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白鬼夜行  作者: 飴村玉井
17/24

そんな眼で見ないで

「怯えなくていいよカンタくん」「私と遊ぼう」「こっちにおいで」「ねえ無視しないで」「こっち向いてよ」「カンタくん一緒に遊びましょ?」「ひどいなあ、私はいつだってこんなにカンタくんのことがだーいすきなのに」「こっち向いてよ」「私を見て」「カンタくん、カンタくん、カンタくん、」「カンタくん、ほんとの私はここだよ」「偽物なんかに惑わされないで」「ほら、カンタくん」「カンタくん」「カンタくん」「カンタくん」「私を見て」「カンタくん」「カンタくん」「ねえ来て」


「うるさい」


 うるさい。うるさい、やめろ、その声で話すな。オレに話しかけるな。やめろ、いい加減にしろ、バカにするのも大概にしろよ。

 背後に、物理的な質量と重圧でもってのしかかるたくさんの声。全て一定のリズム、イントネーション、声の高さも皆同じ。「それ」が一体なんなのか、後ろを振り返らなくても分かっている。


「あー、くそっ、竜胆露水ィ! てめえ、ほんっとにふざけんなよ……!」

「あっはっは。いやー、すっげえな高山。もしかしてクジ運めっちゃ良かったりする? きっちりカッチリ当たりを引くなんて持ってんねえ」

「うるせえ! 黙って見とけ!」


 尚もカンタくんカンタくんとうるさしつこい怪異に向けて、力任せに裏拳をぶち込んだ。よく効く鼻で匂いには敏感だが、オレに霊感というか霊力というものはない。牽制のつもりでしかなかったが、うまいことクリーンヒットしたらしく微かな呻き声が聞こえた。


「ちくしょう、やっぱ来るんじゃなかった……」


 裏拳が当たろうとなんだろうとガヤガヤやかましいそいつらから距離を取りつつ振り向く。そして、やっぱり見るんじゃなかったと後悔した。瀟洒な造りの市役所前にズラリと勢揃いするのは、全員が全員、完全に同じ姿形をした化け物達だったので。

 切りそろえた長い髪、清楚に整った顔立ち、学校指定のセーラー服に、そこだけは本物と違う虚ろな眼差し。14年間、飽きずにずっと眺めてきた幼なじみのガワを纏ったクソッタレのバケモン共がうすら笑いでこちらへ近づこうとしている。


「……竜胆露水、こいつら、何?」

「おめーも腫海で見たろ。カルマだよ。『里奈子』を使って呼び寄せたあいつらもかなり強力だったけど、こいつらは遥かに段違いだ。……なんてったって、あの『花影の亡霊』なんだからな」


 ふわふわした金髪を手櫛でかきあげつつ竜胆露水は言う。一見すると余裕ぶっているように見えなくもないが、今回の仕事における最大級の獲物を引いてしまったことに、少なからず動揺しているように思えた。ていうか普通に荷が重すぎるだろ! こっちはド素人のオレと同い年のガキだぞ!


「……ちっ、つまんなぁい。この姿を借りればイチコロだと思ったのにぃ」

「はは、なんだよ、みっちゃんのフリをすんのはもうやめたんか、お前」

「だってビビってくれない相手のために貴重な霊力を消費するの、もったいないもーん」


 ゾンビ映画のアンデッドみたいにいっぱいいた「みっちゃん」はほとんどが消え、いつの間にか1人だけになっていた。怪異──カルマってやつらは、けっこう色んなことができるらしい。人の記憶を漁って見た目を変えたり、自分の数を増やしたり。全くやりたい放題かよ。


「花影の亡霊ってのは、あんたなのか? 」

「そうだよぉ。でもねぇ、ウチは別に自分から亡霊って名乗ってる訳じゃないからねぇ? なんか知らんけど勝手に生きてるやつらがそう呼んでるだけ」


 相変わらず「みっちゃん」のままヘラヘラと笑って言うカルマはとても生者と見分けがつかない。死者とは思えないほど質感がくっきりしている。なんていうか、化け物特有の希薄さがないのだ、こいつには。それだけこの世界に根を深く張っているというか、力があるから存在感もそれだけ強いと言えばいいのか。けれども匂ってくる瘴気が、こいつはどんな姿形をしていても紛れもなく屍人でしかないのだと伝えている。


「なあ竜胆露水、お前、これが分かっててオレをここに連れてきたのか?」

「そうだよ。花影の亡霊──奇石アレキサンドライトは『対象』の最も強く深く想う相手を借りる。声も見た目もそっくりだろ? お前の頭の中にいる凪遊穣をそのまま投影してるんだから」

「なぁそれもっと早く言ってくれん?」

「え? あたし言ってなかったっけ?」

「言ってねえよ! 瘴気がどうのってしか……あ、そういうことか。見た目じゃ死んでっか生きてんのか区別がつかねえから、オレに匂いで嗅ぎ分けろってこと?」

「大当たりー! ってわけでおめーはそのままカルマを引き付けてろっ」


 コントじみたオレ達のやり取りを奇石は黙ってニコニコ笑いながら眺めている。竜胆露水が虚勢を張っているのとは違う、本気の余裕だ。それだけいつでもこちらを殺れるってことだろう。


