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白鬼夜行  作者: 飴村玉井
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「おそれ」を知らぬ子供たち

 露水さんは決して悪い子じゃないんだけど一部の人間にとってこの上なく目障りらしい。翌日、彼女が登校してくると上履き(露水さんは自前のスニーカーを使っているので無意味なのだが)がボロボロに裂かれた状態で下駄箱の中に鎮座していた、らしい。伝聞調なのは私が直接現場を見たわけじゃないからである。

 他にも教科書をラクガキまみれにされたり、私物を壊されたりとその日の彼女はさんざんな様子だった。露水さんがそんな目に遭う理由は正直、なんとなく想像がつく。犯人が誰なのかも。


「あの、露水さん、大丈夫……? よかったら先生に言おうか?」

「え? 別にいいよこんなん。気にしてないし。どうせヨシカズ目当てのモブ女どもの嫌がらせじゃん?」

「あ、やっぱり気付いてたんだ……」

「そりゃあね。悪意ダダ漏れ、殺気ヤバいし、ついでに言うとあたしのこの眼はちょっとばかり特別製なもんで。あんな剥き出しの敵意、バレない方がおかしいっしょ」


 ニヤニヤと口角を釣り上げて嘲笑する彼女は全然へこたれた様子がなかった。とても強がりには見えない。本気で橋下はししたさん達のことを小馬鹿にしている。普通、いじめなんかに遭ったらどんなに心の強い人でもさすがにきついだろうに、露水さんにとっては子供のささいなイタズラ程度にしか感じてないのだ。

 ……一体、どんな経験を積んだらここまで図太くなるんだろう。


「ちょうどいいや、里奈子、このクラスの上下関係をサラッとでいいから教えてくれる? 死ぬほどやることない時にでもカタつけてくるわ」

「そんな暇つぶしに復讐するみたいな……まあいいけど。女子のグループは3つくらいに分かれてて、1番大きいのが橋下さんの派閥ね。ほら、あの窓際でゲラゲラ笑ってる子」


 女子中学生にしては発育が良く顔もそこそこかわいい橋下さんは、先日まではクラスのアイドルみたいな立ち位置だった。わざわざ毎朝セットしているらしい髪の毛はくるくるロング、制服のスカートもうんと短くしているし、ああいうのをギャルっていうんだろう。取り巻きの女子も似たような雰囲気で、彼女達の一派は遠目からでもよく目立つ。

 ノリが良くて明るいと言えば聞こえはいいが単に騒がしく、おおらかと言うより大雑把で気が利かないタイプの橋下さんは確かヨシカズくんに気があるみたいなことをチラッと耳にした気がする。見た目の割に優等生タイプのヨシカズくんとは色んな意味で正反対なので、どうせ告白したところであっさりフられるだろうとはクラスのみんなが思っていることだ。

 で、転校早々行われたえげつないいじめの主犯があの子の派閥であるとは、全員が薄々気付いている。取り巻き達はともかく、私や他の人間にしてみれば中学生にもなって馬鹿なことするなあ、というのが正直な感想だった。

 いじめなんかするような性格の悪い子にヨシカズくんが靡くわけないし、ていうかそのヨシカズくんは露水さんがいじめの被害に遭っているのを見かけた瞬間、笑い死にしそうなくらい大爆笑していた。親戚なんじゃなかったの?


「へえ。あたしが言えたことじゃないけど性根腐ってんなあ。あたしがマスコミに証拠つきでタレコミ入れないとでも思ってんのかな」

「えっぐい報復の仕方するなあ……それ、下手したらネットに橋下さん達の顔とか名前出ちゃったりしない?」

「いやまあ、あのクソガキ程度なら社会的・精神的に殺す方法なんて500通りくらいはすぐ思いつくけど、やらないよ! さすがに同い年にそこまで徹底する気にはなれんし……」

「する気になったらやるんだ……それでどうするの? 露水さん、やられっぱなしでいるような性格じゃないじゃん」

「昨日会ったばかりなのに、あたしのことよく分かってんね。なんかそういうスキル持ち?」

「うーん……勘?」


 そっか勘かー、とかなんとか呟きながら露水さんはおそろしく綺麗な笑顔を橋下さん達に向けていた。途端、虐める側のくせに彼女ときたらビクッと肩を震わせている。ああいう人種は意外と嫌がらせに向いてないのだ。

 報復や意趣返しされるのを承知で、相手を良心の呵責なく徹底的にぶちのめせるのがヨシカズくんや露水さんだとしたら、橋下さんはせいぜい安全圏から小石をぶつけるくらいしかできない。小物っていうか、みみっちいというか。そもそも悪意や敵意をぶつけたりぶつけられたりするのに慣れてないんだろう、荒事に馴れきった女子中学生なんてものの方がレアだが。


