表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Daughters of Guns  作者: 三篠森・N
SEASON2 EP2 フックマン
29/32

フックマン #2

「明智さん? 敵が来ますよ」


「今夜使用する怪殴丸の弾丸の数に制限をかけることは可能か?」


「どういうことです?」


「怪殴丸は危険だ。シキミさん、あなたは怪殴丸を一発撃っただけで死にかけ、鎌倉氏は死んだ。何故キクコさんだけが無制限で使用出来ると思う?」


「若返って不死だから」


「この世の中に永久は存在しない。必ず何らかのコストが存在するはずだ。キクコさんが若返っているとしても寿命は無限ではない。シキミさん、命の残り時間に干渉する呪いの当事者である君にもそれがわかるはずだ。君たちは怪殴丸の無制限……そう見える現状に高揚し、少々感覚が麻痺しているようだ」


 肝心の銃を握るキクコは考えるのをやめた。怪殴丸を無制限で使えてしまう謎は自分でもわからないし、現状をシキミは歓迎している。実際に怪殴丸を使用するシチュエーションに遭遇しなくとも、「最終的には怪殴丸があるから大丈夫」と大胆な超常現象解決を行えて来たことは否めない。怪殴丸という無類の攻撃手段を備えたからこそ、こうしてようやくフックマンという危険極まりないはずが放置されていた怪異と向き合えている。

 ……そんな事情はキクコには関係ない。シキミが喜んでくれるという子供じみた依存が彼女を支えていた。とはいえ、異を唱える明智に反感を持つこともない。シキミと明智、話し合って決まったことに従えばいい。キクコに自覚はなかったが、キクコのこの考えは既に怪殴丸に呑まれたも同然だった。彼女は怪殴丸に宿る殺意と破壊衝動を満たすため、怪殴丸を運んでトリガーを引き、殺害行為を行う怪殴丸の弾倉になっている。生命を侵食されることはなかったが、精神は無自覚のうちに蝕まれていた。


「でも怪殴丸を使えるからフックマン退治に来たんですよね?」


「そうだ。だが、使用回数を最小限に留めようということだ。実際にそう収めることが可能かどうかわからないが、それを意識してほしい」


「はいはい、わかりました。じゃあキク……」


「おい! 聞いておるのか! 私が言いたいことが怪殴丸のリスクだけだと思っていては二流どまりだぞ! 最終的に怪殴丸があるから大丈夫、この保険は大事だが! 怪殴丸への重度の依存は仕事の質を下げるということがわからぬか! 見ろ……。私のスマホだ! 写真、ダウンロードしたもの、スクリーンショット等で一万枚を超える画像を私は簡単に閲覧出来る! これが問題だ。これが今の君たちだ! かつては限られた数のフィルム、限られたスペースのアルバムに収めるため、制限されたアングル、タイミングを狙い! 出来のよい写真を選んだ! 制限されることで洗練され、質と熱は増す。今の君たちは怪殴丸というスマホのスペックに頼って無尽蔵に画像を保存し、省みることも凝ることもなく漫然と簡単に仕事をしているにすぎぬのだ!」


 突然の激昂! この瞬間に明智は聖なるオーラで一瞬輝き、不可視の光が周囲を照らした。


「ゴメンナサイ……」


「すまない、少々熱くなってしまったな。だが、やっつけの仕事などない。特に今回は人命も絡むものだ。怪殴丸の力は借りねばならぬが、我々の底力を見せてやろうではないか。君たちならば出来ると信じている。怪殴丸の声に耳を傾け、その意味を知ろう。“彼”は殺す、としか言わない。その殺すという言葉の意味を知らねば、人を簡単に殺める怪異とは戦えぬ。共に戦ってくれないか?」


