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幕開


土砂崩れの跡地のような、干からびた倒木と岩石が積み重なる開けた窪地で、カイとレオンはケタリングを呼び出していた。

正確には、呼び出そうと苦心していた。

カイは自身の身の丈より大きい、直系二メートルはある巨大な光球をつくり、頭上高くに浮かび上がらせる。

光球にはりついた黒い硝子片はほとんど光に埋もれ、姿が見えない。

光は強く、窪地から出るほどの高さまであげられてなお、周囲の薄闇を払いのけ、昼間のように一帯を照らした。

「ふんっ!」

カイは両手を光球に掲げ、霊力を調整する。

「はあっ!」

光球は揺らめきながら、その大きさや光の強さを変える。

ややあって、どうにか光球を硝子片が見える程度に縮小させると、カイはレオンに教わった通りの方角に向けて、光を点滅させた。

「どうだっ!」

カイは唸りながら何度も点滅を繰り返したが、ケタリングは一向にやってこない。

「なんでだ……?小さくしすぎたかな?」

悔しそうにぼやくカイの頭を、レオンが叩く。

「ばーか。十分だよ」

「じゃあ、光がたんないか?」

「おれが作るのはお前のよりはるかに小さいだろうがよ。たんに点滅が曖昧であいつの名前になってないだけだ」

レオンはカイの肩に肘を乗せ、挑発する。

「うまく呼び出せたら背に乗るのを手伝ってやってもいいと思ったが、この分じゃダメそうだな。明日になっちまう」

「えっ!?まじ!?いやそれ聞いたら超やる気でてきた、待って、次こそうまくいく!」

カイはそう言って、再び手元に集中するが、結果は変わらない。

「ちくしょう!なんでだ!」

レオンは陽気に笑った。

「はっ、不器用なやつだな。この分じゃ一年はかかっちまう」

「うう……ばかにして……。見てろよ、絶対呼んでやるからな。呼べるまでおれやめないからな。レオンもずっとここにいてもらうからな」

「じゃあここに家建てねえとな」

「それは煽りすぎだから!」

「そうだね。調子に乗りすぎだ」

狼狗から降りたシェルティは、二人の間に割って入り、浮かべた笑顔とまるでそぐわない冷たい口調で言った。

「カイ、きみわかってる?ぼくらは明日ここを発つんだよ」

「シェルおまえいつの間に……」

「少し前からいたよ。――――会話に夢中で全然気づいてなかったみたいだけど」

レオンは舌打ちをしてシェルティと距離をとる。

「気づいてたにきまってんだろ。無視してたんだよ」

「お前には聞いてない」

「あ?」

二人の間に険悪な空気が流れる。

カイは呆れて苦笑いする。

「ほんと仲悪いなあ。ごはんのときも二人だけいつもピリピリして、全然仲よくなんないんだもんな。ラサとウルフでいろいろ確執があるのはわかるけどさ、ふたりともその立場を半ば捨ててるようなもんなんだから、似た者同士ってことで、仲良くできない?」

カイの提案を、シェルティとレオンは同時に一蹴する。

「無理だね」

「必要ねえ」

ふたりはまた睨み合う。

シェルティはレオンが腕をのせていたカイの肩をこすりながら言った。

「まったく、ベタベタと無遠慮に……。立場を抜きにしても、この野蛮な酒狂いとは仲良くなれる気がしないよ」

「ベタベタしてんのはてめえだろ。母親のつもりか?」

レオンの言葉に思わずカイは吹きだす。

「……カイ?」

シェルティは目の据わった笑顔で、カイの耳に指を突き刺した。

「ぎゃっ!」

カイは飛び上がる。

「ごめんごめん!謝るからやめて!くすぐったい!あと顔が怖い!」

「まったく……」

シェルティは指を離すと、レオンをまた睨み付けた。

「母親面した覚えはないな。べたべたしてるように見えるのは、お前みたいな野蛮な輩を遠ざけるためさ」

「いやおれをおちょくって楽しんでるってのもあるだろ」

カイは小声で呟いたが、シェルティがまた耳に指を向けたので、すぐさま閉口して首を振った。

「遠ざける?そんな役目、いらねえだろ。なあ、カイ、お前、自分の身は自分で守れるだろ」

カイは頷いた。が、すぐにこうも言った。

「でもシェルに助けられてることもいっぱいあるから、シェルはやっぱいてくれなきゃダメだな」

「カイ……」

シェルティは破顔し、得意げな顔でレオンに言った。

「聞いたか?野蛮人、ぼくらは――――」

カイはシェルティの言葉を遮って、でも、と言った。

「シェル、レオンに対しては、ちょっとやりすぎだろ。レオンはすごいやつだ。おれは尊敬してるし、お前だって内心一目置いてるんだから、もっと敬意示すべきだろ」

「……」

図星をつかれたシェルティは、レオンから目を逸らす。

レオンもまたそっぽを向き、乱暴に頭を搔いた。

「もういい。集中しろ。ほんとに明日になっちまうぞ」

「うん!」

カイは威勢よく返事をすると、また手元に集中した。

後方で、狗狼を労いながら三人を見守っていたラウラは、ほっと息をついた。

(カイさんはみんなに慕われるなあ)

