下天
「やんぬるかな、もはやこれまで」
嘉信はその場に座り込んだ。
目の前には真っ赤な炎が燃えている。
「おい、あれを持ってこい」
嘉信は近くにいた従者に指示をした。
涙にくれた従者は言いつけ通りのものを持ってきた。
「おお」
嘉信が目を細める。
「やはり、これが無くてはな」
彼は手渡された徳利の酒を一人つぎ、クッと飲み干した。
もとよりその徳利には、一杯分の酒しか入っていないのである。
「さて」
嘉信は立ち上って振り返り、彼を見守る満座の大衆を見渡した。
「お前たち、これまでの長きに渡る奉公、誠に大儀であった。良くもあれ悪くもあれ、お主らはわしについてきた。そのことは、今後いささかも変わりはせぬ。いつも雷を与えていたわしが、今度は本当の雷になるまでだ。その時には、甘んじてそれを受けい。よく堪えよ」
嘉信はまた、他方の集団へと目を転じた。
「これで貴殿らへの借りは返せますな。何卒、残った者等への扱いは丁重になされよ。万一の時には、いつでも駆け着ける用意は出来ておりますゆえ」
そこで言葉を切って、彼は天を仰いだ。
「運良く天も開いておる。登るのに、支障はあるまい」
カラカラと、一人笑う。
その笑い声はだんだん大きくなっていく。
そうして最後には、遠くの山まで届くのではないかと思われるほどの、大音声となった。
「皆の者、しかと見られよ。天下一の兵の自害する手本!」
轟くような声でそう言い終えると、嘉信は炎の中へ飛び込んでいった。
炎が身を焼く。めらめらとその勢いは増していく。
しかしそんなことには頓着せぬかのように、嘉信の大笑はいつまでも響いていた。