「まあいいや。相手も分かったし、面倒くさくなったら潰すからそれまで放置。釘刺しといたからしばらくは大人しくしてるでしょ……仕事の邪魔されても困るし」

「むしろなんで露水さんはそんなサラッとメンチ切れるの。え? 本職の人?」

「失礼な。まあカタギかって言われると怪しいけど……」


 ごにょごにょ言う彼女は昼休みが終わった途端、昨日のように午後イチの授業をサボるようだ。勉強が嫌いなんじゃないらしいが、大人しく真面目に授業を受けるのは自分のキャラじゃないとかなんとか言っていた。最初こそ露水さんに出席しろと小うるさく叱りつけていたヨシカズくんも既に諦めの境地にいた。あの手この手で抜け出すので、言っても無駄だと悟ったんだろう。

 担任の星野先生と入れ違いに出ていった細いシルエットが廊下の向こうに消える。先生はそもそも露水さんに何か言える立場にないらしく(教師より強い立場の生徒ってなんだよ)、かわいそうにため息をつく有様だった。あんなんでも成績は良く、前の学校では学年上位だったというのだから、世の中ってやつは本当に理不尽だ。

 そして放課後。長い一日がやっと終わり、ほとんどの生徒は委員会や部活動や学習塾に行くため準備している。私はというと普通に帰宅する側だった。光中は部活強制だが、活動実績のないクラブの幽霊部員になれば真っ直ぐ家に帰れる。所属しているのは校内でも特に不人気の同好会、オカルト研究部だった。


「やっほー! 里奈子っ、あんたオカ研なんだってえ? ちょうどいいや、案内してよ」

「ゲッ、露水さん……どこで聞いたのそれ」

「え? 普通にこのクラスにオカ研所属の人はいますかー、ってせんせーに。ダメだった?」

「ダメじゃないけど……私、幽霊部員だからあんまり顔出したことないし、部長に取り次ぐからその人に色々聞いてよ」

「え、めんどくさい。いいから来い」

「ええー!? 私もう家帰りたいんだけどー!」

「後で帰してあげっから! オラッ、いーから着いてきな!」


 まだ教室に残っていたクラスメイトから十字を切られる。いや勝手に殺すな、ていうか見てないで助けてほしいんだけど!

 そんな露水さんの無茶ぶりによって無理やり連れて行かされたのは別棟にある社会科準備室である。この学校には生徒が普段授業を受ける4階建ての本校舎の他に、渡り廊下で繋がる特別棟がある。生徒数がうんと少なかった頃はこっちが本校舎だったので、通称・旧校舎ともいう。

 特別棟には授業で使う道具や教材をしまっておく準備室や文化部の部室ばかりが入っていて、オカ研はこのうち社会科準備室を間借りしていた。同好会なので専用の部室がないせいだ。何に使うんだか分からない縄文土器や土偶のレプリカ、世界地図などがキャビネットに置かれた6畳ほどの部屋の真ん中に机が3つ。部長、副部長、そして私用である。


「わー、久しぶりじゃんナベちゃん! もっと遊びに来てくれてもいいのにい」

「お久しぶりです、副部長。……部長は? それと私はナベちゃんじゃなくて真壁です」

「相変わらずかったいなぁ、もう。カンちゃんなら居ないよ。今日は家族で外食するから帰るつってさっさと教室出よったわ」


 部長こと高山幹太は昨年幼なじみと共にオカルト研究部を立ち上げた生徒だ。突然コックリさんをやってみたり、悪魔祓いとか言ってその辺にジョウロで水を撒き散らすような変人だが、まあ悪い人じゃない。野球少年っぽい外見に反して運動オンチだという。

 そして目の前の少女──凪遊穣なぎゆうみのりさんこそ、オカ研立ち上げにおける主犯だ。部長はこの子に巻き込まれただけにすぎず(見事に影響されてオカルト好きになってしまったみたいだが)、副部長の彼女がこの同好会の黒幕である。幼少の砌より、気合いの入ったオカルトマニアらしく、祓詞はらえことばだろうがソロモン72柱だろうがスラスラ諳んじるのだからその愛は本物だ。


「あれ、その子だーれ? ウチはウェイ系と陽キャはお断りなんだけど?」

「ども、転校生の竜胆露水でぇっす。ここに入りたくて里奈子にお願いして連れてきてもらっちゃった!」

「へえ。転校生。ヤでーす、入部お断りでーす。ほら出てけ、しっしっ」

「あっ」


 UNOカードでトランプタワーを作っていた凪遊さんはニコニコ笑顔で露水さんに退出するよう言った。私だってスクールカースト上位勢はめちゃくちゃ苦手だが、凪遊さんにとってはもはや嫌悪の対象らしい。人好きのするヨシカズくん相手ですら冷たい目で睨みながら舌打ちするのだから筋金入りだ。


