

二人は声が重なったことで互いに舌を打ち、青筋をさらに深くした。

「ほんとなにこれ?どういう流れで喧嘩はじまったの?ぜんぜんわかんなかったんだけど……アハハ……ウケる……二人ともおれのために争わないでくれ、なんつってな。……アハハハハ」

カイは半ば自棄になって笑った。

腰に回されていたシェルティの腕から解放されたラウラは、アフィ―の横に立ち、その袖を引いて仲裁を試みる。

「アフィ―、カイさんが辛そうですよ。それに殿下相手にその態度はいけませんよ」

「関係ない。私たち、対等だって、言ったのは殿下」

「その通り。ぼくときみは対等だ。年も立場も関係ない。だからぼくがきみになにひとつ譲らなくても、大人げないとは、言わせない」

「わかったからおれの上からどいてくれ……」

カイに再度嘆願されても、ふたりは姿勢を変えなかった。

カイは情けない声でレオンに助けを求める。

「レオン……」

「てめえで動きゃいいだろ」

「足が痺れて動かないんだよ」

「仕方ねえなあ」

レオンは鼻をならし、立ち上がると、シェルティとアフィ―の襟首をつかみあげる。

「頭冷やしてこい」

レオンは二人を小川に放り投げた。


バシャン!!


浅い小川に、派手な水飛沫があがる。

「なにをする……!」

全身濡れそぼった二人はレオンを激しく睨む。

「ガキども、いいことを教えてやる」

レオンは不敵に笑い返すと、足が痺れて動けないカイを脇に抱え、足を痛めているラウラを肩に担ぎあげた。


「こういうのはな、最後に手にしたやつのもんなんだよ」

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