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白い桜が舞う中で〜黒幕系ヒロインとの恋愛譚  作者: 枝垂れ桜
願いを叶える桜・上
5/14

第5話 楽しい時間程早くすぎる現象

いつからだろう、お父さんとお母さんがボクに恐怖の目を向けてきたのは。

いつからだろう、学校でこんなにもみじめな気持ちになるようになったのは。


これといったきっかけは無い。


お母さんと視線を合わせることが少なくなった。

お父さんの向ける目が険しくなった。


お母さんが酒を飲むようになった。

お父さんがギャンブルをするようになった。


学校でも同じようなことが起きる。


トモダチが一人減った。

トモダチがまた一人減った。

そして、トモダチが敵になった。


だんだんと周囲がボクに牙を向けるようになった。日々重ねるごとにボクをじわりじわりと締め上げる。


ぬるま湯に浸されたカエルをゆっくりと熱していけば、最終的に茹で上がるように、周りの小さな変化を見逃していくうちに、気が付いたら取り返しのつかないところまで来てしまっていた。


どうにもならなくて、憂鬱な日々が続く。これから先もこれが続くってことを思い浮かべて、泣きそうにもなる。


そんな、にっちもさっちもいかなくなったある日、ある噂話を聞いた。


――雪のように真っ白な桜に願い事を言うとなんでも叶う――


都市伝説だ。徳川埋蔵金のような夢物語だ。


そう頭の中では分かっているつもりなのに、何度も勘違いであると結論付けたのに。


思い出してしまうのは幼い頃の記憶だ。


ボクは昔、登山で連れてこられた山で迷子になって、崖から落ちたことがある。


そして、その落ちた先には処女雪のように、真っ白な桜が咲いていた。


大きくどっしりとした桜に「帰りたい」と願い事をつぶやくとボクはたちまち崖から救助された。


その記憶があるから、願いの桜に関する都市伝説は、どうしても割り切ることが出来ないでいた。


「白い桜…また見つけることが出来たらいいな。どうせ時間は余るほどあるんだし、探してみるのも面白そうだ」


その日から、また白い桜を見つけるために放課後を徘徊することにした。


河川敷、近所の森、別に本気で探していた訳じゃない。

家に帰るまでの時間つぶしの小さな冒険として、いろいろなところを一人寂しく彷徨さまよっていた。


だけど家に帰るまでの、時間つぶしの小さな冒険を1週間、2週間と続けていくうちに、あれほど色づいていた景色が色あせる。


日が沈み、ポツリポツリと街灯が光りはじめ、手をつないだ親子が楽しそうに横を通り過ぎる。


そのたびに、目に土が入ったように涙が出る。


さっきまで感じなかった胸がまた痛みだして、心細くなったボクを街灯が無機質に照らす。


心細くなって、足が前に進まなくなる。


「そろそろ、帰ろうかな」


ぽきりと、心から鈍い音がする。


また明日から、公園などでぼんやりと時間を潰すことになるだろう。願いを叶える桜を見つけようという冒険はきっと今日で終わりだ。


街灯が一つずつ明かりを灯し、暗闇を灯し始める。その明かりが、自分の影を長く伸ばしていく。


途中で出会う人々は忙しそうに歩き、自分のことなんて気に留めない。


そんな人々を見ながら、またもや自分自身の寂しさが増していくのを感じる。


彼らが話している言葉の中に自分が入り込むことはできず、孤立した存在なのだと気づいてしまう。



そんな寂しさを抱えながら引き返していると、家に帰る途中で見つけてしまった。



――こちらを手招くように、大きく枝が下がり、雪を連想させるほどに真っ白な桜を…


目の前に広がる光景がまるで夢のようであった。春はとっくに過ぎ去ったというのに、満開の桜。


サクラの花びらが舞い散り、無人の公園という色あせた空間に彩を与えていた。空中で舞い踊る妖精のように美しく、光の中で輝いている。


ボクはその美しい光景に立ち尽くして、目を奪われていた。


「白い…桜…。願いを叶える桜…」


桜の下には、雪のようにフワフワな花びらが積もっていた。


しだれた枝についている桜の花を見ようと近づくと、風に揺られながら微かな音を奏でて迎える


――白い桜に願い事を言うと願いが叶うらしいよ。

――雪みたいに真っ白な桜なんだって


もし、ボクの願いが叶うのであれば…なんでも願いを叶えてくれるというのであれば…


「こんな、苦しい世界なんて、この世界の人間なんて、みんな死ん―――」

「家に帰らないのか?」


突如として後ろから声を掛けられた瞬間、ハッとする。

ボクは一体何を願おうとしていた!?!?


心臓が、ドキドキと言いながら、動き始める。


これでは、あいつらカスと同じみたいじゃないか!


悪いことをしているところを見られてしまった時のように、体中が動かない。頭も、ガンガンと鈍い痛みを発している。


そんな、ボクの動揺を隠すように、バクバクと音を立てているのがバレないように、極めて冷静に返す


「そうだね…探し物をしているんだ」




§




公園で知り合った、男の子とあって以来、世界は不思議な変化を遂げた。まるで魔法のように周囲の景色が鮮やかに色づき始めたのだ。


毎日のように放課後に海へと足を運んで、二人一緒に海を眺める。言い表せばただそれだけの事。


でも一人でした冒険とは違って、毎日が新鮮だった。この思い出があれば、これからどんなことがあっても生きていける。そんな風にさえ思えた。


あれ程嫌だった学校も、家も、彼に会えるということだけで頑張ることが出来た。

周りが敵だらけの中、彼だけが唯一の味方だった。


あれ程鈍重だった時間の流が、今度は空を舞うはやぶさのように過ぎ去る。


そんな貴重な時間を両手いっぱいに掬おうとしても、手の隙間から零れ落ちて、どんどん無くなってしまう。


楽しくて、幸せだけど、怖い。

そんな相反あいはんするような不思議な感覚。


そんな時間がずっと続けばいいと思った。ずっと続くんだと思っていた。


そんな都合のいいこと――








―――無いのにね


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