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白鬼夜行  作者: 飴村玉井
10/24

肝試しと忠告

 どこの学校にも七不思議というものはあるが、光陽台市立光陽台中学校にも一応、同じように学校の七不思議はあった。美術室の首から上が動く彫刻、音楽室のひとりでに鳴るピアノ、理科室の踊る人体模型、3年の教室にだけ姿を現す自殺した女子生徒の幽霊、2年の教室でのみ目撃例がある「悪魔」、1年の教室にやってくる「死神」、そして未だに誰も見たことのない「7つ目」。どれも眉唾ものの噂だ。オバケやユーレイなんて本当にいるわけないのだから。

 さて、その七不思議についてだけれど、露水さんをオカルト研究部への入部を認める代わりに自分を連れて7つ全て見つけてみせろ、と副部長の凪遊さんは条件を出した。なかなかの無理難題である。今まで肝試し感覚で歴代の卒業生が七不思議チャレンジを敢行してきたが成功した者は誰もいないのだ。

 前半(特別教室に出るもの)は過去に何人か見つけられた人もいるらしいのだけど、後半の「悪魔」「死神」はまだ未発見。7つ目に至っては、そもそも何なのかすら明らかになっていない。正体について色々と噂はされているが、無事に7つ目に行き着いた人間が皆無なのだ。

 ただ卒業前の七不思議チャレンジというのは慣例化しているらしく、毎年3年生の中には発狂して病院行きになったり、そのまま消息が途絶えてしまった生徒がいると聞く。凪遊さんと部長の高山くんは私達と同い年だから、本当なら来年の今頃やるつもりでいたのだろう。それを何故、今やる気でいるのか。


「という訳で深夜2時でーす……寒いでーす……コホンっ、ねえナベちゃん、ちゃんと撮れてる?」

「はいはい。しっかり撮れてますよ、それと私は真壁ですってば。何回言ったら分かってくれんのかな……」

「ねー、なんでわざわざカメラなんか回してんのォ? 言っとくけど『あいつら』は、気分じゃない時は写真とかビデオに写んないよ」

「うっさいな、黙ってろ転校生! これはしんせーなるぎしきなのっ、オカ研の恒例イベントなの!」

「はあ。無駄だと思うけどな……それよりクソさみぃし、はよ中入ろ。ヨシカズに言って校内の暖房オンにしてもらったから」

「マジ? ヨシカズくん何者……? てか露水さんのこともよく分からんけども」


 草木も眠る丑三つ時である。新月の空は巨大な闇色の蓋のようだし、チカチカと瞬く星々は硝子の欠片を撒き散らしたみたいだ。街灯の薄ぼんやりとした光に照らされ、毎日のように見ているはずの光中の校舎は今にも何か出てきそうなくらい不気味に映った。

 白茶けたコンクリート造りの、4階建ての校舎は1階に職員室と校長室、応接室、保健室がある。2階から上は全て生徒用の教室で、旧校舎──特別棟に特別教室は集約されている。前述の通り準備室や部室も含んでいるので、中学校の割には結構大きい。30年くらい前、昭和の頃はもっとこぢんまりした学校だったそうだから、マンモス校と化したのは最近の話なのだ。


「……ねえ、露水さん、ほんとに私達も入るの?」

「何。別に、行きたくないならそれでいいよ。ていうか正直、お前ら邪魔だし居ない方が手間が省けてラクなんだけど」

「はー? 行きますし! 一蓮托生だし! むしろ逃がさないからな転校生!」

「あたしの名前は露水っていうんだけどー? おやおや、もう耄碌しちゃったのかな? ずいぶん忘れっぽいんでちゅねえ、脳みその容量フロッピー以下か?」

「ア? なめんな。USBメモリくらいはあるっつーの! それとも嫌味がわかんないおバカちゃんなんでちゅかー?」

「意外とストレージ少なくない……? まあいいや、凪遊さんほっとけないし私もついていくよ……置いて帰ったら高山くんに怒られそうだし」


 スマートフォンのビデオカメラモードをオンのままにしつつ、これ以上更に言わせてなるものかと凪遊さんの口を塞ぐ。無用な争いは避けたいところだ。彼女が人の名前を覚えないのはいつものことだが、露水に関してはあだ名で呼ぶのも忌避するレベルで気に入らないらしい。めんどくさい。

