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Daughters of Guns  作者: 三篠森・N
SEASON2 EP4 ジッパー
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ジッパー #1

「シキミさん、何してるんですか?」


「身辺整理を始めようと思います」


 椎名町の夏目邸。シキミの祖父母……つまりキクコが嫁入りした頃から使われている丈夫な籐の家具にインテリアの黒電話、掛け時計。その中で、つい数年前に新しくした換気扇の下でシキミはタバコを吸い、スマホとにらめっこしていた。

 シキミを二十七歳のうちに殺す「27クラブ」の呪い。だいぶクリアが進んできたが、独立マス二つ、そして「オリジナル楽曲が動画投稿サイトで一〇〇万再生」「殺人」「無酸素・単独でエベレスト登頂」に加え「ウルトラマンに勝利」という条件が開示されてしまった。理論上不可能ではないが、事実上不可能な条件が三つ、そしてウルトラマンが実在していない以上絶対に不可能な「ウルトラマンに勝利」が含まれているため、やはりこの呪いはブレイクが前提なのだ。そして独立マス二つと四つの不可能な条件がある限り、クリア条件不明の独立マスをあてずっぽうでクリアしなければ呪いは解けずにシキミは死ぬ。死ぬのだ。いずれも条件が開示された時は怒りのあまりに指が震えたが、ウルトラマンに関してはバカバカしさのあまりに落涙しながら笑ってしまった。


「身辺整理って……」


 キクコは戸籍上はシキミの祖母であるが、見た目も今の立場もシキミの妹同然だ。仕事でもバディであるため普通の姉妹以上に結びつきは強い。そのシキミが死んでしまうのは、キクコの人間関係の半分以上が喪失してしまうことと同義であった。……シキミが死ぬと煉獄に行くのだろうか? 一度煉獄から帰ってきた自分なら、シキミを煉獄まで迎えに行けるのだろうか。……。……ッ。煉獄のことはもう思い出したくない。自分の記憶なのだろうが、切除したい暗黒の情報だ。煉獄の記憶が戻った時、まだシキミに会いたいと思える自分のままなのだろうか?


「最近のAIは賢いんですよ。会話可能なAIに相談して、もうすぐ死ぬのですが何から身辺整理を始めたらいいですか、と聞いています。本当に何から始めたらいいかわからないのでね」


「AIはなんて?」


「わたしが使っているのはかぼちゃの天使“カボエル”というキャラクターが何でも答えてくれるというものなのですが、まずは自殺はおやめなさいと諭されましたね。この年齢で健康だけど死ぬかもしれない、とあれば、まずはそれを疑われます」


「わたしはまだ、呪いを解くことを諦めてはいませんよ。明智さんも」


「言ったら申し訳ないですけど、張本人であるわたしからしたらもう諦めてしまった方が楽って思ってしまうこともあるんですよ」


「……」


「でも悔しいから諦めてやらない。この呪いは性格が悪い。人を舐めきり、ふざけきり、死を茶化している。それで今までに何人仕留めてきたかわからないけど、わたしを相手にしたのは間違いだった。……でも、負ける可能性もあるんですよ。負けてから考えることはもう出来ないですしね」


「どうしたらいいかカボエルは教えてくれないんですか?」


「呪いにかかってカート・コバーンやジミ・ヘンドリックスみたいに二十七歳で死ぬ、なんて言ったら、賢いカボエルはそういうロールプレイだと思ってノって遊んでくれちゃうでしょうね。だからまずは身辺整理は何からすべきか教えてもらっています」


 はぁ、とシキミは大きく紫煙を吐いた。今まで呼吸の回数など数えたことはなかった。だが呪いを解けなければ、まだ二十六歳なのに今の一呼吸は人生の終盤に行われたものだったことになる。


「カボエル」


 キクコはスマホの音声入力でカボエルを検索してみた。頭にパンプキンの冠を被り、三頭身でベタ塗りの可愛らしいキャラクターがカボエルだった。明智が持っていた動画投稿サイトでミームになっている笹団子の精霊ささだもんの公式海賊版キーホルダーと似た画風のキャラクターだった。メーカーのカタログまで辿ると、カボエルの製作元はキャラクターとその性格をプログラミングしたAIを複数開発し、すべて無償提供した上でユーザーは好きなキャラクターをアシスタントに使えるようだった。

 そしてその制作会社は……。


「ジッパー」





Daughters of Guns

EP8 ZIPPER




「お邪魔する」


 板チョコレートじみて豪華で分厚い夏目邸の扉をくぐってやってきたのは石のようなしかめっ面の天使の化身だった。刻一刻と進むシキミの呪い、横浜駅で煉獄の記憶を思い出し錯乱したキクコの地雷。二人とも恐怖や不安はあるだろう。明智のみそういったタイムリミットはなく、負担の大きいミカエルの化身が嫌になったら退職届を出せばいい。しばらくしたら同じように信心はないが口が固く、世界の真理を知っても狂わないようなつまらない人間が後任に座るだけだ。そしてシキミとキクコに絆され、ミカエルの正体を打ち明けた時点で明智はミカエルの化身に求められる口の固さと孤独への耐性という素質を失いつつある。だがシキミが呪いを解ければ、彼女をカマエルの化身の後任に推薦して紬復活までの時間を稼ぐという使命はある。それすら失えばもうミカエルの化身を続けることもないだろう。