「ねーねー、お話はもう終わり? 終わり? なら次はウチからだねぇ」


 にこにこ、にこにこ、バケモンはとにかくずっと笑っている。こちらの戦意だの気力だのを萎えさせるような緊張感のない笑顔。それが間近に迫っていた。


「はえ?」

「バカ、気ィ抜くな! このアホ!」


 気がついたら地面に倒れ込んでいた。固いアスファルトに受け身も取れずまともに叩きつけられている。慌てて顔を上げ、えっと思う間もなく目を見張る。


「おい……怪我、してねえだろうな」

「だ、大丈夫……それよりお前、」

「いいからあっち行ってろ。邪魔」


 腕が、噛みつかれていた。パーカーの袖から覗く華奢な腕から手首までが奇石の鋭い歯で今にも噛みちぎられようとしている。オレの腕じゃない、たった今オレを庇って前に出た少女の腕が、


「このっ、ガブガブ見境なく食いちぎろうとしやがって! 犬だって躾すりゃ弁えられんのによ!」

「ウチ、犬じゃないもーん。オエ、まっず……ガイドなんかの血肉なんて食うもんじゃないなぁ」


 ニヤニヤ笑いで奇石はそっと竜胆露水から離れ、血で汚れた口元を舐めとっている。食いつかれた腕から真っ赤な血液を吹きこぼしながらも、青白い顔をした彼女は目の前のバケモンから視線を逸らさない。


「ご、ごめん……竜胆露水っ」

「謝んな。しゃんとしろ、次は庇えるかどうか分かんねえぞ」


 こちらの震え声に舌打ちで返し、彼女は地を蹴って飛び出す。弾丸みたいな勢いで悲惨なことになっている腕を振り回し、華麗なラリアットが決まる。が、バックステップで避けられた。相手の狙いを先読みしていたかのような、無理のない動きだ。


「やりずれぇな……! これだからネームドってやつは厄介なんだよ!」

「さっきの奇石ってクソだっさい読み名、やっぱりウチにつけられた通り名だったんだぁ」

「うるせーダサくて悪かったな! ネームドには宝石名を当てるってのがガイドの通例なんだよ!」

「べっつにぃ? けどさぁ、ウチらにもちゃーんとあんたらみてぇな名前があるって知ってたぁ? ま、あんたみたいな雑魚に教えるつもりはねぇけど」


 あかんべえをしながら挑発するカルマは不気味な営業スマイルで竜胆露水へと肉薄する。恐るべき速さに彼女はついていけず、そのままトンと軽く押されただけで弾き飛ばされた。アクション映画さながらに、薄っぺらい身体が市役所の自動ドアへ突っ込む。それなりに頑丈なはずのガラスは粉々に割れ、けたたましい破砕音が深夜の街に響く。


「いってぇな……むちゃくちゃするじゃん、ウケる」

「ウケてる場合か?」

「あれぇ、思ったよりへーきそぉ? おっかしーなぁ、ガチでぶっ飛ばしたつもりなんだけど」

「あんなん効かねえに決まってんだろ。フィジカルだけなら家であたしより強えやついねえよ」


 ぱっぱっとガラスの破片を手で払い除けながら立ち上がった竜胆露水は、まるで堪えた様子がなかった。二種二様の反応に対し小馬鹿にするような笑顔を浮かべている。


「で? テメーの本気ってこの程度?」

「なワケないじゃん。あはは、なかなか笑えんね、あんた」


 視界からカルマの姿が掻き消える。次の瞬間には竜胆露水がアッパーで空高く打ち上げられていた。それにも空中でくるりと一回転し、びしりとポーズまで決めて着地する彼女は明らかに化け物をナメ切っている。こいつ、さっき腕を食われかけてなかったか?


「なーるほどぉ。見事に釣られちゃったなー、そういうことかぁ。あんた、ウチのこと煽ってそこのガキから気ィ逸らせようとしたんでしょ? でも残念、そんな安っこい手にはもうかかんねーよ!」


 ニコニコ笑顔がニタニタといういやらしい笑みに変わる。ゾッ、と背筋に冷たいものが走り抜けた。くるりと向いた虚無の瞳がこちらへ狙いを定めてくる。回避する間もなく、奇石は「背後から」オレを抱きしめた。石像みたいに冷たく固い両腕が隙間なくぴたりと腹と胸をホールドしている。


「ひっ……あ」

「はーい、降参するなら今だよぉ。申し訳ありませんでした臥してお詫びしますって言ってくれたら許してあげよっかなぁ? それとも、あんたのチンケなプライドのために死んでもらう? あらら可哀想にねぇ、徒人パンピなのに戦場まで連れてこられちゃって」


 見下ろしている。冷たい目がオレを見ている。最愛の幼なじみと寸分違わず同じ顔が、オレを、ひややかに。なんで? どうして? みっちゃんはそんな顔しない、オレのことをそんな風には見てこない。

 あいつはもっと花が咲くように笑う。他の誰にツンケンしてもオレだけには、いつだって優しくて穏やかに笑いかけてくれる。幼なじみだから。お互いがお互いにとって大切な人間だから。

 だから、これはニセモノだ。分かっている。分かっているのに動けない。どうして? なんで? オレは動けないんだ? このまま足手まといでいいのか、オレは?