 そもそも彼に黙って肝試しなんか始めた時点で、高山くんが知ったら激怒するに決まっている。彼は凪遊さん限定でめちゃくちゃに過保護だ。幼なじみだと公言しているが、まるで2人は恋人同士であるかのような溺愛ぶりで有名だ。凪遊さん本人もまんざらでもなさそうなのが余計にめんどくさい。

 やっぱり彼も連れてこればよかった、とほとほと後悔しつつ校舎に入る。普段かかっている機械警備や見回り、施錠などは全てヨシカズくんがどうにかしてくれたとは露水さんが教えてくれた。友達と肝試しすると告げたら謎に感激して手を回してくれたのだとか。まるっきり扱いが手の焼ける子供である。

 当然ながらとうに日付も変わった真夜中に先生や生徒が居残っているわけもない。照明の落とされた校舎の中はしんと静まり返り、人の気配が一切感じられない広大な建物内は異形の腹の中に取り込まれてしまったような感覚を覚えた。1週間のうち5日も過ごしている、2年近く通ってきた学校なのに知らない場所へ来てしまったような気がした。

 ……実際、誰に言ってみたところで信じてもらえないだろうけれど、内部に足を踏み入れた瞬間から、絶えず嫌な予感がするのだ。寒気さむけがする。風邪や寒気かんきからくるものじゃない、背筋がいやに冷たい、……こわい。


「安心しなって。ここに竜胆露水が居んだろが。あたしが何とかしちゃる。任せな」

「……露水さん」

「大丈夫。あの馬鹿は『視える』側だ。あのガキは馬鹿だが、命の価値が分からないアホじゃない。いざとなったらあんたを連れて逃げるよう言い含めてあるから、落ち着きなって」

「それ、凪遊さんも言ってました。自分は視えるって……何が、一体あの子には何が見えてるんですか?」

「うーん……まあ『視て』のお楽しみ、かな」


 曖昧に笑って、露水さんが私の手をしっかりと握った。真っ暗な中では彼女がどんな顔をしているかまでははっきり見えないけれど、なんとなく笑みらしきものを形作ったかに思える。光源もろくにないのに、肩口でさらさらと揺れる金の髪が目についた。


「露水さん、寒くないの。校内は暖房入ってるって言うけど、さすがにそんな薄着じゃ……」

「んー? へーきだよ。昔っから暑いのも寒いのも大して気にならないんだ」

「いいなあ、私さっきからずっと寒くって……」


 彼女は昼間に学校で見た時と違う服を着ていた。ショッキングピンクのフードパーカーにレザーのミニスカート、足元はやたらごついブーツ。もしかして男物だろうか、とまじまじ見ていると爪先に鉛を仕込んだ安全靴だという。デザインはシャレているが。そして見慣れないものを腰に下げていた。見慣れない、というのはあくまで日常生活でのことで、ヤクザ映画でなら見覚えがある。長ドスである。


「つかぬ事をお聞きしますが……えーと、なにそれ? 長ドス? なんで?」

「え? だって今日の仕事で要るんだもん」

「もっかい言うけどなんで!? 長ドスが必要な仕事って何!?」

「それも見てのお楽しみってやつだね! それより、1つ目の現場ってここ?」


 渡り廊下で繋がる旧校舎の中にある美術室、先週も授業で静物画をやらされた教室は別段どこも変わっていなかった。引き戸の小窓からそっと覗いてみても、入室してみても、何も変わらない。彫刻は動き出さなかったし、どころか物音ひとつさえしない。


「おっかしーなー、前半部分は比較的打率が高いって聞いてたんだけど。ねえ転校生、お前なんかした?」

「べっつにィ。なーんも。もしかしてクソビビりの生徒がいるから可哀想に思ってオバケも引っ込んでくれたんじゃね?」

「はっ!? だ、誰がビビりだってえ!?」

「誰もテメーがビビりなんて言ってねーよ。それより次だ、次。時間ねえしサクサク行こ」

「このっ、転校生! お前が仕切んな、こら!」


 ギャーギャーとうるさい凪遊さんを引きずって私達は2つ目の起こる場所へと向かう。ついで音楽室のピアノもだんまりだったし、理科室の人体模型もお淑やかな佇まいであった。つまり何も起きなかった。毎年の七不思議チャレンジではかなりの割合で怪現象が目撃されるのに。