 突然の激昂は明智の悪癖ではあるが、すぐに冷静に戻る上に基本的に正論である。


「フックマンが来ます」


 周囲はとても暗い。今乗ってきたポインター号の燈りしかなく、音は互いの声、車のエンジン音しか聞こえない。

 ……。明智とキクコは、大まかにだが同じ方向、つまり何も見えない暗闇を見ている。明智は天使の法力、キクコには怪殴丸を通じて“彼”の殺意がダウジングしてくれる。ぼぉうッ、と怪殴丸が光った。太い毛筆で描いた墨汁じみた輪郭に縁取られる白い炎……全く物理法則を無視した超常の炎が燈り、それが銃全体を包んだ後にキクコの手、そして目の周囲に薄く膜を張った。それにより、キクコには赤外線スコープじみて暗黒の森の中を見ることが出来た。……。いる。右手に長さ三十センチ程の鉤爪、先端には返し。色はわからないが、和服の上に藁を束ねて作ったような簡易なマント状の装束……。そして目こそ見開かれていないが、歪んだ形の覗き穴で素顔を隠す鬼の面。キクコは直感的にこの東北地方に伝わる妖怪“なまはげ”を連想した。


「見えるか、キクコさん」


「見えます。状況が割とシリアスに感じます」


「そうだな」


 フックマンを視認した二人のみに流れる思考があった。その果てに、二人は同じ答えに至った。


「シキミさん、エイコさんは車で逃げてくれ」


「何?」


「君はこの暗闇では車のライトの前でしか行動出来ないが、私とキクコさんにはフックマンが見える。もしフックマンが仕留めやすいものから襲うならば狙われるのは暗闇で無力の君とエイコさんだ。そして、男女二人組から優先して狙うという場合でも私とキクコさんから狙われるだろう。君は君の出来ることをしてくれ。何かあるはずだ。それに前に吸血鬼のアジトで君に鶏卵を渡した。あれを割らないように立ち回り君はちょうどよくなる」


「でも」


「ポインター号に傷がつくぞ」


 つまり、結局は怪殴丸に頼らざるを得ないということである。そしてフックマンを倒しても明智とキクコは遭難することもないだろう。天使の福音と呪物の怨念で夜目は利くし、いざとなれば怪殴丸は照明弾にもなる。


「すみません、任せます」




 〇




 シキミはポインター号を走らせ、小さな村へとやってきた。後部座席ではまたエイコがハーブティーを飲み、呼吸のスパンが長くなって無音の車内で彼女のリラックスが感じられた。特別に念のようなものが込められたお茶ではないが、元々ハーブが持つ効能のようなものと寒い秋に温かさが染みたのだろう。そして、愛想のないシキミ、カタブツの明智と違い、どこか優し気なキクコの人柄が彼女を救ったのだ。


「村だ」


「ついたんですね! よかった……生きて帰れた……」


「それはよかったですね」


 村は小さな建物がぽつんぽつんと連なる小規模のものだった。村全体が通夜のように静まり返っていたが、深夜にも関わらずほぼすべての民家に電燈が燈り、一番大きな建物である公民館ような施設には木刀や鍬を持った男たちさえ集っていたのだ。明らかになんらかに備えているか……。もしくはもう起きたかだ。

 フックマン。それに備えているのだろう。何故ならやつは毎年、この日にこの近くに現れてカップルを殺す。そして昨年もその前も、今日のエイコのように恋人を襲われた人間が逃げ込んだのだろう。


「車の中にいてください。わたしが話をします」


 公民館の前に車を停めると、見慣れぬ巨大なクラシックカーを警戒して屈強な男たちの武器を持つ腕に力が入り、緊張が走る。自慢の愛車を傷つけられたくない。シキミはヘッドライトを点けたまま両手を挙げて武器を持っていないこと、片手がフックではないことをアピールして男たちと話しに行った。エイコは溺れるようにハーブティーを飲み、このペースで飲んでいたらすぐになくなってしまうと再び心が冷たくなっていった。

 ライトの先でシキミは身振り手振り。灰色にあせた公民館の壁に、ライトに照らされて大きく伸びたシキミの影が投影されていた。今のエイコにとってシキミは影と同じ大きさの巨人のように頼もしい存在だった。やがて話がまとまったらしく、村人と車の間でシキミはかち、とタバコに火をつけ、倦んだため息をついて二口、三口しか吸わずに靴で踏み消した。


