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白鬼夜行  作者: 飴村玉井
18/24

かがちの片恋

 花影駅周辺の街並みのほぼ全景が望めるペデストリアンデッキの上には見渡す限り、数えきれないほど無数の怪異──カルマがひしめいていた。

 火傷が死因だったのか全身がケロイド状に爛れた者、首元に絞められた痕が残る者、手足のいずれかが欠けた者、頭部がひしゃげている者、腹の中身が溢れている者。ありとあらゆるスプラッタホラーの死体役を集めてみました、というような惨憺たる状態の化け物達が、こちらへ向かって一気呵成になだれ込んでくる。

 呪符の効果によりここへ呼び寄せられたカルマ共のほとんどは、自我も無ければカルマとしての読み名も持たない雑魚だ。固有の能力を備え、長らく現世に存在する上位のカルマと違い、霊魂を操る術を用いるガイドにとっては敵にすらならない。

 こんな有象無象共ですら、抵抗する術を持たない俺達一般人にしてみれば充分な脅威だ。まして数があまりにも多すぎる。すぐ近くにいるヨシカズくんが召喚した式神達が片っ端から薙ぎ払い、たちまちのうちに消し飛ばされていくおかげで今のところは無事ではあるが。


「日隅さん、こりゃヤバいですねー……全員送還しきるのが早いかオレがバテるのが早いか、時間との勝負になりそう」

「それマジで言ってます? まだ死にたくないんで倒れんでくださいよ。もう一気にまとめて消すしかないんじゃないですか」

「やっぱりそうかー、本気ガチでやるのって疲れるから正直やりたくないんだけど、まあ仕方ないか……」


 霊力で編んだ簡易結界でカルマからの攻撃を防ぎつつ式神の使役を維持するという、そこそこ難易度の高い術をそれぞれ並行して駆使するヨシカズくんは、とはいえまだまだ余裕そうではある。興奮ゆえか肌は好調しているが冷や汗ひとつかいていないし、息も全く乱れていない。

 国内のガイド達のトップに君臨する5つの名門たる五大家、その中でも筆頭である黄龍院家の上位層とは大抵そんなものだ。この場に居ないがメグルくんならあと3つ、4つ程度であれば同時に術を展開できるだろう。もっとも彼がローコストかつ簡単な術を好んで使うせいもあるが。

 霊力を消費する難しい術より手癖をどれだけ効果的に使っていくかに重きを置いた彼の戦闘スタイルと、難しい技にも果敢にチャレンジしていくヨシカズくんの戦い方は、まるでかけ離れている。兄弟同然に育ち、師を同じくしてもここまで差異が表れるのがガイドという生き物なのだろう。

 なおも結界に近づこうとうろちょろするカルマ達をデコピンや蹴りで遠くに追いやる2人の霊奴へ、戦況を観察しながらヨシカズくんは手馴れた様子で指示を飛ばす。


「ミディナ。お前は日隅さんについて守ってやれ。ヒューイ。お前、コンディションは絶好調か?」

「はーい。わかりました主様あるじさま、この木偶の坊をとりあえず傷ひとつ付けるなってことですよね! お任せください!」

「もちろんですよマイ・マスター、この僕が仕事の時にコンディション最悪なんてありえないことですからね!」

「いい返事でなによりだよ。じゃあ結界はこのままにしておくから、日隅さんはそこで待っててください。ヒューイ、行くぞ」

「えっ、ちょ、ヨシカズくん!? 外に出ちゃあ危ないですよ!」

「安心してください! こう見えてもオレ、家ん中じゃ2位なんで!」


 家で2位ってなんの2位!? とツッコミを入れる間もなくヨシカズくんは1人の霊奴を連れ、結界の外へと出てしまう。途端にワッと群がる化け物達だが、ヒューイと呼ばれた彼の牽制により一定のラインより内側には近づけないようだった。数では勝るものの、ヒューイの方が霊としての格は遥かに上だからだろう。


