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Daughters of Guns  作者: 三篠森・N
EP1 悪夢の始まり -時の止まった街-
5/15

#5

第χ話 お隣さんがやってきた。


「ねぇねぇ聞いた? お隣の家に新しい人が引っ越してくるんだって!」


「あらあらどんな人かしら?」


「アメリカの大学に通ってたすごく頭のいい人で、若くてとってもとってもきれいなんだって!」


「えぇ? そうなの!」


「ちょっとツクシ! あんたはまだ小学生なんだから、きれいなお姉さんになんか相手にしてもらえないわよ!」


「ちぇっ、いいじゃないか。たまにはきれいなお姉さんだって見たくなるよ。だって姉さんはきれいなお姉さんじゃないもんね!」


「バッカモーン! 姉に向かって何て言い草じゃ! 小遣いを減らすぞ!」


「そ、そんなあぁあ……」


 アハハハハハハハ。

 がちゃり。


「ごめんください、隣に引っ越してきた夏目樒です」


「あらあら、おあがりになって」


「おっふ、本当に姉さんよりずぅっとずっときれいなお姉さんじゃない? ねぇノビル兄さん!」


「い、いやぁ」


「ちょっとあなた! 全くもう……」


「アハハ……恐縮です」


「今日の晩御飯は流しそうめんですのよ。まだまだたくさんありますから、夏目さんも召し上がって!」


「いえ……。わたしは結構です。一つのSliderに麵を流して、各自のお箸で掴み取ったり掴み損ねたものを掬うのは衛生的ではないですから」


「あら……」


「……ちょっと神経質で“変”なお姉さんだね」


「やめなさい。聞こえるわよ」


「……」


「それに、そうめんを流す時も手からですか? もう夏ですし、素手で掴んだそうめんはさらに不衛生です。わたしは遠慮しておきます」


「ちょっと君、ヒドいんじゃないかね? “変”だぞ。我が家では流しそうめんで体を壊したものなど一人もおらん」


「アメリカではそうですから。それに次にはどうなるかわかりませんよ。ネコもいますし。……あ、そうだ! わたしがアメリカから持ち帰った道具を使いませんか? 全自動で適量の麺……アメリカではパスタですけど、そうめんでも大丈夫です。アームでSlider」


「君、それなんて言ってるんだね?」


Slider(スライダー)


「英語はわからん。日本語でしゃべってくれ」


「水を流した竹筒に全自動で麺を流してくれるというものです。そこに流れた麵は、個々のものではなく菜箸を使えば衛生面は大きく改善されます」


「あらあら、わたしたち家族が不潔だっていうのかしら。神経質で“変わった”方ね」


「アメリカではそうなんです」


「そうなんだねぇ。でも、ここは日本なんだよねぇ」


「でも……」


「大丈夫よ、夏目さん。ほら、父さんも母さんもみんなやめてやめて。夏目さんが困ってるでしょう? ごめんなさい、自己紹介が遅れちゃったわ。わたしはワラビ。山中ワラビでございまぁす」


 違う。あなたは……。あなたはワラビさんではない……。

 過剰に賢い、美人だと持ち上げられ、そこから変だと何度も言われて否定される。アメリカを滑稽なものとして扱い、シキミの自尊心を著しく蹂躙し、正と負の両面からひたすらに揺さぶり続ける。

 ワラビさんはすぐ手の届くところにいる。この距離なら銀の万年筆で触ることだって出来る。正体がシェイプシフターやスキンウォーカーなら暴ける位置にいるのに、過剰な持ち上げ、そして変と言われ続けることでシキミの気力は大きくすり減った。そして、祖母かもしれないワラビさんだけがシキミを擁護し、優しいことがより辛かった。さらに祖母に名字で呼ばれるのは堪えるものがあった。

 今はまだこれでいい……のだろうかと、すらすらと滑らかにセリフを発しながら激しく自問自答する。自分は昭和に染まっていない、恩田の命令でこうして役者になっているが、自分の目的はあくまでも潜入であり、優秀だ。勉強も運動も、そして新たに発揮した演技力も、他人とは一線を画すからこそ自分は優秀だ。優秀だから他人と違うし……。他人と違うから“変”なのか?

