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白鬼夜行  作者: 飴村玉井
12/24

このこはだあれ

「たのもーっ! 竜胆露水はここにいるか!」


 なんだなんだ、道場破りのつもりか? と教室内はにわかにザワつきだす。弛緩した空気が流れる放課後のクラスは数人の生徒がダラダラとだべっている以外、露水さんと私しかいなかった。正確には、さっさとうちに帰りたい私を彼女が部室に行こうと引き止めている最中だった。

 熱心に部活動に励んでいる部長と副部長には悪いが、あくまで授業さえ終わればなるべく早く家に帰ってのんびり過ごしたい私は、オカ研の活動にはあまり関わりたくないのである。この前の七不思議事件でも一歩間違えれば酷い目に遭う可能性はあったのだ。できれば彼女らとは一定の距離を保ちたいところなのだけど、露水さんも副部長もそう簡単に問屋を卸してくれない。

 そうこうしているうちに、もっと厄介なのが来てしまった。隣のクラスのオカ研部長、高山幹太こうやまかんたくんである。坊主に近い短髪に短ラン姿という格好は、どちらかといえば運動部っぽい雰囲気だが、彼本人は運動オンチで毎年の体力テストでもヘロヘロになりながら受けていると聞く。虚弱体質というわけではないらしいが、とことんスポーツの神様に嫌われてしまっているという。彼曰く。

 そしてそんな見た目と実情に若干のギャップ(ただし萌えは狙えないものとする)を持つ少年は、できもしないくせにこのクラスへ殴り込みをかけてきたという次第だ。以上、状況説明終わり。


「やい転校生! 聞いたぞ、うちのみっちゃんをアブねー目に遭わせたそうだな! 責任取ってもらおうか!」

「……いや、あんた誰」

「いいか、たとえみっちゃんがテメーの入部を認めようが他ならぬこの部長オレが許さねえ! わかったか、こら!」

「あー……えっと、露水さん、この人は凪遊さんの幼なじみだよ。カンちゃんって呼んであげて」

「真壁ェ、オレのことをカンちゃんって呼んでいいのはみっちゃんだけだって言ったろうがよ」

「はいはいそうですねー。で、わざわざうちのクラスまで来るなんて。一体何用ですか?」

「……オレと勝負をしろ」


 苦虫をこれでもかと噛み潰したような苦渋に満ち満ちた顔をしながら、絞り出すような声で高山くんは言った。いきなり勝負を持ちかけるとは一体何事か。何やら面白そうなことが始まった、とばかりに離れたところで談笑していたクラスメイトがニヤニヤ笑いながら観察している。


「オレはやばいバケモンと出くわさない体質だ。どういう訳か、オレが心霊スポットに行くとバケモンが引っ込むんだと。みっちゃんが言ってた。だからオレと勝負だ! 今夜12時、美波みなみ市の腫海はるみ公園で待つ。必ず来いよ!」

「待てよ。勝負ってなんだ。あたしはお前と何を戦えばいいんだよ。勝利条件はなんなんだ。最低限説明してから去れやコラ」


 伊達眼鏡の奥の瞳を剣呑に光らせながら露水さんが問う。そりゃそうだ。今の宣戦布告では時間と場所しか分からない。すると人を小馬鹿にしくさった表情で高山くんが説明をつけ加える。


「しょうがねえな、理解力の足りねえ転校生のために詳しく話してやるよ。みっちゃんが言ってたけど、テメーはガチもんの本職なんだろ? ならオレと違ってバケモンが視えるし祓えるわけだ。つーことは、オレのバケモンを寄せねえ体質とテメーの力、どっちがつえーかハッキリさせてやろう、ってこった。けど、まあオレも鬼じゃねーからな。腫海公園はマジで『出る』って噂だけど、昔みっちゃんと行ってみたとき、何も起こんねーのを確認してる。安全マージンはガッチリ取ってるんだから、トーゼン乗ってくれるよなあ?」


 なんだそれ。圧倒的に露水さんが不利じゃないか。よっぽど彼女をオカ研から追い出したいのだろう。そういえばヨシカズくんもまた、凪遊さんよりも高山くんからの猛攻(という名の地味な嫌がらせ)により、オカ研への入部をあえなく断念させられたと耳にしたことがある。

 ちなみに。高山くん的には2人だけの部活動にしたかったそうだ。だが同好会の創設には最低3名必要なので、幽霊部員でいることを条件に私の入部をしぶしぶ承諾した、という経緯があったりする。その際はどれだけオカルト愛があるかを試すとか言って洒落怖朗読1時間耐久に付き合わされた。きちんとノッてあげた私は褒められてもいいと思う。

