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白鬼夜行  作者: 飴村玉井
15/24

気絶するほど馨しい

「おい高山幹太! 高山幹太はいるか! 出発予定時刻だ早くしろ! ……出てこねーとテメーの裏アカ晒すぞ」

「ヒィッ遅刻に対する罰重すぎんだろ! やめてくれよ今出るったら!」


 午後11時。家族はとっくに寝静まった夜更けに嵐のごとく突然やってきた来客は、呼び鈴も使わずガンガンと玄関のドアを叩いて怒鳴り散らしてくる。ヤミ金の取り立て業者かよと思いながら愛用のダウンジャケットを着込み、マフラーで首元をぐるぐる巻きにして家を出た。彼の声は遠くからでもよく通るが、お隣さんや近くの住民が表に出てくる様子はない。首を傾げていると、背の高い青年がこちらを冷めた目付きで見下ろしていた。

 とても数十人単位の人間を無傷で半殺しにしたとは思えない、美貌の男が玄関先で待ち構えている。彼こそが黄龍院メグルだ。頭頂部で高く結い上げた見事なアッシュブロンドに色素の薄い肌。サングラスから覗く瞳は氷のように凍てついていて、海外のスーパーモデルみたいに美麗に整った顔は不機嫌そうに歪められていた。鯉と竜を描いた総刺繍のスカジャンにダボっとしたサルエルパンツというザ・輩ファッションに身を包んでいても映えるのだから、イケメンってやつはずるいなと思う。


「ったく露水のやつときたら、こんなちんちくりんに招集かけやがって。あーめんどくせえ、とりあえずクルマに乗り込め。行きがてら細けえ行動スケジュールを説明する」

「ケッ、ちんちくりんで悪かったっすね。別にオレなんか居なくても何とかなるんじゃないですかー?」

「うるせえ。いいからはよ乗れ。んでちゃんと聞け。死にたくねえんならな」

「やっぱり帰っちゃダメ……? アッ、ダメですか、そうっすか……」


 トホホと肩を落とし、路肩に停まっていたSUVに乗り込む。てっきり高級外車で乗り付けてくるかと思ったが、普通に日本車で逆にびっくりした。運転席にいるのは燕尾服を着こなした泣きぼくろの色っぽい美青年である。金持ちって本当に運転手を雇ってるんだなあと感心していると、メグルに蹴っ飛ばされて強引に後部座席に座らせられ、更にポイッと雑な手つきでレジュメをぶん投げられる。


「開始は露水の言った通り11時半ジャスト。作業時間は約2時間を予定している。1時半を過ぎると丑三つ時になるからな、敵のパワーが増すと結構めんどいことになる」

「なんか追い込み漁みたいっすね。撒き餌で花影市内のバケモンを1箇所に寄せ集めて一網打尽にするってことですか。でも、確かあの街って良くない噂がありませんでしたっけ?」

「花影の亡霊のことか。ああ、もちろんあいつは昔っからあの土地にいるぞ。ありゃヌシってやつだな、こっちも長年対応に苦慮してる」

「何その侵略的外来種みたいな扱い……ええと、そいつも怪異なんですよね?」


 隣に座るメグルは手にしたレジュメをくしゃりと丸めつつ、形のいい眉を寄せて深いため息をつく。歳は3つしか違わないはずなのに、なんとなく中間管理職っぽい雰囲気なのはなぜなんだろうか。


「……今回の送還事案は市長からの依頼でな、実を言うと俺達としてはヤツにあまり関わりたくねえんだが、近々光陽台市と合併することを考えてるんだと。だからその前にどうしても市内全域のカルマを一掃してくれ、とのご用命だ。とにかく人手が足りない。ド素人のお前を呼びつける程度には。ウチの使える人員は全員借り出してる」


 コツコツと自分の太ももを指先で叩くメグルは、相当にイライラしているらしい。正直、「大人の事情」とやらは説明されてもよく分からない。だけどオレは竜胆露水からひとつ聞いていることがあった。光陽台市が「忌み地」である、という事実についてだ。


「それ、本当に大丈夫なんすか? 光陽台市ウチだって……その、あんまり良い土地柄ってわけじゃないんでしょ。だから竜胆のやつとヨシカズが来てるんじゃなかったっけ」

「ああ。だからマズいんだよ、市長はお得意さんだからカルマやガイドに関する知識もある程度は持っている。だが光陽台市が関東最大の忌み地であり、護国における要ってことは知らん。大人に知られるとロクなことにならんからな、一応伏せてる。ガキは別だ、大した影響力もねえからな。ちゃんと禊いでから外に出せばどうってことないから知りたいやつにはちゃんと説明もしてる。露水から詳しく聞いてるだろ?」