「……マジであんた、なんかやったの? 不気味なくらい何もなかったんだけど。もしかしてその長ドスのせい? 大抵の怪異は鏡と刃物を嫌がるし」

「おっ、詳しいじゃん。そうね、怪異は光るものを嫌うけどこれは別に関係ないよ。お清めしてもらった訳じゃない、ただの刀。けど、帰宅してから一度潔斎したから、穢れはあたしになんもできねえ」

「じゃーやっぱりあんたが何かしたようなもんじゃん! ふざっけんなよ、カメラ回してる意味ないじゃんか!」

「はー? 出てこねー方が平和でいいだろが。それに前半部分の怪異は『カルマ』じゃない、ただガキがビビり散らかすのを面白がってイタズラしてるだけの無害な霊だよ」

「ねえ露水さん、その言い方だと、まるで……」

「里奈子、マジに勘がいいね。そうだよ、問題はここから。後半部分に出てくるのはなーんだ?」

「ええと、幽霊、『悪魔』、『死神』、『7つ目』……」


 列挙していくと、露水さんは伊達眼鏡の奥の双眸をきらきらさせる。それは希望に満ちた光というより何か面白いものを見つけたときの輝きだった。


「このうち、幽霊と7つ目は無視していい。無視っていうか、幽霊に関しては黄龍院ウチのメグルがとうに解決してる。こっちの案件だったからね。7つ目については実在してない、まだね。この先は分からないけど。じゃあ──『悪魔』と『死神』はなんだ?」


 疑問符をくっつけながら露水さんがいたずらっぽく笑った時だった。ゾ、と校舎に入ってから1番強い悪寒が背筋を走り抜ける。ヤバいヤバいヤバい、これは本当にヤバい。──私はたぶん、ここで死ぬ。


「おいでなすった! テメーらがお待ちかねの七不思議が5つ目と6つ目だ! おい里奈子、カメラ回してるか!?」

「えっ、うん! でも、これ撮れるの……?」

「さあね! 機械詳しくねーし、知らん!」


 息抜きを兼ねて訪れていた2学年の教室、ていうか自分のクラスは突如戦場と化した。「悪魔」は山羊の角に太い蛇の尾、蝙蝠の翼を生やした異形で、「死神」は身の丈よりも大きな鎌を手に持ち、ボロボロの黒いローブに骸骨頭の、どちらも絵本や漫画でよく見るオーソドックスな外見をしている。

 これはなんだ? 何が起きている? 私達は肝試しに来ただけじゃなかったのか。うっかり笑ってしまうくらい悪魔らしいデザインの「悪魔」と、いかにも死神ですって感じの「死神」なのに、かかるプレッシャーはそんな甘っちょろいものじゃない。

 死ぬ。1歩動いたら死ぬ、瞬きしたら死ぬ、今死ぬ、すぐ死ぬ、絶対に自分は助からない。2秒先、私が生きているビジョンが思い浮かばない。呼吸できているのが不思議なくらいに、不吉でユーモラスな一対の怪物から目が離せない。


「ダイジョーブ。ま、そこで『副部長』と大人しく観戦してな」


 金縛りに似た硬直が解ける。視界の先には、がりがりと後頭部を掻きながら、かったるそうに構える少女の姿があった。途轍もない威圧感がのしかかる中、私達よりも華奢な背中からは、怯えや恐れなど全く感じない。


「解説してあげようか。前半部分にいるのはこの世の物質に取り憑くことのできる無害な霊。現世を気ままにうろつく、あんた達の言うところの怪異だよ。じゃ、こいつらは何か? 答えは簡単。悪霊だよ、それもとびっきりタチの悪いバケモンだ。あたし達はこいつらのことをこう呼ぶ──『カルマ』ってね」


 長ドスがひらめいた。真円を描いて一閃、しろがねの刃が「悪魔」の胴体へと綺麗に叩き込まれる。腹部への強烈なダメージにより、三日月に裂けた口元が歪み、小さく呻き声が漏れた。

