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Daughters of Guns  作者: 三篠森・N
EP1 悪夢の始まり -時の止まった街-
4/15

#4

 ズンチャカズンチャカ。


「ワラビでございまぁす! 本日の山中研究所のお天気は晴れ、気温は十九度……きゃあああ!?」


 ワラビさんが毎朝、このルートを駆け抜けて広場に行き、天気予報をするという情報は掴んでいる。地下空間に天気予報が必要なのか? この街の住人はそれを疑問にも思わない。シキミはやはり、この街を支配するのは善意と任意ではなく、おかしなことをおかしいと指摘させない、恐怖を与える者による支配と判断した。恐怖により判断力が弱り、善意と任意だと錯覚するのだ。


「お、落ち着いて」


「黙れ。こいつを撃つぞ」


 そしてシキミは勝負に出た。早朝、昨日の賭け将棋の老人のところに行き、そのこめかみに銃を突きつけてワラビさんの生放送に乱入したのだ。銃とは言っても怪殴丸ではなく、違法な出力の改造エアガンだ。それでも侮るなかれ。目、耳、鼻にクリティカルに当たれば失明など対応する感覚を失う可能性があり、岩塩、銀など怪異の弱点に合わせた弾も装填出来る、ナツメ商会の標準装備である。


「落ち着いて!」


 どうやら祖母はアドリブが効かないらしく同じ言葉を繰り返すばかりだ。そして、覚悟はしていたが、あくびが出る程退屈なこの街で起きたべらぼうな椿事を起こしたのが孫娘だとは気付いていないようだった。


「このクソジジイは賭け将棋で負けたくせに報酬を払わなかったんだ! ふざけやがって……。お前ら全員狂ってる」


「……」


 急に祖母は映写機が止まったように無表情になり、言葉を発さなくなった。祖母のリアクションは鏡だった。シキミは自分の背後に、自分にとっての一種のイレギュラーで、祖母にとっては当たり前のシステムの一つが現れたのだと察した。


「おやおや、お嬢さん。落ち着きましょう」


「……」


 背後からの声は特に饒舌を弄す訳でもウィットに富んでいる訳でもなく、言葉の内容自体は祖母のものと何ら変わりはなかった。祖母の言葉はシキミの火に油を注ぐばかりで逆上させたが、背後の男の声はシキミを心胆寒がらせた。

 口を利くことなど出来なかった。先程まではパフォーマンスとして老人のこめかみに銃口を当てていたが、本当に人質にしないと自分が殺されてしまうと心底恐怖した。

 先程までのようなあらゆる激情の形容を並べ立てることなどもう出来はしない。舌で唇を濡らすのが精いっぱいだった。それ以上口を開けば、きっとただちに喉が恐怖の叫びを発したに違いない。

 まだ顔も見ていないのに、シキミは背後に立って自分の影を覆い尽くす偉丈夫こそアルファに相違ないと理解した。

 むしろ対面していないのが幸いだった。無抵抗で愚鈍な町民を逆手に取るという作戦は、アルファが出てくるのも致し方なしな部分はあったが、シキミは自分が途端にちっぽけな存在であったことを思い出した。IQだろうと偏差値だろうと、内申点だろうと、数百年生きるゾンビの前では何の意味も持たない。そういった数値に由来する種々様々の機知を駆使したところで、この窮地を脱すことは不可能だと、優秀なはずの頭脳が結論を出して一切の反論を許さなかった。

 追い詰められた彼女は今にも泣き出しそうなたかが小娘に過ぎなかった。強がる余裕もなく、虚仮脅しの知性もプライドも全く役に立たず、たかが小娘に過ぎない若さと弱さをその姿と表情が白状していた。同時に、夏目家の末裔でありながらゾンビに臆して一歩も動けない現状に、激しい羞恥に打たれて膝が震えた。


「あちらでお話を聞きましょう」


 途端に自分が何をしたかったのかわからなくなったシキミは、顔を伏せたまま、アルファに促されるままに連行されていった。精神が一気に摩耗し、老人でも赤子でもあるような状態になったシキミはそのまま車に乗せられ、なすがままにアルファの事務所に連れていかれてしまったのだ。

 しかし、そのアルファの巣窟はアルファがこの街を作ったことの裏付けであるように、畳にちゃぶ台、質素で古びた家具の並ぶ居間と、黒檀の机を擁する書斎。シキミの本来の住まいの近所にあるトキワ荘ミュージアムの展示のような光景が目路の限りに広がり、ミュージアムと違ってそこにあるものは機能して、恩田の生活を支えていた。昭和の家だった。


「おかけになりなさい。恩田と申します」


 恩田と名乗った男は謹厳な劇作家と言った風体で、身なりの整った男で顔も端正だった。しかし目には底知れぬ燐光が宿っていた。


「……」


「夏目樒さんですね。借家でお待ちの方は大天使カマエルの化身、鎌倉紬さん。おや。これはうかつに手が出せませんね。リラックスして。お話ししましょう。さぁ、リラックス。……リラックスしろ」


「夏目……樒です……」


 それは最早呻吟じみた声だった。深い絶望と恐怖が、青ざめた眉宇の間に深々と刻まれ、名状しがたい焦慮もあって、勝気な美貌は見る影もなかった。


「あんなことをする人間は前代未聞です。二度としないことですね。思わぬ奇禍で夭折することになりますよ。リラァーックス。さぁ、何がしたいか言ってごらんなさい」


「……あなたはアルファですか?」


「アルファというのはナツメ商会が勝手に決めた呼称で私には意味のない言葉です。しかしサービスしましょう。私はゾンビです。ゾンビというのもナツメ商会が勝手に作った分類ではありますが、あなたたちの作った物差しで言えば私はゾンビの始祖であります」


