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Daughters of Guns  作者: 三篠森・N
SEASON2 EP4 ジッパー
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ジッパー #3

「おかえりなさい、秋水。お客さんは?」


「セーブデータを作るそうなんで、そういう風に案内しましたよ」


 無礼講に大江は明生とオンライン通話を再開した。手元の紙コップにはこだわりのコーヒー。だが明生の宝石の見せびらかしだって下品で無礼なのだからお互い様だ。それに秋水呼びも気に食わない。ミドリカワの髄の結晶であるケミカル若作りのくせに、現役ぶって秋水呼びなどバカバカしい。


「以前も話した通り、ジッパーはミドリカワファーマの傘下に入ってもらうわ」


「我が社のAIは精神安定剤のようなものですからね。そして身に余る光栄です。ありがとうございます」


「例のものは?」


「正常に動いていますよ。天使ジェネレーター。既に自動的に各種SNSにアカウントを設置し、各種ステルスマーケティングを開始しています。人格のバリエーションも豊富ですしね」


「おほほほ、それはセーブデータを作っているからでしょう?」


「サンプルに過ぎませんし所詮は情報です。本人とは関係ない」


「でも天使の素が出来たということね。受肉体はこちらで用意したわ。後は施設を移すだけね。そこは随分と狭いでしょう? だからあなたに大きな庭をあげる。場所が決まったわ。奈良県南部の山の中。山中研究所と呼ばれていた場所にジッパーを丸ごと移設し、そこでミドリカワ・バイオ・プラントと合流してもらうわ」


「元々そこにいた人はどうなるんです?」


「彼はもうお役御免よ」




 〇




「さて、へっぽこ探偵の出番か」


 自由行動を許されていた明智は懐の名刺入れから一枚だけ名刺を抜いた。持ち主と直結する無造作でぶっきらぼう……対人コミュニケーションへの苦手意識から半ばやけくそじみて明朝体で明智日日日の名とメールアドレス、電話番号だけが記されている。だが大江にこの名刺が通用した時点でジッパーの社員には明智日日日の名が武器になるのだ。

 光秀のように裏切らないが、小五郎とは違ってへっぽことシキミにからかわれた明智は胸を張って堂々と社内を歩いた。愛用のトレンチコートは暑いくらいだったが、緊張のようなメンタルに起因するものではなく寒い新潟の冬を乗り切る空調故だった。

 実際皮肉であった。明智日日日の名が通じたから優先してセーブデータを作ることが出来たのに、通じてしまったからこそこの会社が怪しいなんて。

 コートを脱いで腕に掛け、すれ違う社員には軽く頭を下げた。それだけで誰にも怪しまれることもなかった。堂々とオフィス内も散策し、後ろからパソコンを覗き込んでも社員は会釈をする程度で作業を続行した。確かに効率的と言えば効率的だ。怪しい人間を摘まみ出すのは警備員。警備員にプログラミングは出来ないし、プログラマーに警備員は出来ない。完全なる縦割りだった。或いは異物など何も怖くないかだ。


「すまない、敷地の一番北の区画。見学は可能かね?」


 若手の社員の肩を叩くと、若手はヘッドホンを外して明智を見上げた。音漏れしているのはアニソン。仲良くなれたかもしれないのに。


「警備の方か社長に許可とりました?」


「社長からはすべてのアクセスを許可されている。案内してくれ」


「僕のIDカード使っていいですよ」


 若手はカードを差し出してすぐにヘッドホンをかけ、作業を再開した。不気味だ。踊らされている気がする。

 最北の区画は幾重のロックがかかっていたが、すべて若手のIDでパス可能だった。明智はコートを羽織った。明らかに気温が下がっているのだ。その理由はすぐにわかった。


「スーパーコンピューター?」


「その通りです。冷却が必要なので」


 背後から軽薄な声。予想外のことにハッと驚き振り返ると、そこにいたのはフード付きのコートを着込んだ大江だった。相変わらずの仏頂面だ。明智も仏頂面だが、つまらない男としての明智、すべてをつまらなく感じる大江ではその顔でも意味は違う。


「なるほど、私にこれを見せたかったのだな」


「そうです。説明しても信じてもらえないでしょうし、ご自身で見つけてもらった方が信じられるでしょう?」


「つまり私は釈迦の掌を飛び回る孫悟空ということか」


「ミカエルの化身がそのジョーク、本当に信心はないんですね」


「ならば説明してもらおうか。なんだこれは」


 仏頂面のチキンレース、先にブレーキをかけたのは明智だった。眉間に皺を寄せ、かなり不器用に威嚇じみた顔で大江を睨みつけた。大江を悪人と断じるにはまだ証拠がない。だが明智には大江の礼節を欠く言動と行動を人として認めることが出来ず、そういった人間がまともであるはずがないと決めつけていた。シキミも尊大だが、それは彼女の人となりよく知り、長所も短所も理解しているから……。要は依怙贔屓だ。


「天使ジェネレーター。SNS上に人格を作り出します。作り出された人格は指向性を持ち、現実に肉体を持たないだけでネット上には確かに存在する。思考する脳、タップする指を持たないだけで、彼らには眠る時間としてSNSに触れない時間があり、働く時間も設定してイラついたりする。それだけで“そこ”にいると認識される。その人格を無数に作り出すのが天使ジェネレーターです」


「その人格のサンプルがセーブデータ作成者への聞き取り調査という訳か。何のためにこんなものを?」


「簡単な話です。僕は人に褒められたい。すごいと言われたい。承認欲求を満たしたい。それを可視化するのが貯金や給料であり、フォロワー数であり、株価だ。天使ジェネレーターはそれらの数値を上げてくれる」


