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弔宴(二)



山と並んだ料理は一時間で半量まで減った。

その頃には宴も盛況を極め、身を寄せ合いすすり泣く女たちの声は、技官たちの笑い声にすっかりかき消されていた。

「まるで舞台の一幕!大一番だった!」

酔って顔を赤くしたヤクートは、乱暴にアフィ―の背を叩きながら言った。

アフィ―は不快そうに眉をしかめたが、特に反応は返さず、抱え込んだヘーゼルナッツと野イチゴのケーキを黙々と頬張り続けた。

ヤクートはアフィ―の肩に肘を乗せ、自慢げに妹弟子の功績を讃える。

「カイが飛ばされた!と思ったときにはもうアフィ―は動いてたからなあ!しかもオーガンジーで受け止めた!オーガンジーだぞ?あんな薄布で大の男を受け止めたんだぞ?そんなことできるやつ技師団の本隊にだっていないよ」

ごほん!

離れた席で、年かさの技官がわざとらしく咳払いする。

ヤクートは冷や水をかけられたように顔色を変え、その場に縮こまり、上ずった声で取り繕った。

「ま、まあだからといって、上官の指示なく動いたのは、技師団員としてあるまじき行為だ。あのときカイを救うための用意は別にちゃんとあったんだから、アフィ―の単独行動はむしろその邪魔をしたわけで――――」

