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白鬼夜行  作者: 飴村玉井
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グッドスリープ・イン・ドリーム

 東京湾より遥か向こうからやって来るもの。それは、あの七不思議で目撃した「悪魔」や「死神」などより遥かに凶悪でおぞましい存在なのだと、一目見ただけでわかってしまった。1体や2体じゃない、もっとたくさんそいつらが腫海公園にいる私達目がけて近付いてくる。速度はそこまで速くない、でも着実にこちらへと距離を縮めてきている。

 あれは一体なんなのだろう。人に害を成す化け物をカルマと言うなら、だったら「あれ」もまた同じようなものなのか。けれどろくに霊感のない私ですら具合が悪くなるほど濃く強い悪意は、14年間生きてきて今まで1度たりとも感じたことがない。

 ──あんなもの共を呼び寄せたのが本当に私だというのか。うそだ、だってそんなの望んでない。今日は高山くんと露水さんのくだらないお遊びに付き合わされただけで、間違ってもこんな酷い目に遭いたいなんて思ってない。もうたくさんだ、懲り懲りだ。付き合いきれない。いやだ、逃げたい……逃げるって、どこに?


「ねー、里奈子ぉ。あたし、こう見えて売れっ子なんだよねー。授業にもろくすっぽ出ねーで依頼に明け暮れる程度には、さ。なら、なんでクソ忙しい中ちょくちょくあんたにちょっかい掛けてたと思う?」

「ヒッ、な、何って。そんなの、知らない……」

「この期に及んでとぼけるのはやめなよ。分かってるよ、報告が来てんだよ。ヨシカズの飼ってる式が常にこの街でヤバそうな人間の動向はチェックしてんだ。もちろん、あんたもな」

「知らない! 知るわけない! だって、わ、私は、ただの……中学生だもん……」

「なあ、おかしいって思わねーの? その水晶玉、あんたに持たせたのは半日にも満たないのに……いくら光陽台市が忌み地とはいえ穢れの溜まり具合が極端に早いんだよ。アハッ、ここまで言わねえと自覚できねえか? とっくに死んでんだよ、お前」

「……え」

「何度でも繰り返し教えてあげる。真壁里奈子、お前は死人だ。可哀想に、死んでなお気づかずにいたなんてね。本当に可哀想。だから送ってあげる。ただしアイツらをなんとかするのが先だけど」


 ……死んでる? 私が? いつ?


「高山。お前、臭うか?」

「ああ。さっきから死体の臭いがプンプンするな。真壁、お前マジで自分で気づいてなかったんだな」

「まあ無理もないよな、クラスメイトも親もまだ自覚してなかったみたいだから」

「……嘘だろ。人1人、死んでんのに?」

「それが感染型呪詛のめんどくせえところだよ。効果範囲がガバガバ過ぎて無関係な他人も暗示に引っかかってる。あのババア、マジでくっだらねえことしやがんな……」


 なにを、何、何言ってんの。

 私が死んでるわけないじゃない。嘘をつくな。デマをばら撒くな。露水さんの言うことなんか全部ウソっぱちだ。冗談に決まってる。

 足だってある、半透明に透けていたりもしない、みんな私と普通に話してた、今日だって家族で食卓を囲んで、……あれ。私、今日の夕飯、何を食べたんだっけ……?


「あんたもね、いずれ『ああ』なるよ。いや、もう成りかけてるのか」

「成るって……何に?」

「視ればわかんだろ? ほら目を凝らして、ちゃんとよく視ろ」


 海原を超えやって来る、こちらへ向かってくる、どんどん近づいてくる。あれは──未来の「私」だ。


「ハクール! お前ちょっとあいつら蹴散らしてこい」

「はいよ。目標タイムは?」

「──5秒だ。お前ならイケんだろ?」

「ア? 舐めんな、あんなクソ雑魚共、2秒で十分だ」


 光の尾を引いて、1人の青年が姿を現してはまっすぐにカルマの群体へと突っ込んでいく。緩く編み込んだ白銀の髪を靡かせ、踊るように舞うように。

 両手にそれぞれ持った一対の青龍刀が、横薙ぎに一閃。

 ただそれだけで、空の中へと蒸発していくみたいに、あんなにたくさんいた化け物の群れが消えていく。けれど露水さんがころした時とは違い、しゅうしゅうとガスのようなものを撒き散らしながらあぶくのごとく弾けて消える様子は、たとえようもなく不吉で、おそろしかった。