「ヨシカズくんは大丈夫なんでしょうか。戦えない俺には見ていることしかできないので……なんとも歯がゆいのですが」

「だーいじょーぶですよー、主様はお強いですから! それにヒューイのやつがなんとしても守りきります。日隅さんは安心して取材しててください。宝来さんから今日の戦いをちゃんとよく見ておくよう言われてるんでしょ?」

「えっなんで宝来さんのことを知って……」

「宝来さんの祖先が仲間にいるので。メグルんとこのですけど」


 にっこりと笑う彼女は見鬼でなければ死者であるとは分からなかっただろう。それくらい存在感が強く、見た目には死者らしい特徴などない。花魁装束の裾からちらりと見える蛇体はともかく。白粉をはたいた顔は化粧により美しく彩られ、紅を差した口元は艶やかな笑みを湛えている。

 遊女らしい装いの彼女は、俺の相手をしてくれながらも周りへの警戒は怠らない。結界に近寄る化け物は素手で叩き落とし、中に踏み入ろうとするものは長い尾でぺしんとぶっ潰している。哀れ、カルマはそのままプシュプシュと黒い泡と化して消えてしまった。


「主様は黄龍院家の中でもトップクラスの武闘派です。元々、黄龍院の男は戦闘に特化した術を使いますが、体術と霊術を組み合わせた戦闘法なら我が主に敵う者はほぼおりません。露水様とご当主様とメグル様は異次元なので除外しますが。ですから本当に日隅さんが心配なさることではないんですよ」

「そうだったんですか。噂には聞いてましたが……彼、本当に強いんですね」


 クラシカルなデザインの紳士服に身を包んだジェントルマン風の霊奴、ヒューイに背中を守らせつつ高威力の術を次から次へとぶっぱなしながら、更に拳と蹴りでどんどんカルマを還していく勇姿は、なるほど確かにミディナの言うことにも頷ける。

 しかも、それまでに勧請した式神も引き続き操っているのだ、あれはヨシカズくんにしかできない神業だろう。もちろん俺の今いる結界も絶えず稼働している。術も実戦も同じレベルで極めていなければできないことだ。


「本音を言うのであれば戦闘は私達に任せて主様には結界の中で大人しくしていただきたいんですけどもね。その方が安全ですし、配下としましても主の御身を心配せずに済みますから」

「でも、あなたはヨシカズくんが部下に任せきりにしないところが気に入ってるんでしょう?」


 雑魚カルマ達が次々と光の粒と化してあの世へ送り還されていく様子を目に映しながら尋ねると、黒目がちの瞳をきらきら輝かせながらミディナは怒涛のごとく語り始める。失敗した聞かなきゃよかった、と後悔しても後の祭りだ。


「ふふ、分かりますか。我が主の素晴らしさが! 本当に素敵なお方なんですよ主様っておひとは! 私のこの醜悪なる下半身を見てもなお1度も引かずに1度も臆せず、あまつさえ約定の儀を取り交わしたいなどと言ってくださったんです! 大抵のガイドときたら私を見るなり怯え、戸惑い、顔色を悪くなさるのに、あの方だけはこの脚もまた私の魅力の一つだって言ってくださったの……だから私、彼に一生ついていくって決めたのです! あら、いやだ私ったらまた惚気けちゃったみたいですね、すみません日隅さん。でもどうしても語りたくて仕方なかったのです。他にも主様の素敵なエピソードや私とのメモリアルがあるのですけれど聞いてくださいます? というのもですね、ヒューイの野郎ときたら、あいつの方がちょっとばかり主様との出会いが早いからってすぐマウント取りにきたり煽ってくるから、ちっとも会話にならなくって!」


 ここまでほぼノーブレス(死んでいるのだからそりゃ息継ぎなんて要らないだろうが)、相槌すらろくに打たせてもらえず俺はただ圧倒されるがままだった。そしてこういう早口トークを聞かされたことは過去にも多々あった。

