最後の記憶
三渡カイは見知らぬ場所で目を覚ました。
視界はぼやけていたが、寝台があまりにも広く、また天井に見覚えもなかったので、すぐにここが見知った寝室ではないことに気がついた。
(――――え?ここ、どこ?)
起き上がろうとするが、身体に力が入らない。
(どゆこと……?)
自分の現状をなにひとつつかむことができず、カイは困惑する。
(どうなってんだ?)
(おれは、死んだんじゃなかったのか?)
カイは目覚める前の記憶をたどろうとするが、うまくいかない。
視界と同じように、頭はもやがかかったようにぼやけている。
ただひとつはっきしりしているのは、自分は死んだはず、ということだけだった。
(おれ、生きてる)
(なんで)
(おれ、死んだよな?)
(死んだはずだよな?)
身体はだるく、動かすこともできないが、感覚はある。
滑らかなシーツは肌に心地よく、鼻孔を花の香りがくすぐる。
自分の息遣いも聞き取ることができる。
カイは深く息を吸いこみ、そして呼吸をとめる。
(なんで生きてるんだ、おれ?)
浮かんだ疑問の意味合いは、先ほどとは異なる。
(おれは死ななきゃいけなかったのに)
そう思った途端に、カイの内臓は縮みあがる。
息ができなくなり、頭が痺れ、身体が内側から冷えていく。
カイは絶望する。
(おれは、世界を救わなかったんだから)
その頬を涙が伝う。
口から、嗚咽が漏れる。
けれどその瞬間、カイの視界は暗やみに飲まる。
誰かの手のひらが、カイのまぶたを閉じたのだ。
「きみはなにも悪くない」
やさしい声が、カイの耳に届いた。
「だいじょうぶ。もう、なにも、悲しまなくて、いい」
手のひらから伝わるぬくもりがカイの全身を包む。
「もうなにも、背負う必要はねえ」
耳ではなく、頭の中に直接響く声もある。
『これからは、あなたのための人生です』
『使命も、義務も、約束も、なにもありません』
『好きな人と、好きなことをして生きてください』
『幸せになってください』
『今度こそ。あなた自身のためだけに――――』
カイは再び眠りに落ちる。
そして次に目が覚めたとき、カイは、この世界にきてからの、すべての記憶を失っていた。