「あのカルマは全て光陽台市に溜め込まれていたカルマだ。腕利きの術師を数多く投入して街のカルマはなるべく送還してきたが、人間では1度に還せる範囲は限られている。そして穢れの満ちるあの地では、とにかく人が多く死ぬ。お前のように。忌み地がキャパオーバーすれば街を覆う結界は機能しなくなり、やがてカルマが東京中に飛び散っていく。いずれは皇居周辺にも到達するだろう。防ぐにはどうするか。その対処方法はたった今、実演して見せた通りだ」


 ところどころ挟まる専門用語のせいで分かりにくいけれど、ひとつだけ理解できたことがある。それは、


「私を生贄にしたんでしょ。囮、目印、誘蛾灯、生き餌、他にも色々と言い換えられるけど。どっちにしろ私の身の安全なんてハナから度外視だったんだ。そうだよね……なにせ死んでるんだもんね、私」


 いつ死んでしまったんだろう。いつ皆は露水さんや高山くんのように私が死んだことを知ってくれるだろう。死んだ私はこの先どうなってしまうんだろう。わからない、私は何もわからない、だから知らない。知らないから怖い。耐えきれないくらい、こわい。


「別にお前を見殺しにするつもりなかったよ。本当にどうでもいいんなら、そもそもお前に構ってない。ただ、ショック療法っていうの? だいぶ手荒だけど死の自覚をさせる必要があったから。せめて、これから死にゆくあんただけでも──呪いを解いてやりたかったの」


 1歩、また1歩、露水さんが私の元へ近づいていく。いやだ、来ないで、触らないで、私から離れてくれ。そう思うのに拒めない。


「人を呪わば穴二つ。ってことわざがあるよね。里奈子当人には関係の無いことだけど、あんたは呪いを『返された』の。あたしの近くに『たまたま』いたから、ただそれだけで」


 心当たりがあった。今、私のクラスは非常に不安定だ。学校で1番人気の男の子にとても近いところにいる女の子、彼女をヨシカズくんから遠ざけさせるか逆に露水さんを利用するか、みんな迷っている。揺れている。そして橋下さんが彼女を虐めたことで、みんなは露水さんを拒絶するという選択を下した。

 たまたま隣の席だったから。たまたま仲良くなったから。そんなバカみたいにくだらない、アホみたいに単純な理由で私は呪いなんかのせいで死んだのか。特殊な力がある彼女に橋下さんの呪いは通じなかった。そして私は殺された。呪いに殺された、橋下さんに殺された、露水さんに殺された。


「なら露水さんのせいだよね、あなたが転校してこなきゃ私は死なずに済んだのに、あなたがいなければ何もかも上手くいってたのに、あなたさえ居なかったら! ねえ『そういうこと』でしょ、そうなんでしょ? じゃあ殺されても文句、言えなくない?」


 ちからがわいてくる。何も入ってなかった空っぽの器にたくさんの水が注がれるみたいに、むくむくと何かが私の中に溢れてくる。それは確かにある種の快楽けらくだった。たのしい、きもちいい、うきうきする。わくわくする。頭の中がふわふわして何も考えられない。目の前がキラキラして、ピカピカ光ってみえる。


「……はァ、わかってたことだけど、何を言ってもどうせ無駄か」

「なぁに? もしかして私と遊んでくれるの、露水さん! なら戦争ごっこはどう?」


 指先をピストルの形にする。ばんばん、と口で言いながら撃つ真似をする。すると本当にどこからか銃弾が現れて、露水さん目がけて飛んでいくのだからおもしろい。すごいすごい、私はもしかしたら魔法使いだったのかも!


「あっちゃー、理性完全にトんでんじゃん、おい転校生、あのバカどうするんだ?」

「どうもこうも還すしかないでしょ、ああなったら説得でどうにかなるレベル超えてるよ」

「ふーん。……真壁はお前がいたから化け物になったのに?」


 高山くんは何を言ってるんだろう。私が化け物なわけないじゃない。化け物はさっき露水さんの手下がみんな消しちゃったのに。


「ねえ露水さん、あっそぼーよー! アレェ、無視ィ? ひどいなあ、お友達のことはシカトしちゃいけませんってママに教えてもらわんかった?」

「うるせえな。テメーなんかとダチになった覚えはねえよ」

「え……どうして? だって初めて会ったとき、仲良くしてねって、そう言ったじゃん……だから、私、仲良くなろうって頑張ったのに……」

「ッハ、馬鹿じゃねえの。本当にお前、何も見えてなかったんだな。いや見ようとすらしなかったのか」


 視界そのものが割れてしまったみたいだった。目の前がぐずぐずに歪んでよく見えない。みんなぐにゃぐにゃに映ってみえる。なんで? どうして? 私と露水さんは友達なのに、そんな酷いことを言うなんて。……やっぱり、きらいだ。こんな子、大嫌いだ。