「えっと……はい、まあ。なんとなくオレの街があんたらにとっちゃ生贄ってつーか、捨て駒っつーか、スケープゴート的な扱いなんだろうなってのは知ってますけど。ぶっちゃけ、あんまり良い気はしねえっす」


 暗示のようなものがこの街の人間全体にかかっている、というのは最近になって気づいた。街そのものの設計が明らかに人為的というか作為的というか、人を閉じ込める構造になっているのに、それに対して誰も不自然に感じないようなのだ。昔から住んでるクラスメイトも、他所から移ってきた友達も、みんな光陽台市とはそういうものだと思っているらしい。暗示にかかってないのは、こいつらみたいな「ガイド」と霊感持ちのみっちゃんくらいだ。

 他の市町村と比べても高い犯罪発生率、治安の悪さ、いつの間にか消えていく(死んでいる)住民。それらは全て土地に溜め込まれた穢れのせいであり、穢れに呼び寄せられて集まったカルマが人を殺すせいだ。光陽台市は数多の怪異が棲む巨大な檻であり、そこに住むオレらは生き餌でしかない。他所の地域が安全や平和を維持するための。初めから全て仕組まれていたんだ、たぶんこの街が作られたその瞬間から。そして露水もメグルも、大人によって生み出されたシステムを守らされている。


「ま、お前らに納得しろとか受け入れろって言うつもりは毛頭ねえわ。別に俺らだって納得してこの仕事してるわけでもねえしな、本音言えばヨシカズも露水もお前らを逃がして別な土地で身の危険もなく暮らしてほしいって思ってんじゃねーの。けど、優先事項ってのがある。何事も。──俺達が是が非でも守らなきゃならんのは、この国だ。そのためにわざわざ莫大なコストをかけて光陽台市を作った。言わばくそデカいゴキブリホイホイみてーなもんだな、この街は。おっと、そろそろ着くな、レジュメの中身は頭に叩き込んだか?」


 問われ、こくりと頷くと持ったままの紙切れに火がつき、一瞬で燃えカスになる。まるで魔法じみているがもう驚かない。腫海公園の件でガイドとやらが色々と「ヤバい」力や術を使えるというのは、この目で見て知っている。

 快適な乗り心地だったが名残惜しくもSUVと別れ、2月の身を切るような寒さの中、メグルに連れられ花影市内に入る。スケジュール上の作業開始まではもう5分を切っていた。


「もー、おっそーい! メグル、もうあちこちで始まってるよ!」

「はァ!? ったくあいつらマジで人の話聞かねえな! あれほど口酸っぱく11時半ジャストって言い聞かせたってのによ!」

「そんなん本家のジコチュー共が言うこと聞くわけねーじゃん。ヨシカズももう行っちまったよ、単独で狩りする方がラクなんだって」

「ヨシカズも!? ……あのクソガキ、マジでガキの頃からちっとも変わりゃしねぇ……!」

「……あのー、もしかして連携うまく取れてねー感じ?」


 到着するなりメグルはイライラと頭を掻きむしり始めた。事前に見せられた作業工程表では、各人員がそれぞれ持ち場につき時間になったら一斉に「狩る」ことになっていたが、結局ほぼ全員が現場の総指揮を取るメグルの号令を待たず勝手に動き始めているらしい。グダグダじゃねえか。


「あー……もうオレ帰ってもいい? さみィし」

「だーめ。あんたはあたしと一緒に行動して。あんたには腫海んときと同じく的になってもらう。そんで雑魚を寄せ集めてあたしがぶっ飛ばす。メグル、それでいいよね?」

「仕方ねえな……ド素人と半人前で簡易バディ組ませるの超怖いけど、雑魚狩り程度はなんとかなるだろ。なるよな? なれよ」

「へっ、テメーこそ『あれ』に出くわしてべそかく羽目にならねーといいな? んじゃ、あたしら先行くぞ。おら着いてこい」

「ふぇっ!? ど、どこ行くんだよお!」

「花影市役所前。高山、こっから先はマジの戦場だ。気合い入れとけよ」

「そんなん言うなら帰らせてくれよお……」


 隣町だと言うのに(例の暗示のせいで)今までほとんど訪れる機会のなかった花影市は、市名通り大通りに桜並木の連なる美しい街並みが広がっていた。私鉄やJRが乗り入れるターミナル駅も、それを囲む高層ビル群もとにかくシャレていて、同じ東京都内だというのに田舎くさい地元より遥かに洗練されている。ここがニュータウンとはちょっと思えないくらいだ。