 自分は昭和に迎合していない。自分は令和の住人であり、昭和の住人になるつもりは毛頭ない。その決意のみが残り、他は全て削ぎ落されてしまった。だからこそ危険だ。他人への嘲笑もお門違いなプライドも、すべてはシキミの最も純な部分を守るための鎧であり囮であったのだから、それらがなくなってしまえばほんの少しのダメージで心は大きく傷がつく。


「変……」


 小学校の低学年のころ。夏休みの宿題で『燃えよ剣』の感想文を原稿用紙二十枚に書いたのに、「子供らしくない」「親が書いたのではないか」と疑われた。つまり“変”だと思われた。

 昨日の野球中継でどのイニングでどの球種が使われて誰がどこへのゴロ、或いはフライ、三振だったかを全て覚えていたせいで“変”だと言われた。

 勉強でも運動でも完璧だったせいで“変”と言われた。最初は傷つかなかった。“変”であるから優秀で、他人から簡単に共感されたりするようでは凡人だ。天才だから“変”なのだ。

 ……思春期に友達が出来なくなり、帰宅部なのに学校の代表として区の陸上大会で優勝した時も、定期試験や模試でトップをとっても、夏目はすごいではなく夏目は“変”だから、すべてのランキングは夏目を除いた場合の一位を目指そうと疎外された。

 ……コロンビア大学が、その孤独を埋めてくれるはずだったのに。


「これで一件落着じゃな!」


「ヒドいや父さん!」


 次回もまた見てくださいね。じゃん、けん、ぽん! うふふ。

 ……。


「……ただいま帰りました」


「おかえりなさい、シキミさん。今日もお疲れ様でした。ご飯にしますか? お風呂にしますか?」


「ご飯……。ご飯ね。食べてきちゃったんですよ。撮影で。何回もNGになって……。ゆで卵を六個も食べさせられました」


「おビールだけでもどうですか?」


「ビールも六杯飲んでいます。まだ酔ってはいませんよ。でも……。紬さん。今、季節は何ですか? 四月ですよね?」


「暦の上では」


「でも、撮影ではスイカ割りもするし、こたつに入ってみかんも剥くし、羽子板やコマまわしもするんです。みんながわたしを“変”だと言う。……ワラビさんの家で野球選手が打率三割でシーズンで終えられますかね? という話題が出た時に、わたしは暗算で残り何試合で何打席に一本の確率でヒットを打てば三割キープが出来るという。実際にわたしはそんなの暗算で出来る。それを“変”だと言われるんです。わたしが本当に出来ることが、“変”だって言われるんです。そんなわたしでも、何度“変”と言われたかはもう覚えていません」


 紬は冷蔵庫に今日のご飯をしまった。既に冷蔵庫は満杯に近い。毎日シキミのために料理を作るのに、連日の撮影によってシキミは現場で、ワラビさんの家で夕食を食べさせられるために紬との食事の機会を失った。

 閉じた冷蔵庫に手を当て、紬は思考した。これは危険な兆候だ。シキミは自分との食事や生活を幸せに感じていた。それを限定的とはいえ奪われたのなら、シキミへの束縛が緩和されて夕食を許された時は恩田なる怪人の慈悲に感謝を抱いてしまうかもしれない。少なくとも紬自身はそう思ってしまうだろう。恩田が明治維新直後から生きているゾンビと仮定しても、格で言えば紬が代行しているカマエルの方が存在としてのランクは上である。だが、もはや格は意味をなさない。一四〇センチそこそこでがりがり、大した念力もない紬では、二メートル近い偉丈夫に暴力を振るわれればひとたまりもなく死んでしまうだろう。

 何も出来ないのはシキミだけではない。大天使の代理たる紬ですらも、恩田によってシキミを人質に取られ、一切の身動きが出来ないのだ。それどころか食事を共にすることすら出来ない。