 即売会イベントにもしょっちゅう出向くような気合いの入ったオタク女子の従姉妹が、新しくハマった「沼」があるとよくこんな風にペラペラ「布教」してくるのである。要するにアレだ、この子は「推し」についてとにかくその魅力を知ってほしくて仕方ないのである。いわゆるガチ恋勢ってやつだろうか。


「そ、そんなに好きなら告白すればいいのでは……?」

「だ、ダメですよそんなっ! 確かに私の願いは我が主と『おつきあい』することでありますし、いずれはあの方と来世も来来世もそのまた来世も末永くずーっと仲睦まじく一緒に生きていきたいですが、ですがしかし、あの方が恋う相手が出てこないとも限りませんし。もしも主様のハートを射止めるようなとても美しく慎ましやかで良き家柄のご婦人が現れようものなら私どうしたらよいんですか!? このまま大人しく身を引けと!? けれども我が主をどこの馬の骨とも分からぬ輩に持って行かれようものなら私……正気を保っていられないかもしれません……」

「な、ならやっぱり告白しましょう。霊奴とガイドとのロマンス、いいじゃないですか! 特に契約内容に抵触しないのでしたら、やはりあなたがヨシカズくんを幸せにして差し上げるべきかと!」

「本当に……? ほ、本当に私と我が主、お似合いですかっ!? で、でしたらその……日隅様、私と主様のキューピッドになってくださいます!? 私どうしてもあの方を手放せそうにありませんし、やはり日隅様のおっしゃいますように私こそが伴侶としてふさわしいのであれば、こ、こ、告白など……しても良いのでしょうかっ!? この下半身が蛇へと変化してしまった、女としてもはや落第である私でも女として幸せになってもいいのでしょうか……!」

「もちろんじゃないですか! ミディナさんよりヨシカズくんにお似合いないい女なんてそうそういないですよ、……あ」


 突発的に始まった恋バナが盛り上がる最中、そこで、はたと気付いてしまった。竜胆さんの存在に。居たではないか、ヨシカズくんに最も近い場所にいる女性が。しかも法律上、血縁とはいえ相当離れている彼と彼女は結婚も可能である。正真正銘の夫婦になれるのだ。もちろん竜胆さんとヨシカズくんの間に恋愛感情があるとは思わないけれども。

 その事実に同じく思い当たってしまったミディナがトーンダウンする。がっくりと肩を落としながらも愛おしそうに想い人を見つめる様子は、憂いを帯びた美貌もあってとても可哀想で見ていられない。なんとかして彼女の恋を実らせてやりたいものだが、しかし今は戦場である。雑魚達はほとんど一掃されてしまい、カルマで埋もれていたペデストリアンデッキはすっかり元の静けさを取り戻しつつあるが。


「あら、終わってしまいましたね……さすが我が主、手際も腕前もメキメキと上がりつつあります。大人になる頃合いが本当に楽しみになりますね。すみません日隅さん、やはり私、あの方の成長を今後もしばらく見守ることとします。もちろん女としての幸せを諦めたわけではありませんが……1人の霊奴としては、もう少しだけガイドである彼の行く末を近くで支えてあげたいなって思いますので」

「そ、そうですか……いえ、満足したのであれば別に……」


 儚げに微笑む彼女はやはり美しいが、ちょっとばかり本気でミディナとヨシカズくんをくっつけようと策を練ろうとしていた身としては、なんとなく腑に落ちない。いや人外と人間の恋など実るわけもないのだから、これまで同様に推しを愛するガチ恋ファンであり続ける方が、たぶん彼女にとってもいいのだろうとは分かるのだが。


「終わったよー、ミディナおつかれ。ヒューイもありがとう。2人とも戻っていいよ」

「お疲れ様です我が主。では私はこれにて」

「いやー疲れた疲れた。霊に疲労を感じる器官なんかないけども。だってマスターときたら好き勝手あっちゃこっちゃ行くんだもの、背中預けられる身としてはヒヤヒヤもんさ。まあ無事だからいいんだけどさ、じゃあ先に家に戻ってるよー。また後でねヨシカズ」