「は? なんであんたにデカい顔されなきゃなんねーの。何様のつもりィ?」

「そりゃ副部長サマですしい? オカ研においては私こそが法律ルールですしー? っつーわけで物見遊山なら間に合ってんだよ、ほら行きな、バトン部とかどうよ」

「バトン部ってヤリサーみてーなもんって聞いたんだけど? ヤダよそんな爛れた部活動。あたし忙しいもん」

「へえ? すっごーく『お似合い』だと思うんだけどなあ」

「ァア? なんで初対面のテメーなんかに喧嘩売られなきゃいけねえんだよ。スッ殺すぞ」

「ちょ、まっ、露水さんも凪遊さんも落ち着きなよ! 露水さんはオカ研に興味あるだけなんでしょ? 喧嘩したって意味無いじゃん。それに凪遊さんも凪遊さんで態度悪すぎ! せっかく入部希望なんだし……」


 今にも取っ組み合いになりそうなほど険悪な状況の2人の間に割って入る。ここは職員室から遠いからすぐに先生が駆けつけてくることはなさそうだけど、バレたら内申書にだって響くだろうし、この部屋は狭いから怪我だってしてしまうかもしれない。


「り、里奈子が言うならしゃーねーなー、分かったよ、もう」

「ごめんねナベちゃん。見るからにヤンキーって子が来たから、つい……」

「反省してくれたならいいです。あと私はナベちゃんじゃなくて真壁ですって何回言えばいいんですか」


 しゅん、とちいさくなってしまった2人をとりあえず席に座らせ、行きがけに貰ってきた入部届を露水さんに書かせる。


「それで? なんであんたみたいなド派手なナリの子がわざわざウチみたいな弱小同好会に入りたがるのさ。なんでだか知らないけど、黄龍院もオカ研に来たがってたし……諦めさせるのにどんだけ苦労したことか……」

「だってこの学校、部活強制じゃん。でも訳あってあたしら放課後は空けとかなきゃいけねーの。それにあんまりこの街に長居すんなって言われてるし、今日だって本当はもう滞在可能時間過ぎてんだよね」


 まるで光陽台市が「何か」に汚染されていると言っているようなものだった。確かに23区から少し離れたところにあるただのベッドタウンにしては、治安は良くないけど……不審者情報はひっきりなしに来るし、事件や事故も他市に比べると多い。


「まあ、どうせ口外できないだろうからぶっちゃけちゃうか。この街は穢れてるの。穢れって何かわかる? 死、出生、産褥、血……そういう忌み事によって生じる悪いものが穢れね。この街はそれが特別に溜まりやすくて、だからあたしやヨシカズがわざわざ来てる。皇居に近いから穢れそのものはどうにもできないけど、代わりにここへ集まるヤバいものはどうにかできるから。だから授業中は『仕事』してるし、ここに入りたいのも部活で『仕事』ができなくなると困るから。アンダスタン?」


 一応オカ研のメンバーだから、彼女の拙い説明でも言いたいことは分かった。でも、まるでオカルトでよく見聞きするような内容が「事実である」と、大真面目に言うから少し面白くなってしまう。

 そんなよくある学園退魔ものみたいな話が本当なワケないじゃん、なんて思っていると、凪遊さんはバカにするでもなく一笑に付すわけでもなく、神妙な顔で聞き入っていた。えっまさか信じてるの?


「……話は分かった。オカ研に入れてやってもいい。ただし! さっきの話が『ガチ』なら、ちゃんと証拠、見せて。あんたの仕事に同行させなさい」

「は? いや、素人連れてくのなんか無理……」

「そう。ならこの話は終わり。入部は認めない。出ていけ」

「あーもー分かったよ! マジにめんっどくせえな! クソが、これだから何も知らねえ素人は! じゃあ仕事に連れてってやるよ、けど、そのせいであんたが死のうが呪われようがあたしの知ったこっちゃねえからな!」

「上等! こう見えてもオカルトマニアとして自衛手段は心得てますからご心配なく! とりあえず仮入部ってことで」


 露水さんは副部長のサインが入った紙を受け取り、くしゃっと握り潰しつつ足音荒く部室を飛び出していく。あれは相当頭にきているとみた。


「副部長、いいんですか? 危険なんじゃ……」

「へーきへーき。それに私、『視える』から。あの子の言葉が真実だってちゃんと分かってるよ」


 ふふ、と笑う彼女の腹の底は未だに読めた試しがない。


「それじゃ私も帰りますね」

「何言ってんの。顔出したついでにコックリさんにでも付き合いなさいよ」

「いやでーす。ではさよなら」




 この時の私には危機感というものが欠如していた。露水さんの言葉が真実本当であると凪遊さんから伝えられていたのに。だから気づかなかったのだ。まさか橋下さんが「あんなこと」に手を染めるなんて──。

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