ヤクートは声を潜めて、さらに付け足す。

「とはいえ、結果的に救ったのはアフィーなんだから、やっぱ称賛されて然るべきだけど」

丙級の面々は頷きあい、アフィ―に盃を掲げた。

「丙級からこんな技師が出るなんて誰が想像した?」

「今回の任は公にならないけど、いつか偉業を成し遂げて、皇帝の手元に呼ばれるかもな!」

「そうなればダルマチア家としても鼻が高いよ。子弟から皇帝直属の霊師が出るなんてはじめてのことだ」

「アフィ―様!どうか出世しておれらも引き上げてくれ!」

煩わしそうなアフィ―をよそに、ヤクートらは乾杯をした。

浮かれきった彼らに対して、年かさの技官はまた白い眼を向け、咳ばらいをする。

しかし今度のものは彼ら笑い声にかき消されてしまった。

「再現しよう!」

ヤクートと仲の良い、双子の兄弟、ベルナールとバーナードが立ちあがる。

兄のベルナールが弟のバーナードを抱き上げ、カイ救出の一幕を演じて見せる。

「いいぞー!」

周囲は歓声をあげ、囃し立てる。

「おい膝が伸びてるぞ!」

「役者が悪い、それじゃ喜劇だ」

「汚い見世物だな」

「ひっこめ!」

お調子者の双子は野次で盛り上がる場に気をよくし、それぞれ誇張したカイとアフィ―のものまねを始める。

「『アフィ―、君の細腕がおれのせいで折れたらことだ。どうか下ろしてくれ』」

「『……だめ』」

「『重いだろう?』」

「『重くない』」

「『おかしいな?僕の身体は、君への想いで大地に足が沈むほど重くなっているはずだけど』」

「『……嬉しい。でも、それを聞いたら、よけいに下ろせない。それだけの想いを、やすやすと手放すわけにはいかない』」

「『アフィ―……』」

「『カイ……』」

喝采が起こる。

ヒューヒューという口笛と笑い声が、宴席を支配する。

年かさの技官は耐えきれないといった表情で、腰を浮かした。

「いい加減にしろよお前ら!」

しかし彼が口を開くより先に、カイが若者たちの輪に入った。

出鼻を挫かれた年かさの技官は、悔しそうに歯噛みした。

調子に乗った下っ端を怒鳴りつけるつもりだったが、彼らと同窓であるカイ、渡来大使が混ざってはそうもいかない。

年かさの技官は浮かせた腰を再び下ろし、席をともにする他の技官たちと顔をよせ、不満をこぼしあった。

カイとヤクート、双子といったもと丙級の面々は、自分たちが他の技官の神経を逆なでしているとは気づきもせず、仲間内だけで盛り上がり続けた。

「おれまじでアフィ―いなきゃ死ぬとこだったんだぞ!?それをおちょくりやがって!」

「おちょくってねえよ!感動を分かち合ってただけだよ!」

「あんだけ盛ってよく言うわ!台詞いっこもあってねえし、ってかあんな見つめあってねえし!顔も近すぎだろ!」

「いや見つめあってた」

「顔はもっと近かった」

双子に真顔で反論されたので、カイは頬を引きつらせながらアフィ―に笑いかける。

「そんなことないよなあ、アフィ―?」

カイに声をかけられて、アフィ―はそれまで大事に抱えこんでいたケーキを躊躇なく手放し、立ち上がった。

「うん、全然、違う」

「だよな?聞いたか?酔っ払いども!おれだけならいいけど、アフィ―のことイジるのはやめ――――あっ!?」

言い終わらぬうちに、アフィ―はオーガンジーでカイを抱き上げた。

そして鼻先が触れそうなくらい顔を近づけ、囁く。

「本当は、こう、だった」

カイは突然のことに固まってしまう。

級友たちは歓声をあげ、口笛を鳴らし、囃し立てる。

「アフィ―さん?あの、お、下ろして……?」

「だめ」

「えっ」

「これは、再現。あのときも、すぐ下ろさなかったから、まだだめ」

アフィ―の言葉に、周囲は増長し、そうだそうだ!とさらに大きく囃し立てる。

「あいつらに乗っかることないんだよ?」

「カイは、私に抱かれるの、嫌?」

「い、嫌っていうか――――」

カイはしどろもどろになりながらも、どうにかアフィ―を説き伏せようとする。

「あのときは緊急事態だったけど、みんながいる前でお姫様だっこされるのはふつうに恥ずかしいよ。みんなに会うのひさびさなのに、アフィーに……年下の女の子に抱えられてるとこ見られるって、ちょっとかっこつかないっていうか……」

「カイは、かっこいい」

アフィ―はカイに顔を寄せた。

「恥ずかしがらなくていい。わたしは、年下だけど、もう大人だから。小さい女の子じゃないから、カイを抱いても、なにもおかしくない」

カイはうっと息を飲む。

間近で見るアフィ―の顔は、一年半前の、カイの記憶にあるアフィ―よりずっと大人びていた。

切れ長の目も、通った鼻筋も、成長と共により美しく形を変えている。

身体は相変わらず中性的で細いままだが、胸や腿は以前に比べると肉付きが良くなっている。

アフィ―は自分で言うように、中性的な少女から大人の女性へと成熟をはじめていた。

カイはそんなアフィ―に迫られて、耐えきれずに大きく顔を逸らした。

「お、大人なら、なおさらだめだろ……」

「……」

アフィ―はカイをオーガンジーから下ろした。

それから手袋を外して、素手でカイの両手をつかんだ。

「アフィ―……?」

「うん」

「いやうんじゃなくて……この手はなにかな?」

アフィ―は指を絡ませながら答える。

「カイ、わたしの手、触られるの、好きって言った」

「え!?」

周囲にどよめきが広がる。

カイは慌てて否定する。

「ちょ、ま、違う!いや確かに言ったけど、へんな意味じゃ――――ひゃあっ!?」

カイは言葉の途中で、裏返った悲鳴をあげる。

アフィ―に、突然首筋を撫でられたのだ。

「舐められるのと、どっちが気持ちいい?」

「おまっ……!」

アフィ―はカイの飼い犬の舌と自分の手を比較して訊いたのだが、経緯を知らない級友たちは大騒ぎになる。

「そんだけ初心な反応しておいて、やることはやってたってことか!?」

「やってない!!誤解!!」

「またまたあ」

カイは顔を真っ赤にして、頑なに否定するが、級友たちは聞く耳を持たない。

「殿下がいるのに、よく割り込めたな、アフィ―」

「さすがに命の恩人の恋慕は無下にしなかったか」

「おれはいつかやると思ってたよ。容姿だけなら遜色ないし」

「本当に大変なのはこれからだろ。殿下と張り合っていかなきゃいけないんだから」

「器量だけじゃなくて、知識も豊富で話も料理もうまいしなあ」

ヤクートは声を潜める。

「夜の技巧だって、並大抵のものじゃないだろうしな」

「おまっ……!?」

カイは絶句する。

「飲みすぎだ、ばか」

「さすがに不敬すぎる」

級友たちもさすがにヤクートを戒める。

「本人の前では言わねえよ。とにかく、おれたちはアフィ―を応援してるから。――――さっきの話だけど、皇帝直下の技官なら、大使閣下の伴侶として申し分ないと思うんだよ。逆に殿下は、ラサとして子孫を残さなきゃいけないだろ?だからいずれは女性の伴侶を娶らなきゃいけないはずだ。だから――――わかるな?アフィ―」