 あのときより試練の難易度をあげてきたあたり、高山くんはよっぽど凪遊さんの関心が露水さんに向くのを阻止したいらしい。あの七不思議事件では目の前で彼女の戦う姿をまざまざと見せつけられた凪遊さんは、ツンデレというやつで本人の前ではスンとしているけれど内心かなり露水さんを気に入っている。暇さえあればSNSのDMで露水さんトークをおっぱじめるのでめんどくさい。

 要するにこれは嫉妬だ。少年らしい淡い恋心からくるヤキモチというと響きはかわいいが、付き合わされる羽目になる露水さんとしてはたまったものじゃないだろう。私ならシカトしてソッコーでお暇している。乗っかるつもりがあるだけ、彼女は割に優しい人なのかもしれない。


「はぁー……。ほんっとに、お前らってマジめんどくせえ。さっさと乳繰り合えよ、あたしを巻き込むんじゃねえ。まあ、おもしろそーだから今回は特別にその勝負とやらを受けてやるよ」

「えっ露水さん受けるの? 大丈夫? 負けたら退部させられるかもしれないよ」

「んーまあ、その時はその時っしょ。別に校長んこと脅せばどうにかなるし」

「いや、脅さないであげてよ……可哀想じゃん、うちの校長もう少しで定年なんだからさ」


 じゃあ確かに伝えたからな、と最後にあかんべーで煽ってから慌ただしく高山くんは旧校舎に向けて走り去っていった。あれは図星をつかれて逃げたな。とはいえ露水さんどころか私でさえすぐに追いつけるくらい遅い。あれじゃ走っているというより早歩きだな。


「そんじゃ今夜またね、里奈子っ」

「えっ何、また私に立ち会えと?」

「トーゼンじゃん。誰がジャッジすると思ってんの? 副部長はナシだよ、ややこしくなるもん」

「ああうん、そうだね……はぁ。仕方ないな、わかったよ。ところで、なんで私のこと部室に連れてこうとしたの?」

「今日は『仕事』がないから普通に放課後オカ研であそぼーかなって。この街は穢れの濃度が最悪だから長時間の滞在は良くないんだけど、日に2度の禊を励行するのであれば、ちょっとだけなら遊びに行ってもいいよ、ってメグルが許してくれたし」


 彼女の言う「仕事」というのは、つまりオバケ退治を指している。正確には、あのばけもの達をオバケやユーレイとは言わないらしい。あの異形は「カルマ」と呼ばれているのだと。そして露水さんはカルマを倒すのが役目なのだと。本当はもうちょっと込み入った事情があるけど話せるのはここまでだから、と彼女はそれ以上のことは伏せられてしまったが。

 なので「込み入った事情」とやらはヨシカズくんから直接聞いた。なんでわざわざ知りたがるのかと逆に彼から詰問されたが、そんなの露水さんが友達だからに決まってる、と返すと、やれやれと言いたげな顔で──ただし口元は緩んでいたが、教えてくれた。そのおかげで、あのハクールとかいう人外イケメンのことも知れた。とりあえず、あの風変わりな友人が色々と大変な目に遭っていることは分かった。


「あ、そうだ。念のためにこれを渡しとく」

「なにこれ……水晶玉?」

「カルマに限らないけど怪異は光るものを嫌う。鏡や刃物、そしてこういう水晶とかも。なぜなら、ばけものってのは自分の真の姿を映すものを嫌がるんだよ。ま、お守りみたいなもんかな。必要がないようにこっちも色々対策はしてるけど……万全ってわけにはいかないから」


 にこっと笑う露水さんは最初に顔を合わせた転校初日に比べるとずっと穏やかに見えた。と言ってもまだそんなに日は経っていないけれど、あのときは抜き身のナイフみたいに鋭く尖っているようだった。触れるものみな全て傷つけようとしているかのような、荒々しい攻撃性はずいぶんなりを潜めている。

 それは果たして本当に良いことなのだろうか。彼女の仕事はとても特殊かつ危険なものだ。誰も彼も寄せ付けようとしない、あの鎧のごとき壁を作っていたままの方が、よほど露水さんの心身を守れるんじゃないかと思えてならない。仮に、気を許しているらしいヨシカズくんあたりが危ない目に遭ってしまったら、露水さんはそれでも冷静なままでいられるのだろうか。



◆◆◆



 ──深夜12時、東京都美波市、腫海公園。

 まったく連日のようにこんな夜更けに呼び出されるなんてどうかしてる、と思いながらこの日も私は親が寝静まったのを見計らって家を出て、電車を乗り継いでやって来てしまった。もちろん彼女のくれた水晶玉は巾着袋にしまい、上着の内ポケットに入れている。