 しかし黙ってやられる気はないらしく剣圧で吹き飛ばされそうになるのをぐっと堪え、ぱかりと開いた乱杭歯が露水さんの肩を食い千切ろうとする。

 紙一重で避けた彼女へ、今度は『死神』の鎌が襲いかかった。首と体が泣き別れになる前に長ドスが危なげなく鎌を受け止め、軽くいなした。


「……すっげえ」

「あれ、ほんとに人間……?」


 2体もいるばけものと相対して、それでも彼女の優位は揺らがない。薙ぎ、躱し、斬り伏せ、合いの手のごとく拳や蹴りがやつらへと食い込む。踊るように、弄ぶかのように、傷のひとつどころか衣服すら汚すことなくクラスメイトは舞闘する。まるで筋書きや台本に沿って行われる試合のように。


「露水ィ、そんなんでころせると思うのか? 本気出せよ、なァ──それとも、おれに任すか?」


 いつの間にか私達の背後に青年が1人、立っていた。ゆるく1つに編んだ髪の毛はまっさらな白銀、長身に隆々とした体躯をシンプルなデザインのチャイナ服に包んでいる。彫りの深い異国風の美貌は野性的な魅力を放ち、夜闇の中で鮮やかな緑の瞳が喜悦と狂気に爛々と輝いていた。


「だ、誰……!? 露水さんの知り合いッ!?」

「おおよ。まーあいつの身内みてーなもんだ。それより逃げなくていいのか? あいつが殺られたら次はテメーらだぞ」

「は? 誰だか知らんけど馬鹿にすんな。あの転校生は大人しく観てろって言ったんだ。私を副部長って呼んだ。つまり、そういうことなんだよ」

「ふーん……。へえ、露水のやつが気に入りそうなガキじゃねーか」


 ニヤッと笑う男は、己より小柄で弱っちい小娘であるところの凪遊さんに睨みつけられたというのに、怒るどころかちょっと楽しそうな様子だった。

 あの時、確かに露水さんは彼女を「副部長」と呼んでいた。入部の許可が降りると確信したからじゃない、私達を殺させないという決意であり約束だ。だったら、それに賭ける。覚悟には信頼で返す。


「じゃ、おれも黙って見てるとするか……お、言ってる間にもう決着がつくな」


 視界の先。光の差さない室内に、少女の髪が燐光を伴って翻る。うっすらとした淡い光の膜が彼女を包んでいるみたいだった。女性らしくほっそりとした、すべらかな手の中の長ドスが美しい軌跡を描きながら、「悪魔」と「死神」を同時に斬り裂いた。断末魔の雄叫びがびりびりと教室中を揺るがす。


「……勝っ、た?」

「露水さんが……勝った」

「ああ。勝ったな」


 さらさらと光の粒と化して2体の怪異は消え去っていく。彼女はやつらを殺したんじゃない、在るべきところへ「還した」のだと、なんとなく分かった。


「よう露水。ずいぶん時間かかったじゃねーか、いつもならもっと早くカタつけてるだろ?」

「うっせーぞハクール! 仕方ないじゃん、金魚のフンが2匹もくっついてたんだからさあ!」

「えっ何、私達って金魚のフンなの?」

「こらぁ新米! 副部長サマを言うに事欠いて金魚の怪異呼ばわりはないだろーが! 訂正! 訂正を求める!」

「あーほんっとうるせえな副部長サマは。ま、光中のカルマは片付けたし、少しは居心地良くなるだろ。依頼じゃねーから金は入んねえけど」


 もう寒気は感じなかった。それどころか教室の空気はいつもより清々しく、軽やかでさえある。これだけはっきり分からせられたら認めるしかないか、この世にはオバケもユーレイも「いる」んだって。


「じゃあな里奈子っ、また明日、学校で! って、日付変わってるからもう今日なんだけどさ」

「うん。露水さん、朝になったらまた会おうね」


 ハクールさんとやらに送られて帰宅するらしい露水さんと別れ、凪遊さんと一緒に自宅へと帰路につく。どれだけ時間が経っていたのか、校舎を出る頃にはもう夜が明けかけていた。


「……ねえみのり、露水さんとさ、仲良くしてあげてね。視えるんでしょ?」

「うん。ずっと視えてたんだ、あのバケモンも、この街に棲む『あいつら』も。視えていたけど何もできなかった。力がなかった。頼るしかなかった。……だから、ちょっと悔しかったの。あの子は私にできないことができるから、きっとみんなを助けられるから。ねえ里奈子、お願い。聞いて。──この街は、『なにか』がおかしい」

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