「あっそ。じゃあ死んでね」


 銃弾は効かなかった。それなら炎はどうだろうか。氷の礫もいいかも。雷だってかっこいいし痛そうだ。端から思いつくもの全てを撃ちまくる。ばんばんって何回も繰り返していると、また悲しみがどこかにいなくなった。その代わり、いっぱいたのしい。楽しいから何度も撃つ。撃って撃って撃ちまくる。


「くそっ、キリがねえぞ! あんなんどーすんだよ! ジリ貧じゃねえかおい! 転校生、あいつを煽ったからには何かしら策があるんだろうな!」

「ァア!? んなわけねーだろが! うっせえ、いいから走って走って走りまくれ! とにかく避けろ! あとは……力ずくで何とかしてやらぁ!」

「脳筋にも程があんだろ、ちったあ頭使えよな!」

「黙れ、これがあたりのやり方なんだよ!」


 ぎゃあぎゃあ煩いなあ。少し静かにしてよ。


「ろーみーさーん、ねえ逃げないでよー! 私、退屈なんだけど?」

「……そんなの知らねえよ」


 弾になりそうなものを思いつくまま撃っていたら、いつの間にか弾切れしちゃったようだった。ばんばんしても何も出てこない。あーあ、つまんない。露水さんは悲しそうな顔で私を見ている。どうしてそんなに痛ましいものを目にしたみたいに私を見るの。なんでよ、そんな目で私を見ないでよ。……私は、ちっとも可哀想なんかじゃない。


「ねえ里奈子、あたしを恨むなら思いっきり恨めばいい。関係ないあんたを巻き込んでしまった、それは事実だから。でもな、そのままじゃあんたは行くべきところへ行けない。……だから還ろう? 今度こそちゃんと送ってあげるから」

「やだ、もっと遊ぶもん……まだまだ遊び足りない、こんなんじゃ満足できない……ああそうだ、ここじゃ狭いから街に戻ろう、あっちなら的がたくさんあるし! ねえ露水さんも付き合ってくれるでしょ?」

「……そっか、それが里奈子の答えか」

「おい転校生、お前、何をするつもりだ……?」


 うわウッザ。外野がごちゃごちゃ言うなよ、萎える。「ピストル」が使えなくなったので試しに弾き飛ばそうとしたら、なぜか私は動けなくなっていた。金縛りってやつだろうか。


「……縛魔法、これ霊力めっちゃ使うからやりたくねえんだけどね。このまま調伏する。里奈子、しばらくさよならだ」

「え? やだ、やめて、お願い露水さんっ、謝るから! ねえ助けて誰か、っ、いや……やめろ!」


 動けない、どうして? 足も手もカチコチに固まったまま1ミリすらも動かせない。なんで? 露水さんがやったの? さんざん酷いことを言って、酷いこともしてきて、その挙句私をころす、の? 死んだのにまた私は死ななくちゃいけないの。

 目に映るもの全てがスローモーションになる。彼女が何かを唱えてる。念仏? お経? よく分からない。ただ耳に入れたくない、聞きたくない、それはきっと良くないものだ。私をあっちへ追いやるものだ。まだ行きたくない、ここに居たい、私は生きていたかった。死にたくなかった、それだけなのに。


「──宣請し、奉る」


 彼女が前を向く。私を見てる。もう何も浮かばない目で私を見つめている。伊達眼鏡をかけていてもなお分かってしまう。ようやく呪文のような何かが終わって、あんなに身体の中が力でぱんぱんに満たされていたのに、気がついたらすっからかんになっていた。空っぽだ。……また、私は何かを失くしてしまった。何を失ったのか、それすらも曖昧であやふやだけど。


「里奈子、あたしと遊べて楽しかった?」

「ううん……楽しくない、こんなの、ちっとも。つまんないよ、なんでかな……露水さんは、わかる?」

「ちょっとだけ分かるよ。それは、たぶん里奈子が本当にやりたかったことじゃないから、かな?」

「……じゃあ、私のやりたかったことって、なに?」

「さあ。きっと里奈子の方が詳しいんじゃない? ねえ気分はどう?」

「……さむい、すごくさむいよ、私、これからどうなるの……?」

「大丈夫。行くべきところへ行くだけだよ。魂は巡る。いつか里奈子は、里奈子じゃない別の誰かになって、こちらへ帰ってくる。それまで少しお留守番ね」

「おるすばん? 私が待てばいいの?」

「ちょっとだけだよ。その時またあたしと会えるか分からないけど……いつか、また会えるって願ってる。だからおやすみ、里奈子。……いい夢を」


 さむい。

 ねむい。

 何もしたくない。

 何もできない。

 なにも、

 ……なにも。




 そして全てが見えなくなって、そして全てが聞こえなくなった。

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