「いつも一言多いんだよなヒューイは……後で紅茶でも振る舞ってやるか。っと、こちらもお疲れ様です日隅さん、取材は順調ですか?」

「えっ。あ、はい、まあ……ヨシカズくんもお疲れ様です。怪我は……してないみたいですね」

「この程度の仕事で怪我する方が難しいでしょ。ま、他のやつらはそうもいかないんでしょうけど」


 花影市には事前に通達されていた通り、「花影の亡霊」なるネームドのカルマがいる。ガイド側がつけた「奇石アレキサンドライト」という慣例に伴い宝石名で統一されている「読み名」は、生前の名をとうに失っている彼ら彼女らを区別し個々を把握するためだけに必要なものだ。

 ただ、あれがどの地点ポイントに現れるかは分からない。各人員は雑魚狩りしつつ、奇石が来たらその地点の防衛を担当する者が相手をする手筈になっていた。そして今のところ、亡霊が目をつけたのは竜胆さんのようである。先ほどから市役所前で大規模な霊気が絶えず動いているのが分かる。見鬼でなくとも多少の霊的な感受性があればすぐ分かるほどだ、激しい戦いとなっているのだろう。


「あっちゃー……ヤバいかもな、あれは。日隅さんは視えます?」

「ああ、はい。市役所前ですよね。奇石のやつ、めちゃくちゃに暴れてるな……」

「違いますよ。いや違くないけど。方向はそっちなんですけど、あいつらんとこに何か近づいてるみたいなんですよね。オレあんまり目が良くねえから、ぼんやりとしか分からないんですが……」

「えっ、近づいてるって何が……ちょっと待っててください」


 普段はつけっぱなしにしているカラーコンタクトを慌てて外す。地球環境に良くないと思いつつもゴミ箱まで走る時間もないのでポイ捨てし、じっと目を凝らす。西洋風の建物の付近で戦闘中の亡霊と竜胆さん、彼女らから少し離れたところにいる、いがぐり頭の少年が視える。あれは俺と同じド素人枠の人員だろうか、彼から霊気はほとんど感じない。

 息を吸い、そして吐く。深く、浅く、何度も。目を凝らす。瞬きしたくなるのを抑えつけ、限界まで目を見開く。作戦中、大小いくつもの霊気がこの街には散っている。ひとつひとつ、それらを吟味し味方と敵に振り分けていく。あれも違う、これも違う。その間も2人と1匹から目は逸らさない。

 ──みつけた。


「いた。あいつだ、……あの女が暗がりで待ってる。どっちかが斃れるのを」

「あの女……? 誰ですそいつ。いや黄龍院ウチって死ぬほど恨み買ってるけど、露水に目ェ付けるバカなんて一体どこに……」

「術師レイゼ。……ハイドですよ、あいつが竜胆さんを傷つけたヤツです」


 不意にニィとオレンジ頭の少年が優しげな笑みを浮かべた。笑いという形容詞では不自然なほど不吉でおぞましい笑顔だった。例えようのない怒りが口の端に、目の際に、全身に滲み、漂っている。

 悪鬼羅刹というものが現実にいるとしたら、たぶんこんな形をしているのだろうと思わせる怪物がそこにいた。いやこの世界には悪鬼も羅刹も確かに存在するけれど。怪物は表面上は穏やかな笑みをキープしながら、三日月に裂けた唇から憤怒を吐く。


「そっか。そっかそっか、なるほど。へえ。ふーん、つまり『そういうこと』でしょ。喧嘩売ってきたってことでしょ、そいつは『黄龍院』に。なら全力で叩き潰す。ウチをナメたやつにはキツい仕置きを食らわせなくっちゃなあ、でないとナメられちまうもんな、他所の家のゴミクズ共に。……ねえ日隅さん、あんたはトーゼン俺に付き合ってくれますよね?」


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