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白鬼夜行  作者: 飴村玉井
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忍び寄る、影

 光陽台こうようだい市立光陽台中学校、通称を「光中こうちゅう」という一見すると何の変哲もない平凡な中学校だが、近隣の市町村からは「あそこは市立の割に偏差値が高いけど変な生徒ばっかりだ」と評判だった。都内にありつつも都心部からは絶妙に離れており、建売住宅の群れと今なお自然を多く残す長閑な街並みの中にある学校は、意外にも学区外からわざわざ通ってくる生徒もいる。

 そんな個性豊かな面々が揃う光中へと、2月という卒業を間近に控えた中途半端なこの時期に、わざわざ転校してくる人間がいるらしい。毎朝8時半ピッタリに行われるホームルームで担任の星野美影ほしのみかげ先生が説明していた。へえ。私のクラスじゃないといいな。が、がらがらと引き戸を乱雑に開けて入ってきた生徒を見て、その気持ちは更に強くなった。さっき先生が言ってた転校生と思しき生徒は、どう見てもヤンキー……不良少女にしか見えなかったからだ。


「うっす。竜胆露水ってーます。よろしく。……これでいいのヨシカズ?」

「このバカ! テメー、オレの名前出すなって言ったろ!」

「えっ、だって顔似てんし、遅かれ早かれ親戚なのバレっかなって。アハハ、恥ずかしがんなよ! 隠すな隠すなー!」

「うるせえ、お前と違ってオレは優等生で真面目なクラスの人気者、黄龍院ヨシカズくんで通ってんの!」

「は? ヨシカズがぁ? ウソでしょ、何こいつらソレ信じてんの? マジ? ウケんね」


 ウチの制服は紺を貴重とした今どき珍しい正統派のセーラー服なのに、間に合わなかったのかわざとなのかは分からないが堂々と私服で登校してきた露水さんとやらは、クラス委員のヨシカズくんと漫才じみたやり取りを交わしている。そっか、親戚なのか。確かに似てい……いや、似てるか? どうだろう。ヨシカズくんは優しくて誰にでも公平に接する好青年だし、この子は性格が悪そうだ。やっぱり似てなくない?

 ただヨシカズくんと同じ、お人形さんのような綺麗な顔立ちはモデルか芸能人みたいで華がある。ふわふわした癖のあるショートボブは見事な金色で、同い年だというのに思春期ニキビ1つない肌は滑らかで真っ白。身長は低いけど羨ましくなるくらい手足は長く、ほっそりしている。色素の薄い瞳に伊達眼鏡をかけていて、これがまた嫌味なく似合っていた。謎のゆるキャラがでかでかとプリントされたオーバーサイズのフードパーカーにかなり際どい丈のミニスカート、校内だというのに指定の上履きじゃなくて厚底スニーカーを履いた姿はどこに居ても目立つだろう。

 それにしても、あんなに感情を剥き出しにして怒鳴るヨシカズくんなんて初めて見たな。ずいぶん仲良しみたいだけど……親戚らしいが本当のところ、どうなんだろう。


「ったくもーヨシカズは相変わらず過保護だな。あーもー、うっさい。黙れ。ねーちゃんけしかけんぞ」

「それはまじでシャレにならんからやめろ……それより、お前オレの隣な。前の学校と違ってこっちじゃサボりとか絶対に許さねえからな。分かったか落ちこぼれ」

「やだね。知るか、んなこと。こっちはメグルのせいで転校させられてんだ、好きにさせてもらうからな」


 ……やっぱり仲は良くないみたい。よかった。

 星野先生がろくに何も言わせてもらえず、おろおろしているうちに彼女──露水さんはずんずんと迷いのない足取りでこっちへ向かってくる。えっなんで? やめて、こっちに来ないで。

 キョロキョロしていると周りのクラスメイトがご愁傷さまと言いたげな顔でこちらを観察している。そういえば私の隣の席は今誰も使ってないのか。完全に失念していた。何か言いたそうな先生を軽やかに無視して席に着いた露水さんは、にっこりと愛想のいい笑顔で私に向き直った。


「よろしく。えーと……名前、何?」

真壁里奈子まかべりなこです……よ、よろしくお願いします……?」

「アハハ、同じ歳なんだから別に敬語なんか使わなくてもいいのに」


 話してみると思ったより気さくそうな感じの子だった。彼女は元々23区内の学校に通っていて、ヨシカズくんの「お兄さん」に言われて、仕方なく光中に移ってくることになってしまったらしい。ヨシカズくんのお兄さん──正確にはお兄さんではなく従兄弟に当たるらしいが、彼ならつい最近、見かけたばかりだった。ヨシカズくんに用事があって学校へ迎えに来たのをたまたま一度だけ見たことがある。