 だが、ミカエルの化身の素質を失ったからこそ、シキミの呪いとキクコの地雷を他人事に思えず、自分のことで手いっぱいな二人よりも負担を感じているような気もする。二人を同時に救わねばならない。では、シキミとキクコはどうだ? 自分ともう片方、どちらかしか助からないとしたら自分を選ぶのか? シキミとキクコ、どちらかしか助からないとしたら明智自身はどちらを選ぶ?

 だからこそ、明智の心の中は愛情でドロドロに溶けたチョコレートのように熱く粘つき、現実の前に顔は出会った頃のようなしかめっ面に戻っていた。


「明智さん、ジッパーって前に明智さんが話してくれた会社ですよね?」


「そうだな」


 ……。明智の鞄の中には布を幾重にも巻き、その上からさらにガムテープでぐるぐるに巻いて生ハム原木状になった怪殴丸が収まっている。祝福を受けた布やテープに触れれば怪殴丸が暴発する可能性もあり、怪殴丸は自らの唯一の理解者であるキクコをつがいのように求めている。意味があるのかはわからないが、少なくともキクコが咄嗟にトリガーを引ける状況ではなかった。


「ジッパーは親しみやすいキャラクターを搭載させてアシスタントとした高度な生成AIのサービスを提供している。ささだもん、カボエル、他にも彼らの兄弟はたくさんいるが、ユーザーインターフェースや口調において区別し、ユーザーは好きなキャラクターを自分のアシスタントとして起用する。私のアシスタントはささだもんだ。キャラクタービジネスとIT、両面で世界的企業を目指しているが、企業の発端は新潟のPRだな」


「わたしはカボエルです。そうか、つまりジッパーはGoogleとディズニーの両方に挑んでいる訳か」


「Googleには挑んでいるかもしれぬがIPビジネスでディズニーに勝つ気はないだろうな。以前横浜で話した通り、ジッパーは既にAIアシスタントの最初期のモデルであるささだもんの権利を放棄している。今は私が、アシスタントのいないAIにささだもんの情報を教え込み、再現しているだけだ」


「それも一つの情報降霊ですね」


「だからこそ、危ういと思わぬか? 以前も話した通り。ジッパーは人間のセーブデータを作ろうとしている。人間とほぼ変わらぬ情緒を持つAIの開発が進めば、やがて夏目樒というAIアシスタントすらも作られてしまうのだぞ」


「わたしの記憶や体験はわたししか知りませんよ。むしろわたしが知らない出来事だってある」


「そうだな。例えば君が生まれてはじめて発した言葉、はじめて歩いた日。だがそれは君の主観において意味のあることか? はじめて歩いた日が早かったからといって誰かにマウントをとったことはあるか?」


「ないです」


「だから主観情報だけがあればいい。君の中で曖昧な記憶はセーブデータに必要ない。確かな記憶、都合のいい記憶のみをセーブデータに残し、やがてこの世のすべての人間がセーブデータ引継ぎに置き換わった時に辛い記憶を全くもたぬ人間だけになるのかもしれぬのだぞ」


「……でもこのまま消えたくないって気持ちもわかってくださいよ」


「……理解はしている。君のセーブデータを作ることにしたのだな」


「ええ、キクコさんも。使うかどうかはわからないですけどね。でも、セーブデータを作っておけば少しは楽になれそうですよ」


「私はセーブデータ反対派であるからこういうしかないが……」


 言えない。死の危機に瀕していない自分の言葉がシキミに届くとは思えない。そうだ。ミカエルの化身だって孤独への耐性、無口、つまらない人間という条件にあった人間が選ばれる。これだってミカエルがカスタマイズしたアシスタントを選んでいることと同じだ。そしてミカエルの化身を続けていれば殺されない限り不老不死の明智ではやはり言葉の重みは違い、先代も先々代も、ミカエルの秘密を抱えきれなくなって死にたくなったからミカエルの化身を辞任したという。ミカエルの化身である以上は永遠に生き続けるか、自らの死を願うしかない。この時点で明智はシキミから共感を得ることは永久に不可能なのだ。

 キクコからだって理解はされないだろう。自分は本当に日出菊子なのか? 五十歳以上も若返り、記憶をなくし、趣味が変わっても自分は同じ日出菊子なのか? ようやく思い出せた記憶は煉獄の苦しみ。アイデンティティなどどう固めればいいのだ。あの可愛らしいふりふりのお洋服で自分を定義、表現するしかないし、もしそれすらも誰かが改竄した“日出菊子のセーブデータB”なのだとしたら?


