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乗りあい
「ええ、なんでえ。やってられるか」
向かいに座っている男が、ムニャムニャと言いながらそのようなことをつぶやいている。
「いったい、誰のおかげでここまで…………」
そう言って、大きく鼻をすすったあと、男は大きないびきをたてて眠りだした。手に持ったパック酒は落ちるか落ちないかでいる。
周囲の人間はこの酔った男が車内に座りだしたあたりでそそくさといなくなり、あたりには向かいの席に座る私しかいなかった。
「この人は」
私は手元の文庫本を読むふりをしながら男を眺めた。
「きっと最後まで、ここにいるだろうな」
そう私は思うともなく思った。
男の胸元には小ぶりな、白い花があしらってある。
まだこの電車は終点まで間がある。私はこの人と一緒にそこまで乗っていこうという気になった。
誰が喋るでもなく、時間が過ぎていく。
絶え間なく揺れる車体は、二人を運んでいった。