「まぁ結論から言いますと……。いえ、その前にわたしたちの話をしなければなりませんね」


「はい」


「わたしたちは悪霊退治や超常現象解決を仕事にしています」


「キクコさんも?」


「そうです。そういう仕事の一環でわたしたちはフックマンを退治しに来たわけですが、この村ははじめにフックマンが観測された時から毎年フックマンに備えてきたけれど、一度もやつの凶行を止められたことはなかった。つまり無駄、無力。言い方は悪いですけど、そういうことです」


「はい」


「だからエイコさんはわたしと行動してもらいます。フックマンとの対決はキクコさんと明智さんがどうにかしてくれるでしょうが、やつを根源から消滅させるにはわたしも動かねばなりません。安心してください。明智さんが言っていたように、今夜の恐怖は朝が来るまでです」


「何かするんですか?」


「村長さんが教えてくれたことが本当ならば、フックマンは元々人間だったようです。フックマンとして実際にカップルを脅しにいったものがこの村にいた。写真は残っていませんが、外見的特徴は一致しています。なまはげめいたお面に藁の外套、フックの腕。そしてその人はもう死んでいる」


「その人がフックマンと言うことですか? えぇと……つまり死後の今は悪霊としてフックマンになったと」


「その可能性はありますね。その人の墓に行きましょう」


 そう言ったシキミは大きな懐中電燈をボンネットに置き、その燈りを頼りに鞄から折り紙の束、爪楊枝、ストローを取り出した。そして手慣れた器用な手つきで水色とオレンジの折り紙で風車を折り、中央に爪楊枝を指して首を曲げたストローに通して簡易な風車を作った。色のない面にはびっしりと経文が刻まれていた。


「わたしどもの方で使う道具ですよ。経文風車。折り紙に経文やなんかのお祓いの文字を書き、それを折り、そして吹く。そうすると文字列の持つお祓いの言葉を詠んだことになり、さらに折る作業と吐息で効果が増幅される。ただし長くは効果がもたないから作り置きは出来ないのです」


「なら……」


「大丈夫ですよ」


 この車で一番平坦で硬いのはボンネットであったから、そこが風車を折るのには一番適していることは間違いないが、自分に懐中電燈を持ってくれ、と頼むくらいのことはしてくれてもよかったのに……。この人はどこか人を見下しているか、頼らないか……。要は自分しか信じていない。


「では行きましょうか」


 しばらく村の中を歩き、墓地に着く。質素で先祖代々のものと分けられた小さな墓石に眠るカギヤなる人物が、最初にフックマンを名乗って人を襲ったものだという。


「おかしいな」


 ナツメ商会のアーカイブでは、フックマンの最初の犯行は一九七七年の晩秋。だがこのカギヤなる人物も一九七七年に没している。村長曰くカギヤは「一九七七年に現在のフックマンの原形となる姿で人を襲った人物」。その襲撃の内容の詳細は不明だが、カップルが襲われたということは明言されていた。つまり、期間的にカギヤフックマンの犯行は一回限りだ。しかし村長のあいまいな証言により、その段階ではフックマンがただの変態仮装男だったのか、殺人まで犯したのかはわからない。仮に殺人鬼だったとしても、ただの殺人鬼がここまでの悪霊になるはずもなく、身元もわかっている殺人鬼であるならばその年のうちに村で弔われることもなく刑務所に行っただろう。ならばただの仮装か? それともそれ以上のドス黒い何かか? あの村長は何かを隠している。

 先程は紫煙に害された気管支から、シキミはふぅーと息を吐いてカギヤの墓に経文風車の風をかけた。通常のゴーストや悪霊であればこれで成仏させることが可能である。

 それを見計らったかのように、シキミのポケットが発光して鳴った。


「……はい、シキミです。ああ、明智さんですか。フックマンは?」


「撃ち殺した」


「……そうですか。こちらもフックマンの原形となった人物の墓に経文風車をかけました。怪殴丸と経文風車。これでどうにか出来ていないならだいぶやっかいですね」


「そうだな。だいぶどころではなさそうだ」


「何かあったんですか?」


「キクコさんによると、怪殴丸のダウジングでは少なくともあと五人以上のフックマンがこの森にいるらしい」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