 ヨシカズくんはオレンジ色(地毛らしい)のベリーショートで学ランもきっちり着ているけれど、3歳上のあの青年はなんかもうド派手だった。露水さんみたいな金髪を長く伸ばして結い上げていて、都内でも有名なお金持ち高校の制服姿だった。ゾッとするほど綺麗な顔をしていて、露水さんのものとそっくりなデザインのサングラスをかけていた気がする。同じブランドを愛用しているのだろうか。そういえば、あの男の人と露水さんはちょっと似てるかも。


「ごめんねー、突然だったからびっくりしたでしょ。メグル(あのバカ)が決めたことだからさあ、あたしとしてもわざわざ転校なんかするもんかボケって思ってたんだけどね。どうにもならなくってさ。アイツが後見人なせいで……チッ、まあいいや里奈子ちゃん、これからよろしく。良かったら友達になろ! これ、あたしのアカウントね」


 付箋にさらさらと書き付けられたアルファベットの文字列はSNSのアカウントIDだった。何かあったらここに、と言われ、おそるおそる友達登録を済ませる。見た目はあんなに派手なのに露水さんのアカウントは、ほとんど何も投稿されていなかった。アイコンも初期のまま変更されておらず、作成したはいいものの放置状態のようだ。

 というか一応SNSやってるんだ……なんか意外。いや初対面なのに何言ってんだ、と思うかもしれないけど、見た目はいかにもウェイ系で陽キャのコミュ強ですって感じなのに、露水さんはどことなく浮世離れしているように見えたからだ。

 結局、先生はほとんど何も言えずじまいのままホームルームはつつがなく終わり、1限目の授業が始まった。が、臨席は空っぽだった。ヨシカズくんがあれほど念押ししたにも関わらず、露水さんときたらさっそくサボってしまったらしい。まあ教科書見せてなんて言われたら困るから別にいいんだけど、心なしかみんなの視線が生暖かくなってきた気がする。

 その後2限目以降も彼女は教室に姿は見えず、授業と授業の短い移動や準備のための時間ですらも露水さんはクラスに現れなかった。案の定、ヨシカズくんは周りの男子達に質問責めにあっている。そりゃそうだ、露水さんかわいいもん。クラスの誰よりも顔がいい。あれは男の子が放っておかないだろうな、ちょっと口は悪いけどいい子っぽいし。


「あー、もー、うるっせえ! ンなこと聞かれても知るかっつうの、あいつのスリーサイズなんか! 親戚つったろ、それ以上でも以下でもねえよ!」


 うわ。すごい際どい質問までされてる……あれは可哀想だ。ヨシカズくんは怒りで顔を真っ赤にした教室を出て行ってしまった。本気でキレているようには見えないし、たぶんサボりから戻ってこない露水さんを連れ戻しに行ったんだろうな。

 次のターゲットは私だった。というのも授業担当の先生が今日は急用だとかで休んでいて自習になったからである。頼むからお前ら自習していてくれと思うけど、臨席になったのは私だし、あんなに目立つ女の子のことが気になるのも仕方ないよね。私だって逆の立場なら質問責めにしてたかも。

 でも私が答えられることなんか何もない。アカウントIDが書かれた付箋はもらったけど、みんなに勝手に見せるわけにもいかないし。やがて私が何も知らないとみるや、クラスメイト達はあっさり興味をなくして戻っていった。なんて自分勝手な。……あーあ、早く露水さん帰ってこないかな。全くもう。



◆◆◆



 光陽台市立光陽台中学校。表向きには他の学校と何も変わらない、どこにでもあるただの中学校にすぎない。実際、在籍している生徒や教職員の大半もそうと認識している。だが、この学校が普通と違うのは「忌み地」に建てられているという点だ。

 忌み地。読んで字のごとく、悪しきものに魅入られているがゆえに霊的に穢れている土地をいう。悪しきものとはつまりカルマだ。人に害を成す恐ろしいばけものであり、元は人だったもの。死してなお現世に留まり続け、この世を彷徨ううちに悪鬼へと転じたもの達である。昭和の終わりに光陽台市と名を改められたこの地は、そんなカルマ共の巣食う街である。