 その不審な言動と紳士然とした姿は、どこかお人好しな空気を醸し出し、その属性のチグハグとツギハギは不気味という言葉では収まらない悍ましい怪奇の空気だった。


「さぁ、もう少しリラックス。これはあなたにとって好条件です。何故なら、あなたの望みは半分は叶うのだから。……あなたの相棒、鎌倉紬。彼女も長生きしていますね。そして何故か『ウルトラセブン』が大好きだ。私も好きですよ。そして『セブン』をリアルタイムに観た人間は、『ウルトラマンタロウ』を蛇蝎の如く嫌う。そういう輩もいました。さぁ、このシチュエーション。まるで『ウルトラセブン』の一幕じゃあないですか。ちゃぶ台を挟んで、違う種族が話し合う。第八話『狙われた街』の名場面だ。とはいえ、あの場面で差し込むのは夕日。この部屋を照らすのは朝日。終わりではなく始まりです。あのエピソードは、人々の信頼を奪うことで殺し合わせる侵略者の話だった。この街は誰もが信じあい、狙っているのはあなただけ」


「……祖母を返して」


「率直な疑問なのですが、それは本当に祖母を自由にしたいから? それとも、その仕事をクリアすれば帰ってもいいと鎌倉紬に言われたから?」


「……」


「私があなたに帰ってもいい、と言ったら帰りますか?」


「……」


「私は長い時間をかけ、いくつも遠回り遠回りをしてこの街を作りました。あなたもそうするつもりだったでしょう? いくらあなたが将棋の名人でも、一手目で王手はかけられないでしょう。しかしあなたのしたことは一顧の価値もない愚挙ではなかった。私はあなたを許す。私はあなたの望みを叶える。私はそんなあなたも愛する。この街を愛するように」


 まるで牧師か二枚目の役者かというような歯の浮くような台詞は、却ってこの街に対する常人には理解しがたき妄執と怪異の始祖の身上を物語る非人間性の印象を強く与えた。

 朝靄が地面に広がるような速度でシキミの心は恐慌に覆われ、ただただ悲痛な感情だけが痛々しいまでに発露した。

 それでもシキミは完全に機能停止した訳ではなかった。頭の朝靄の中で、音もなく0と1のデジタルな思考回路が恩田の言葉を因数分解する。

 恩田はこの街を愛している。そしてこれからはシキミも愛する。つまり、シキミは本格的にこの街の住人にされてしまうのだ。


「あなたは『ワラビさん』で役を与えられたかったんでしょう?」


 正解だ。

 シキミは『ワラビさん』の登場人物の内、シキミ自身か紬とよく似た年齢や背格好の人物……。例えばワラビさんのいとこの妻のフキあたりを襲撃するつもりだった。フキは体に傷のある人物ではない。そのフキの役者の代役か後任のオーディションに参加し、役を射止めてよりディープに『ワラビさん』の世界に参与する計画だったのだ。しかしそんな悠長なことはしていられないと察したシキミは強硬策に出て山中研究所の運営者を引きずり出す計画に変更したが、最初にアルファが出てくるというのは全くの想定外だった。

 そして当然だが、運動能力と頭脳の乗算ならナツメ商会きってのエリートで、足りないのは経験だけ、というシキミでは、例え経験を積もうとも怪殴丸なしではアルファには勝てないのも自明の理だった。

 いつから詰んでいたのだろうか。山中研究所に来た時から? 焦燥に焦燥を重ね、強硬策を強硬策で上書きした時から?

 だから紬は言ったのだ……。金はいくらでもあるし、ここでの調査が長引けば長引く程、報酬は増え続けると……。


「リラックスしろ」


 ……。


「わたしは何役になるのですか?」


「あなたのための役を書きます。そうですね。あなたは、最近近所に引っ越してきたアメリカ帰りのエキセントリックな才媛。若くて美人で評判で、新しいシステムや新しい知識、新しい品を使い、この街を豊かにしようとするオンリーワン。時には発明品や舶来品をワラビさんに紹介することもあるでしょうね。役名は、“夏目樒”。きっと視聴者はあなたに病みつきになりますよ。どうもあなたの商売は上手く行っていないようだ。だからワラビさんはあなたによく御馳走する。こんなのはどうです?」


「……」


「あなたがやろうとしていたこととなんの違いがありますか? 『ワラビさん』の出演者になるという目的、この街を二十一世紀に染めたい。不本意だったなんて言わないでくださいね。あなたが……。コロンビア大学出身だって名乗るのも本意じゃないでしょう?」


「……あぁ?」


 朝靄を一気に吹き飛ばし、恐怖と自制心すら焼きかねない怒りの炎。シキミは激高寸前で唸り、現状精いっぱいの威嚇を以てアルファを睨みつけた。


「だって卒業出来なかったではないですか。不本意にね。おっとこれは失言だった。あなたは『ワラビさん』の出演者になるのだから、もう愛すべき同志であるのに」


 唇の隅に冷たい笑いを浮かべて恩田はため息をついた。

 確かに恩田の発言は失言だった。シキミのエンジンに火が入り、機能再開し始めていた頭脳はさらに鋭く強く働いた。

 そして確信に至った。

 シキミの血筋は、夏目という名字からナツメ商会のご令嬢と推測することは至極簡単ではあるが、コロンビア大学とシキミの浅からぬ遺恨については本人もあまり語っておらず、発泡酒の新人のように風の噂でしか知らぬ者もいる。そしてアルファは紬の『ウルトラセブン』好きも知っていた。

 ナツメ商会にはスパイがいる。その疑念にシキミは絶望した。


「それでは演技のレッスンに行きましょう」

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