「お遊びは終わり。終わりなんだよ少年。残念だけど、ウチの糧になってね──」

「っ誰が! そんなの! 認めるか!」


 三日月に裂けた口元が頭蓋骨ごとオレを噛み砕こうとしたその時、バカデカい刀がカルマの首から上を斬り飛ばした。身動きできずにいるオレの目に映ったのは、巨大な青龍刀を構えた竜胆露水だった。


「テメーのような薄汚ねえ性根のクズに頭下げんのも、このバカをみすみす見殺しにすんのも、どっちも嫌に決まってんだろ。そんなことも分かんねえのか、このゴミがよ」

「ちぇっ、いいところだったじゃん今。邪魔すんなよ、空気の読めねえ雑魚は消えてなよ」

「はァ? あれのどこが『イイところ』なんだよ。寝言は寝て言いな、塵」

「塵でもゴミでもないし……ウチのこと見下してんじゃねえよ……ガイド風情が」

「あっそ。でも、そのガイド風情に今から狩られるんだよ、テメーはな!」


 刃渡りだけでも大人の男の上半身くらいある、めちゃくちゃデッケェ刀を軽々と持った少女が、落とされた首を瞬時に再生したカルマへと斬りかかる。もちろん食われかけた腕は治ってなんかいない、彼女は片手で剣を手にして振り回しているのだ。無軌道に襲いかかる刃をカルマはひらりひらりと軽やかな動きで躱す。


「あははっ、えらっそーな口利いちゃってさぁ! ねーどこ狙ってんのぉ!? こんなんじゃ朝までかかっちゃうよー!?」

「うるせえ、逃げんな」

「あはは! あははっ! バーカ! もう限界? もう疲れちゃったぁ? ガイドって結局その程度なんだぁ? ま、知ってたけど!」

「ギャーギャー喚くな。今、叩っ切ってやるよ」


 何度目かの空振りのあと、竜胆露水は邪魔になったのか不意にひび割れた伊達眼鏡を外した。凶悪な目つきが亀裂で曇ったガラスを隔てず露になる。失血と疲労で紙のように白くなった顔には凄絶な笑みが刻まれていた。怒りと興奮に満ちた表情をまともに目にしたカルマは、そこでようやく薄ら笑いを消す。


「ハクール。少し、お前の力を借りる」

「ハ? エ? 今、あんた、なんて」

「じゃあな、あばよカルマ。今度こそお前をころす」


 驚愕に目を見開くそいつをよそに、竜胆露水は大上段に構えた剣を振り下ろした。動揺ゆえか回避や相殺に失敗したカルマが今度こそまともに斬り開かれ、真っ二つに切り裂かれる。己が斬られたことさえ何も分かってなさそうな顔のまま、奇石と名付けられた怪異が無数の細かい光の粒となって消えていく。……終わったんだろうか。


「り、竜胆露水、お前あれを殺したのか……!?」

「あ? あー、あれは殺したんじゃない。還したんだよ、あの世に。あるべきものをあるべきところへ。それがあたしらガイドの仕事なんでね、とはいえこれで後は予定通り雑魚狩りだ」

「えっちょっと待ってまだ働くんか? さすがに休もうぜ!? ていうかその腕、」

「たぶん専門の業者来てるはずだから大丈夫」

「専門の業者っ? 医者じゃなくて!?」

「医者みてーなもん。病気は治せんけど解呪と治癒再生回復に関してはプロだよ……っと、そんな暇もなさそーね」


 えっまだ何かあんのか、と思っていると竜胆露水は怪我してない方の手で暗がりを指し示す。大怪獣バトルのせいで市役所前は本格的な工事が必要そうな有様だが(どちらの攻撃も余波がすごかった)、無事だったビルの影から女が1人、ヒラヒラと手のひらを振りながら現れる。女というか、あれはもうババアでいいか。皺とシミまみれの顔に白髪まじりの黒髪、ボディラインを強調するライダースーツという、ひとつひとつのパーツが凄まじくミスマッチな外見だった。黄色く濁った目が彼女を冷たく見据えている。


「やあ露水さん、お久しぶり。あれからとても調子いいよ、やはり『霊活』は健康にいいね」

「誰こいつ。竜胆露水、お前のこと知ってるみたいだけど……え」


 見たこともない顔をしていた。カルマ相手にバトっていたときは、まだ楽しそうな雰囲気が残っていたのに今の彼女は恐ろしいほどの無表情。何の感情も宿らない澄んだ色の瞳が、やたら馴れ馴れしく話しかけて相手を無感動に見つめ返している。


「ああ。覚えてるよ。全部、全部覚えた。お前の所業は全て、残らずこの頭に叩き込んだ。だから知ってる。術師レイゼ、お前が殺してもいいやつってことを」

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