 それにしても寒い。真冬なのだから当然だが、勝負の舞台となった腫海公園は名の通りすぐ近くが海なのだ。昼間は家族連れやカップルが過ごす憩いの場だが、等間隔に設置された街灯がぼんやり照らす深夜の公園は、人気のなさも相俟って非常に不気味である。海に面した部分はウッドデッキがあり、他は芝生が広がるだけのがらんとしただだっ広い空間には既に高山くんが到着していた。


「くうぅ……さ、さむっ! くそっ、誰だよこんなクソさみぃ場所を指定したやつは! オレだった……」

「大丈夫? 風邪ひかないうちに帰った方がいいかもよ」

「なんでお前はそんな平気そうな顔してんだよ真壁ぇ……」

「いや寒いっちゃ寒いけど……これくらいなら親の実家の方が寒いし。あっちは氷点下2桁とか当たり前だからなあ」

「マイナス2桁ぁ!? なんそれ……人間の住むとこじゃねえよ……」

「それはそう」


 下らない馬鹿話で時間を潰していると、やがて10分ほど待ったあたりで露水さんが姿を現した。私達がダウンジャケットやダッフルコートなどで防寒しているというのに、彼女ときたら室内のつもりでいるのかと問いたくなるほどの薄着だった。相変わらず見ているこっちが寒い。

 夜闇に浮かび上がる金髪は変わらないが、登校時とは違う黄色地に赤いハートマーク模様のフードパーカー、下はフリル付きの白いミニスカートである。さすがに生足ではなく黒いタイツを履いていたが、あんなんでこの冷たさが防げるものか。七不思議事件の時は長ドスを持参していたが、今日はコンビニのレジ袋を手にしている。散歩のつもりか?


「やっほー。いやごめんごめん、東名高速鬼渋滞しててさあ。これでも結構飛ばしたんだけどな、運転手が。ちょっと遅くなっちゃった。あ、これさっき買ってきたから2人で分けな」


 差し出されたのはレジ袋の中身である。無糖の缶コーヒーとミルクティーだ。買ったばかりだからか、まだちゃんと温かい。お礼を言って私はコーヒーを、高山くんはミルクティーをそれぞれ受け取る。甘いものは嫌いではないが今は眠気覚ましを必要としていた。こんなところでうっかり寝入ったら冗談抜きに凍死してしまう。


「東名高速って……どっか行ってたの?」

「ああうん、緊急で案件が入って名古屋で1件、帰り際に神奈川でもう1件やっつけてきた。名古屋は別な『家』の管轄だから、ほんとはこっちが請ける必要はないんだけどねー、恩を売っとくに超したことはないし」


 やっぱり露水さんの言うことはちょっとわかりづらい。ガイドとやらはかなり複雑な事情を抱えているらしく、「家」とやらに縛られているのはヨシカズくんからなんとなく聞いていたものの、まさか名古屋まで行かされるとは。いつ頃出発したのかは分からないけれど、むしろよく10分程度の遅刻で済んだものだ。


「そんなことはどうでもいい。おい転校生、お前はちゃんと勝負する気あんのか」

「おーよ。だから里奈子に持たせたんだろ、その水晶玉を」


 ……は?


「あー、それでさっきから『臭う』のか」

「へえ。あんたは視えない代わりに鼻が利くってわけね」


 ──え?


「里奈子、ごめんね。ちょっとだけ『使わせて』もらっちゃった」


 にっこりと綺麗に笑うこの女の子は誰だ。露水さん……なんだよね? でも彼女はこんなにも屈託なく笑うひとだったろうか。違う、彼女の笑みはもっと下手くそで不格好だ。ひと月にも満たない付き合いだけど、私は確かに知っている。


水晶玉それ……確かにお守りにはなるんだけど、同時に穢れを吸い込む力がある。前にも言ったけど光陽台市は忌み地、関東で最も穢れが濃く滞留する場所。だけど穢れそのものをどうにかすることは『コスト的に』難しい、それに同じ都内に皇居がある以上、優先度は遥かに落ちる。だから、あたし達は光陽台市の穢れを濃縮しカルマをおびき寄せ、力の強い術師を配置して送還していくことで皇居付近にカルマが近寄らないように仕向けている。そのためにあの街は結界で何重にも覆われている。それと同じでね、水晶玉を使って穢れを吸わせ、あんたを撒き餌にしたってわけ」


 淡々と。告げる少女の顔はもう、はっきりと見えない。私の目には。


「撒き餌の効果、マジで高ぇな。──ほら見ろよ。もうすぐ『来る』」


 えげつないことするな、と笑いながら高山くんが海辺を指し示す。そこには夜の闇よりもなお深い暗雲が立ち込めていた。

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