「……」


 明日も一縷の望みにかけて、夕食を作るのだろうか。

 紬はカマエルの化身として長く夏目家と接してきた。菊子がお嫁さんとしてきた日のこともよく覚えている。シキミが生まれた時の菊子の笑顔、次の世代に託す希望は菊子も紬も同じだった。菊子が見ることがないであろう、シキミの先までずっと連なる夏目の系譜。それすらも紬は見ていくはずだった。今、紬が作る現代風の料理は菊子から教わったものだ。もし菊子がワラビさんとして料理を作り、そこでシキミが菊子の料理を食べているのであれば、菊子から教わった紬の料理はシキミの中で現実と虚構の境界を曖昧にしてしまうのかもしれない。


「明日も撮影ですか?」


「ええ。さっとお風呂に……。ああ、お風呂も入ったんでしたね、ワラビさんの家で。寝に帰ってくるだけで申し訳ないです。すみません、おやすみなさい」


 シキミが自室に戻っても何も声はしなかった。絶望も怒りもすべてすり減ってしまい、かち、かちとライターが石を打つ音だけが何度も聞こえた。つかない火を何度も熾すために、ガスの切れたライターで……。やがてため息のような吐息が聞こえ、紫煙のにおいが漂ってきた。

 紬は一種悲壮な決死隊じみた覚悟を決めた。自室に戻り、手荷物として持参した神通力施錠の金庫を開け、怪殴丸を手に取ったのだ。弾は一発も入っていない。この銃に物理的に対応する弾はない。


「……」


 銃は銀色に光り続ける。そしてグリップからはどす黒い怨念が手へと流れ込み、ふとした無音の瞬間には紬の鼓膜ではなく魂に無数の怨嗟の叫びが裂帛の勢いでこだました。怪殴丸のメカニズムや正体は、紬やカマエルも理解してはいない。ただ、長時間触れることが直感的に危険であると察知出来るような決断的殺意……撃った相手は誰であろうと、何者であろうと必ず殺すという、怨嗟の炎に陶冶された純然たる殺害の意思が宿っている。怪殴丸は求める。すべてを殺せと。だから仕組みはわからずとも、どうすればこの銃を使えるかは、怪殴丸が強引に脳に情報を送り込む。念じる、撃つ。さすれば敵を必ず殺す。……その“殺す”という意思には垣根がなく、銃口を向けた相手も、自身を握る使用者も、すべてが死のうと関係はない。すべてを殺す!


「……ッ」


 初めは怨嗟、殺意だけだった。そこに興味を持って銃の心を探るうちに、はっきりと“殺す”と怪殴丸の言葉が聞こえてしまったような気がした。その声が男だったのか女だったのか、子供だったのか老人だったのかすらわからない。ただハッキリと“殺す”と言った。あまりにも危険極まりない。気がつけば紬は思いきり走った後のように呼吸を荒げ、滲んだ汗がじっとりと前髪を額に張り付けていた。


「カマエルよ。あなたならどうしますか」


 カマエルから授かった使命とはなんだ?

 人々脅かす敵を退け、カマエルや天の父の教えを信じるものを守護しろという使命は確かにあるが、その仕事ともしっかりと向き合ったのも最近では江戸時代のキリシタン迫害、第二次世界大戦終戦直後の公職追放逃れにキリスト教へ改宗しようとするものへの導きくらいで、ここ七十年以上は現世の暮らしを謳歌している。そして、令和は決して昭和に劣るような時代ではない。菊子が昭和の人間であるならば、守るべき、救うべきは令和に生きるシキミだ。

 無差別な殺意が悪ならば、怪殴丸は紛れもなく悪である。だが、化身でなければそこまで深く怪殴丸に踏み込む前に、怨嗟、殺意のインストールで狂死したことだろう。

 だが、悪を以て悪を制す。

 それで救われる魂……若さ故に優秀で、繊細なあの子を救えるのなら、怪殴丸は必要だ。これはカマエルの使命ではなく、鎌倉紬の私情である。その私情すらも許される精神性があるから化身を任され、私情が許される程カマエルに奉仕してきた自負もある。


「明日はあなたの力を借ります」

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