霞(かすみ)
「またか」
呆けたような顔をして、勉六はその場に座り込んだ。彼の目の前には何か得体の知れない物体が湯気を立てて崩れている。
勉六は思い出したように立ち上がり、よろよろと近付いてその物体をすくい取る。物体は勉六の手の中であたたかい。
勉六はそれを身じろぎもせずに見つめている。ふいに手のひらが開き、物体は彼の指の間からはらはらと地に落ちていく。
勉六はそれを止めようともせずに、ただ眺めていく。
「これがおれの全てだったのだ」
勉六は足元に積もる物体を見るともなしに見つめながら一人つぶやいている。
勉六の手に残る物体はもうわずかも無い。そうして足元に、そして目の前にあるはずの物体は、こころなしかその量を少なくしている。いつの間に消えたものであろうか。
「おれは……」
勉六はそれ以上何も言わなくなってしまった。周囲には先程の物体たちが宙に舞ったものか、霞がかったような白っぽさが漂いはじめている。
「おうい、窓を開けるぞお」
どこからか、はつらつとした若い男の声が聞えてくる。それにこたえる者は誰もいない。
勉六のいた場所には何も残っていない。
窓が開けられた。
霞がかった空気は新しい息吹を求めるかのように、外気と交わっていった。