宿
「こんばんは、ようこそおいでくださいました」
宿の人間が出迎える。私は無言でうなずく。
「さ、どうぞこちらへ」
案内されて歩く廊下は、ところどころ照明が切れており、薄暗い。通り過ぎる宴会の間には、人がいないようで明かりがついていない。
「すみません、遅くに着いてしまって」
歩きながら、私は案内をしてくれている老人にあやまった。老人は曲がった背中を上下させることもなく、静かに私の前を歩いている。
「いいえ。よくあることですので。ここらは、なかなか道が分かりにくいでしょう」
その声には老人特有の、嗄れた調子があった。
私はあいまいな返事をしながら、老人のあとをついていった。
古びた旅館だ。木の張った廊下は、歩くたびにかすかな音をたててきしむ。あたりの空気はどことなく湿っていて、ほこりっぽい。
老人の歩く速度がゆっくりなためか、この旅館の広さのためか、私はずいぶん歩いたように感じられた。しばらく歩いたあと、老人は私をある部屋の前に案内した。
「お待たせいたしました。こちらがお客様の部屋でございます」
これまで通りすぎた部屋と同様、ふすまは古びていて、端の方が少し茶色くなっている。鍵はついていないようだった。
「布団はもうお敷きしますか」
老人が私にたずねる。
「いえ、この後もうしばらく起きているので、自分で敷いておきます」
「かしこまりました。布団は奥の押し入れに入っております」
老人はふすまを開け、私を中に案内した後、一礼して去っていった。
部屋の明かりは、既についている。
私は持っていた荷物を部屋の中に置くと、大きくひと息をついた。