アフィ―は酔った師兄の言葉に、真剣な顔で頷く。

「うん。技を磨く。功績をあげる。立身出世を果たす。それから――――」

アフィ―はカイの手を自分の頬に押し当て、目を細める。

「――――わたしもカイの手、好き」

カイは肩を震わせ、アフィ―の頬から手を引くと、そのままよろよろと膝をついた。

「い、いやいや……手な……?手の感触の話な……?」

ヤクートはカイの真っ赤に染まった顔を覗き込み、級友たちに目配せする。

だめだこりゃ、と。

「やることやっといていまだにこの反応なの?」

カイは顔の赤らみを誤魔化すように酒を煽る。

「だからなんもしてないんだって!っていうか、なんか変な方向に話いってるけど、アフィ―、こいつらのわけわかんねえノリに無理して付き合うことないんだからな?こいつらおれをからかってるだけだから……」

「無理してない」

「う……ぐ……まさかアフィ―までおれで遊んでる?非モテオタクにはその手のからかいが一番効くんでまじ勘弁してほしいんだが……」

カイは顔を強くこすり、また酒を煽った。

級友たちは信じられない、と軽く狼狽する。

「本当になにもしてないのか?」

「というか、アフィ―の気持ちにも気づいてないんじゃないか、こいつ」

「ここまできて?未だに!?」

「いや薄々気づいてはいるんじゃないか?照れてるだけで」

「初心すぎるだろ」

「もう二十歳過ぎてるのに」

「カイのいた世界ではあれでふつうなんだってよ」

「なんだそれ、誰から聞いたんだよ」

「カイに決まってるだろ」

一同は沈黙し、哀れみの視線をカイに向ける。

「ほ、本当だから!ここみたいに十代で結婚すんのが当たり前、みたいなかんじじゃないから!!」

「でも恋愛交際は同じようにあるんだろ?」

「……まあ」

「……」

「……」

「カイお前、恋愛経験は……」

「……」

カイは酒瓶を手にし、椀に注ぐこともなく直接喉に流しこんだ。

およそ一合分ほどの酒をいっぺんに飲み干すと、いきり立った。

「ちくしょう!ばか!久々に会ったと思ったらイジリ倒しやがって!一年半ぶりなんだぞ!?もうちょっとほかになんかあるだろ!!」

ところがカイの訴えに、ヤクートたちは一丸となって意義を唱える。

「お前にそれ言う資格ないからな!?」

「そうだそうだ!正直これ憂さ晴らしだからな!」

「甘んじて受け入れろ!」

思わぬ反撃に、カイはぽかんと口を開ける。

級友たちは怒っていた。

カイがなにも言わず、西方霊堂を去ったことを。

「なんだよ、もうちょっとで修了だったのに、急にいなくなって」

「心配したんだぜ。丙級以外のやつらにはさんざんな噂されてるし、事故で死んだなんて話もあったくらいなんだからな」

「今回の任務ではじめてお前の生死知ったんだからな、おれら」

「……そっか」

カイはしおらしく呟いた。

「みんな、心配してくれてたんだ」

級友たちは声を揃える。

「当り前じゃないですか!」

カイは思わず涙ぐみ、俯いた。

「ご、ごめん。……ありがとう」

級友たちはそれを見て、やれやれと笑いあった。

「まあ、変わりなくてよかったよ」

「嫌な噂ばっかり流れてたからな、ほんと」

「うんうん。宿舎の事故も、カイが気に入らないやつを絞めたから、なんて話になってたけど、そんなはずないだろって、おれら信じてたからな」

「カイはそんなことしねえもんな」

「お前ら……」

カイは目元を拭い、顔をあげた。

「信じてくれて、嬉しいよ……!」

「そりゃあもちろん!アフィ―にこれだけたじろいでるやつが、あのきついご令嬢たちの相手なんかできるわけないもんな!」

「――――うん?」

「手どころか文句のひとつだって言えねえだろ」

「――――おい」

「気に入った女を手籠めにしようとして失敗して癇癪を起した、なんて噂もあったな」

「ハハハ!あれは傑作だった!」

「今思い出しても笑えるな」

「――――てめえら」

カイはまた涙目になって叫ぶ。

「おれの感動を返せ!馬鹿やろうども!!」

ヤクートはまあまあ、と笑って、カイに盃を手渡した。

「まあともかく再会できて何よりだろ。改めて乾杯しよう!我らの再会を祝して!」

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