「天使の化身ではなく、友人として同行しよう。当然、君のセーブデータを君の主観だけでは作らせはしない。私の客観も入れてもらうぞ」


「ロクでもないことを言うんでしょう? 高飛車で高慢ちきとか」


「自覚があるならそれも君の主観としてセーブデータに記録されることだろう」


「そもそもわたしは自分に都合のいいセーブデータを作る気はありません。完全に同じわたしを作るつもりです。ええ、大学除籍のこともね。それにセーブデータを作るのは、復活するためじゃなくてアルバムや遺品のような身辺整理の一環です」


「それならいいが」


「でも、セーブデータ作成は表になっていない事業でしょう? 間に合うんですかね? それともセルフでAIにメモリを記憶させる?」


「ジッパー本社に行ってみるか?」


「アポがないですけど」


「私のミカエルの化身という顔と名刺があれば十分だ。それで通じる相手だ。つまり……。わかるだろう?」


「なんとなくね。さぁ、コンビニに行きましょう。今から出発です」


 ポインター号に乗って遠出する時はいつも準備に向かうセブンイレブン。コンビニスイーツ、飲み物、雑誌。シキミはスポーツ紙、キクコはファッション誌、明智はマンガ誌と好みは違う。それでも次々とカゴにものを放り込んでいった。


「今日はユニスポ買わないんですか?」


「今回の相手はあんなデタラメインチキ三流新聞が扱わないような立派な企業ですよぉ」


「でも買いましょう。わたしたちはいつもそうしてきたんですから」


 いつものままでいたいと縋るようにキクコは大宇宙新聞……略してユニスポをレジに運んだ。


 ……

【衝撃告白! 明智光秀、無罪を訴える!】

 本誌記者が衝撃の情報をゲットした! なんと世界各地に明智光秀を自称する人間が大量発生しているというのだ! なんでも歴史の授業は縄文土器で諦めたヤンキーのハマっ子に、登別温泉の見世物小屋にてヒグマの脳天を空手チョップ一発で粉砕した暗黒空手の達人、讃岐の高速足踏みうどん職人、果てはシャンゼリゼ通り育ちのパリジェンヌまでもが「自分は明智光秀だ」、もしくは「前世で明智光秀だった」と主張しているというのだ!

 アメリカ在住で、自称明智光秀のランド・カルリジアン氏(99)は語る。


「あれは故郷の雲を思い出す日でした。織田さんは私をキンカ頭と罵り、蹴り飛ばしたのです! 私は確かに織田さんを恨んでいましたが、殺してなどいません。あれは織田さんの人望のなさが招いたことです! 最後の最後に織田さんは、本能寺の変すら光秀のせいだと吹聴してパワハラを行って、それで私は秀吉くんに殺されたんですよ!? そんな上司を好く部下がいますか? 確かに織田さんは優秀な武将だったかもしれませんが、部下からは優秀や有能以上に怖い人、力で支配する人という印象でしたよ。秀吉くんも言ってましたよ。織田さんについて行ったのは優秀だからじゃなくて怖いからだって。とにかく私は無実です! 織田さんはみんなに嫌われてました! 『ロボコップ』をご覧なさい。アメリカは進んでいるでしょう? 『ロボコップ』のオムニコープ社の社長はその場で解雇されたでしょう? ダメなリーダーはすぐに排除しないと!」


 この明智光秀大量発生は、ストレス社会が産んだ明智光秀からの警告なのだろうか? ランド氏はすごく速い船でクルーズにでも行って少し休んだ方がいいだろう。

 ちなみにユニスポは実にホワイトな企業であり、パワハラや違法残業とは一切無縁である。我が社からは明智光秀の生まれ変わりが出ないことを祈るばかりである。

 さらに本紙では驚愕の新証言を入手!

「法廷で激突! 織田信長の生まれ変わりはSNSでバズった可愛すぎる生徒会長!?」「秀吉激白! 信長、ピーマンが苦手」「さよなら信長さま……。森の捨て身の戦法!」など怒涛の続報に期待せよ!


 ……


「縁起が悪い。同じ明智でも私は裏切らぬぞ」


「名探偵というにもへっぽこですけどね」


 ポインター号に乗り込んだシキミはエンジンをかけ、ステレオのスイッチを入れた。


「こっちは縁起がいい曲から始まりましたね」


「なんだ?」


「OASISの『Live Forever』。Nirvanaのカート・コバーン……もしかしたらわたしと同じで27クラブの呪いで死んだかもしれないカート・コバーンをはじめとした希死念慮が強いような音楽の世界観が嫌で、OASISのノエルはこの曲を作った。もちろんカート名指しじゃないんでしょうけどね」


 シキミはアクセルを踏んだ。……どうしても弱気がまとわりつく。自分が死ぬなら、キクコにはシキミ用に調整したポインター号のクセを教えないと運転出来ないだろう。


「永遠とは言わずとも生きてやる」

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