 でも日付が変わる前だというのに人っ子1人いないのは異様であり不気味だった。駅前のペデストリアンデッキはガランとしており、居酒屋やレストランも軒並み全て閉まっている。これではまるでゴーストシティだ。もちろん今から始まることを思えば、光陽台市同様に暗示をかけて住民を退避させておくのは大事なんだろうが。

 市長の意向でコンパクトシティ化を目指しているらしい花影市は駅から徒歩で数分の距離に市役所や図書館なども置かれている。近年になって作り替えられたばかりの庁舎はまだピカピカで、洋館風の外観が周りの建物とうまく調和している。

 駅前同様誰もいない役場のエントランス前まで来ると、北風の吹き荒ぶ屋外で待機するよう言われる。せめてどこでもいいから部屋の中に入れてほしい、切実に。さっきからくしゃみが止まらない。マスクしていて良かった、と心から思った。さすがに同年代の女の子に鼻水でズルズルの顔を見せたくはない。


「うー、さっむ……なぁ、なんかあったけー飲みもんくらいねえの」

「そこに自販機あるから何か奢るけど。あったかいやつならなんでもいいの?」

「じゃあコーンスープ。無かったらお汁粉でもいいけど」

「意外とチョイスが渋いな……おら、受け取りな」


 ぽいっと放り投げられたスチール缶はコーンスープでもお汁粉でもなくなぜかホットのいちごミルクだった。まあ温かいならなんだっていいか、と特に気にせずプルタブを開ける。果肉入りのそれは舌がやけどするほど熱い。が、外気温がそろそろ零下を下回りそうなのでむしろちょうど良かった。


「なんも来ねえし、起こらないな。……その方が平和でいいけど」

「気ィ抜くなよ。本番はこれからだからな」

「分かってるっつーの。……なぁ、ほんとにオレここに来る意味あったか? あんたらだけで充分なんじゃねえの?」

「……お前、自分で本当にそう思うか?」


 正面からまともに視線がかち合う。あの色の薄い鋭い目でまっすぐに見つめられ、思わずたじろぐ。伊達眼鏡越しでも圧のすごい眼力は、もしやソッチ系の人間かお前はとツッコミたくなるほどだ。

 メグルのものとは色味の異なる金髪に、けれど血の繋がりを感じさせるよく似た白皙の美貌。学校で着ていたものとデザインは違うが、いつもと同じフードパーカーにミニスカート姿は相変わらず寒そうだ。それが光陽台市という忌み地から自分を守るための鎧のようなものであると、この場に来てオレはようやく気づき始めていた。


「はは、えっと何が言いてえのか分かんねえ」

「ごまかすな。お前の鼻なら感じるだろ、この街に巣食う化け物のアタマの瘴気においが」

「……っ」


 断言され、うっかり口ごもってしまった。そんなの自覚してますって言ってるようなもんなのに。


「お前のそれは特別製だ。どういう係累の関係で継承されたかは分からんが、高山幹太──テメーは、」

「ちょっと待った、それ以上は言わなくていい。分かるだろ、お前なら。もう悲しませたくねえんだよ、あいつのことも家族も」


 瘴気というものがある。カルマと呼ばわれる、人に害をもたらす「かつて同じ人間だった」怪異は、ただ「居る」だけでも人にとっては良くない影響を与えることがある。目に見えず、耳で聞くこともできない、けれどオレのような特異な人間にだけ感じ取れるその悪意の匂いを瘴気という。

 簡単に言えば毒ガスみたいなもんだ、穢れがいつの間にか勝手に溜まってるヘドロのようなものだとするなら。瘴気は空気のように世界に漂っている悪意そのものであり、カルマが確実にいると分かる証だ。あいつらの姿をオレの眼では捉えられないが、この鼻のおかげで長年慣れ親しんだ地元でもごく普通に生きてこれた。霊感のある幼なじみを守ることだって。

 穢れの濃度が濃すぎる光陽台市では感じにくいが、花影市では穢れよりむしろ瘴気の方が色濃い。オレの地元がメグルの実家のせいで作られた人工的な器なら、この街は化け物が居座ることで自然に生まれた悪意の容れ物だ。……もし、メグルの言うことが事実なら。花影と光陽台の2つの街が合併するということは、それだけ多くの人間が犠牲になる未来を指す。


「竜胆露水、お前は一体、本当に何を考えてここにオレを連れてきた?」


 背筋に冷たいものが走る。嫌な予感がする。目の前の少女が危険なんじゃない、それよりもっと原始的な畏れだ。畏怖が、そこに、ある──「いる」、否、来る。


「そんなに怯えなくたっていいじゃない。ね、寂しがり屋のカンタくん」


 背後で声がする。14年間ずっと隣で聞いてきた、1番悲しませたくなかったひとの声が。

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