「モラルはないのか?」


「ありません。顧客がクレームを出すようなことには配慮しますよ、それぁ。あ、そうだ。勘違いしないでくださいね。もちろんセーブデータを作成しても、そのセーブデータをそのまま天使ジェネレーターで使うこともない。だから夏目さんも日出さんも、何故か彼女たちを名乗り、彼女たちと全く同じプロフィールの人間がSNS上にもう一人存在するということはありません。回答はあくまでも人格のサンプルです」


「実に不愉快な男だ」


「ならばそのお詫びに一つ教えましょう。ジッパーは近々、ミドリカワファーマの傘下に入ります。ミカエルの化身であるあなたは、この天使ジェネレーターの天使が何を意味するかわかりますよね?」


「……天使を作る気か」


Exactlyそのとおりでございます


 パチン、と気障に指を弾き、大江は笑いもせずに手で明智に続きを促した。


「神話やミームが独り歩きし、その情報が受肉する状態。情報降霊の基本的な部分をジッパーは扱っている。カボエルやささだもんのキャラクタービジュアルは二次創作の方が主流となり、オリジナルの権利は既に放棄して今はオリジナルの版権元であるジッパー自身も二次創作のカボエル、ささだもんを使っているという状況だ。二次創作がオリジナルを駆逐している状態。これは情報降霊におけるオリジナルを攻撃する起源主張ウイルスも効かない」


「そうです。僕はこれをカリフォルニアロール現象と名付けています。アメリカでは寿司の二次創作としてカリフォルニアロールが生まれ、カリフォルニアロールを普段から食べているアメリカ人は寿司をカリフォルニアロールの偽物だと主張し、アメリカの寿司屋は寿司が駆逐されて実質カリフォルニアロールの店。既に我々が開発したオリジナルのささだもんとカボエルは駆逐された状態。起源は二次創作に触れたすべての人間に分散している」


「そして自認カボエルや自認ささだもんが現れれば、情報降霊の物理受肉が完成するということか」


「Exactly。失礼、僕はアメリカの大学を出ているものでね。そして、天使ジェネレーターで作った人格を都合よく受肉してくれる人間は早々現れない。じゃあ作ることが出来るとしたら?」


「まさか」


 明智はぞっとした。明智が想像している通りであれば、この大江という男は完全に人格が屈折している。ミドリカワファーマがこの状況に至るのはわかる。海外由来の怪奇を数百年恨み続けた歴史から、狂気の上澄みが残っているのは理解が追い付く。だが大江は一代で、しかもこの若さでだ。


「Exactly。ミドリカワファーマが管理しているゾンビを使います。意志薄弱なゾンビを教育段階から受肉対象として調律し、受肉体とさせることで人工天使を誕生させる。それがミドリカワファーマの目的です」


「君のではないのかね?」


「僕にはどうでもいいことだ。大事なのは評価、そして評価を可視化する数値。それだけですよ。それで、どうします?」


「……どうもしない。今の私に何が出来るというのだね?」


「何も」


「そうだ。だが夏目樒の頭脳とプライドが、日出菊子の安穏と怪殴丸が、いつかこの行為を断罪するだろう」




 〇




 三時間の聞き取り調査を終え、シキミは不覚ながら少しいい気分になっていた。AIが上手く自分を転がしていたこともあるのだろう。だが何より承認欲求が満たされてしまったのだ。小学校の六年生の頃、卒業間際に同級生たちはパステルカラーのプロフィール帳を渡してきた。孤高の天才を気取っても質問に答えることは楽しかったし、自分の話したいこと、自分のことを知ってもらうことは人間の根源的な欲求であると知ったのだ。キャバクラで自慢話をする親父もそうなのだろう。

 それにより不覚にもシキミはだいぶいい気分になり、ウソもつかずにセーブデータ作成に必要な質問をすべて回答した。愛車の名前、ゲームではどういうプレイスタイルにこだわるか、最初に飼ったペットがメダカであったことまで気持ちよく答えてしまった。キクコを案ずる気持ちは徐々に薄くなり、自分はもうすぐ死ぬのかもしれないのだから仕方ないとまで思いながら回答にのめり込んだ。


「キクコさん、大丈夫でしたか?」


 どうやらキクコはシキミよりもだいぶ先に回答が終わったらしく、談話室で茫然とソファに身を沈めていた。無理もない。記憶はたった半年分しかないのだ。キクコを構成する残りの要素……。臆病なこと、少し人に依存体質であることなどはエピソードではなく心理的に分析と再構築が出来る情報だ。エピソードらしいエピソードといえば、近所にある金星灯百貨店というレトロな雑貨店が大好きなことやファッションの好みくらいだろう。つまりキクコのセーブデータは本人よりも他者……つまり客観への依存が強いのだ。


「……思い出しました。シキミさん」


「何を?」


「わたしが煉獄で何をしていたかを。わたしは煉獄で人を……」


「落ち着いて。話さなくていいですよ」


 シキミは隣に腰かけ、肩を優しく叩いて祖母を宥めた。自分のバックアップが作れてしまったということで、自分の死という恐怖が麻痺し始めていることにはまだ気づいていなかった。


「人を苛んでいたんです。煉獄で苛みから逃れるたった一つの手段は、自分以外の誰かを苛むこと。わたしは自分の苦痛から逃れるために……。そして芽生えた他人を虐げる快感、逆の自己嫌悪。ものすごい“殺意”でした」


「……」


 不思議とキクコはの口調は淡々としていた。おそらく聞き取りの個室で一度話したことで整理がついているのだろう。もしくは整理が追いつかず、他人事に感じているかだ。


「つまり、わたしが怪殴丸を無制限に使えるのは何か特別だからじゃないんです。煉獄時代に抱えた殺意を無意識に持ち越し、その殺意が無尽蔵だから怪殴丸は満足している。わたしの中にはまだ殺意が残っている」

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