(でもたぶんそれは、カイさんがみんなを慕っているからなんだろうな)

ラウラはそこで、数日前、酔いから冷めたカイの目に浮かんだ涙を思い出した。

(……あっちの世界でも、きっとそうだったんだろうな)

(大切な人が、たくさんいたんだろうな)

カイからその人たちを奪い、その人たちからまたカイを奪った。

ラウラはこの世界を守るために自分たちがカイに負わせたものを再認識し、胸を痛めた。

(カイさんが、ふたんあまりにも表に出さないから、忘れかけてた)

ラウラは夢中になってケタリングを呼び出そうとするカイを見つめ、決意する。

(せめて、災嵐が終わったら、その先は、自由になってもらおう)

(好きな人と、好きなことをして生きる。そういう人生を、カイさんにあげよう)

ラウラは狼狗を伴って、カイの隣に立った。

カイのつくる点滅は、日がほとんど落ちたせいもあるが、ラウラの目にもはっきりと読み取ることができるほどになっていた。

「――――きた」

レオンが呟くと同時に、山陰から鳥の群れが飛び立ち、次いでケタリングが姿を現した。

「ほんとに呼べるとはな。……よくやった」

レオンはそう言って、カイの背を叩いた。

「まじ!?やった!?きた!?」

カイは歓喜のこもった、震える声で言った。

ケタリングは夕焼けの名残が残る赤黒い空を背に、巨大な影としてカイ達の元へ向かってくる。

「もう降ろしていいぞ」

レオンに言われ、カイは光球を消した。

張り付いていた黒い硝子片は、砂塵と化し、煙のように消える。


「――――え?」


その瞬間だった。

地上から強烈な光が立ち上り、ケタリングを貫いた。


「なんだあれ……」

ケタリングの全身を包んでいた影が消え去り、その全身が暮れの空に鮮明に浮かび上がる。

「っ!?」

光にあてられたケタリングは、そのまま押しつぶされるように地上に落下していく。

ドォオオオッ!

ケタリングの姿は森林に消える 。

轟音が響き、大地が揺れる。

光は消え、土煙が立ち昇る。

「な、なにが――――」

続けて狼狗が激しく吼え立てはじめる。

狼狗はケタリングの消えた方角ではなく、冬営地のある下方へ向かって吼えている。

「――――煙だ」

舌を打って、レオンが言う。

「下からだ」

「煙?どこに?」

「見えねえが、臭う。冬営地からだ」

「あれは捕縛霊術の光でした」

ラウラはなおも吠え立て続ける狼狗を宥めながら言った。

「ケタリングの捕縛霊術を扱えるのは朝廷の技師団だけです。なぜいま、師団がここに――――」

「理由は後だ」

レオンの視線を受けて、カイははっとする。

「行こう」

カイはケタリングの消えた方向へ駆け出そうとする。

レオンはその腕をつかんで止める。

「待て。そっちはおれがいく。お前らは下に行け」

「でも……」

「下で何があったかはわからねえが、あっちにはいま戦力がほとんどねえんだ。いってやれ」

レオンはそういうや否や、狼狗に跨った。

「飛んで戻れるだろ。こいつはもらってくぞ」

「待て。――――ぼくも行く」

シェルティはレオンの返事を待たず、後ろに跨った。

「……どういうつもりだ」

「ラウラだけのほうがカイは早く飛べる。それにあの捕縛霊術が師団のものなら、僕の口添えですぐ解放できるかもしれない。――――カイ、ラウラ、そういうわけだから、下は任せたよ」

ラウラは頷いて、カイの手を握った。

カイは不安を顔いっぱいに浮かべたが、しかし口にはせず、頷いた。

「……落ちんなよ」

レオンはそれだけ言うと、狼狗を駆った。

「気を付けて!」

カイは遠ざかる二人に手を振る。

「二人も!」

シェルティは振り返って答えた。

レオンも、振り返ることはなかったが、片手をあげてカイに答えた。

カイはラウラに手を差し伸べる。

「おれたちも行こう」

「はい」

二人は固く手を取り合い、飛翔した。

かすかな明かりと、火の手が見える、ラプソの冬営地へ向かって。




かくして、長い一夜は幕を開けた。

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