 だが、もちろんそんな怪異達を野放しにする訳にはいかない。現人神のおわす皇居と同じ都内に位置する以上、カルマを討伐することが御役目であるガイド達の頂点に立つ五大家、その中心である黄龍院家は光陽台市を常に監視する必要があった。万が一、いや億が一にも都心部に被害を出さないためにである。

 という事情から、この街には常に本家からの人員が絶えず派遣されている。本家当主候補の1人であるヨシカズが今はその担当だ。そして彼だけでは足りないと判断したメグルにより、更に追加で来ることになったのが竜胆露水である。彼女が従える霊奴、ハクールが有象無象のカルマ共への抑止力になると期待されてのことだった。


「ったく冗談じゃねえっつの。なァ、ハクールもそう思うだろー?」

「別にィ。おれはどこで暮らそうが構わん、塹壕の中はちと辛いが」

「……そういやお前の前の主って軍人だったっけ。まあいいや、あの子どう思う? 見てただろ?」

「あー? ああ、あのガキか。正直、大したことはできなさそうじゃねーか?」

「やっぱそう? あたしにビビってたし、わざわざヨシカズと同じクラスになったからには要注意だと思ったんだけどな。見込み違いだったかな……」


 4階建ての校舎、その屋上にある給水塔へとよじ登り、スカートの裾が汚れるのも構わず腰をおろした少女はがりがりと頭を掻く。遥か眼下には光陽台市の街並みが広がっていた。似たような造りの家々が1箇所にまとめられ、1本の河川を境界としてその反対側には瀟洒な洋館や豪邸が散らばっている。それらを囲むように人工の森林が配置されていた。

 明らかに街の設計が人為的だった。住人はおかしいと感じないのだろうか、いや不自然ではないと「思い込まされて」いるのだろう。河川は境界として忌み地のもたらす穢れをシャットアウトする効果がある。森林も同じく穢れを封じ込める力を持つ。露骨なまでの隔離措置だった。光陽台市というキラキラしたネーミングもまた、それらと同様に少しでも穢れを散らそうとした足掻きに思える。

 要するに、他の地域の人々にとって贄なのだろう。この街の住人達は。現に監視を言い渡されているヨシカズの自宅は以前と変わらずに本邸であり、露水も今まで通り自宅から「ハクールを使って」登校するようメグルから命じられている。公共交通機関を使用してはいけないのは、光陽台市に渦巻く穢れを外へ持ち込まないためだ。

 河川で区切られた高級住宅街は穢れの被害が軽く、逆に反対側のベッドタウンはより穢れの深刻度が高い。光陽台市の中でも更なる格差がある。それに気付かないよう念入りに細工もされている。街ができた頃から用意周到に。おそらく、どちらの住民も旅行はおろか街の外へ出た経験もほとんどないはずだ、幾重にも仕掛けられた暗示が引越しも外出も許さない。そうして長い時間をかけて穢れはこの土地に溜め込まれ続けている。

 ここにいる2人、そしてヨシカズやメグルも知っていた。なぜ徹底して光陽台市とその市民が犠牲となるよう仕向けられているのか。忌み地の範囲をこれ以上広げないためだ。この街に棲むカルマ共を1匹残らず外へ出さず食い止め、ここから近い本家や皇居の守護を絶対のものとする必要がある。だから何も知らず呑気に暮らす都心部の人間の代わりに、ここに住む人達がカルマの餌として提供されていた。

 ヨシカズと露水は「それ」が正しく機能しているかを見張る要員だった。ばけもの達の巣窟が、きちんと住処として維持できているか。あるいは黄龍院の企みを看破し、術を破ろうとする者がいないかどうかも監視しなくてはならない。胸糞悪くなる仕事だった。


「はー、めんどくさ。いっそ、あたしが破ってやろうかな。ねえ、その方が絶対に面白くなると思うんだよね、慌てふためくバアさんの面、見てみたいと思わん?」

「ンなこと言うくせに、どうせしないだろ、お前。テメーは最大多数の最大幸福を是とする側じゃねーか。ここの住民なんざ万もいかない程度だ、『たった』それしかいない。1400万を超える都民全員を巻き込むつもりなんかさらさらねえだろ」

「……アハ、やっぱりハクールってあたしのこと分かってんね」


 ニィと笑う少女は、しかし上着のポケットに入れたスマートフォンが微かに振動しているのに気づく。ロック画面に表示されているのは、SNSのダイレクトメール通知である。


「……お、面白いことになってきたなあ。ハクール、仕事だよ──カルマだ」

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