10/28
虫
虫がいる。
小さな虫である。じっと動かず、傍目からは生きているのか、死んでいるのかさえ容易には判別がつかない。
しばらく時間が経ってから、ようやく虫はわずかな身じろぎをした。どうやら生きていたものらしい。しかしそこからもまた、虫は長い時間をじっと過ごしていた。
――ひょいとつまんでみようか。それとも紙でつついてみようか。横で虫を眺める私にはそんな意地の悪い考えが頭をもたげた。どちらにしたところで、虫にはいい迷惑に違いない。私は思いついてはみたものの、それを実行に移す気にはなれなかった。
虫がいる。長いこと、そこにいる。
ややあって、私は席を離れた。少し用事があったのだ。
用事を済ませて元の場所へ戻ると、虫はすでにいなくなっていた。
あれほどまでに動かなかった虫が、何をどうして自ら動き出す気になったのか、私には見当もつかなかった。
虫のいなくなった場所をなんとなく離れる気になれず、今度は私が、あの虫のようにいつまでも、その場から動くことをしなくなった。